初めてのMBRG
スタートゲートは個室になっていて、スタートの扉には鎖が巻き付いている。
この鎖に炎が灯り、焼けきれると同時に扉が開くらしい。
ふぅ、緊張はちょっとしてるけど、息が苦しくなるほど緊張はしていない。
アクセラレーターもちゃんと反応して浮いてくれている。
いつでも飛び出せる。
飛び出した後のコースもちゃんと頭に入ってる。コースは二つの山を縫うような形で作られていて、8の字型になっている。スタートは8の真ん中の所で、最初の直線を抜けたら緩い大きなカーブ、カーブを抜けたら直線、その後最後のカーブを曲がったら真っ直ぐ進んでゴールになる。
これを三回繰り返して一番にゴールした人が優勝だ。
大きく深呼吸をするとゲートの外からファンファーレの音が聞こえてきた。
どうやらレースが始まるみたい。
「MBRG魔法少女の部、ロックウッド山脈インフィニティコース、間も無くスタートです!」
エールが言うにはMBRGは実況者と解説者がいて、会場にいなくても魔法の映像配信で遠くから見られるみたい。
お父さんとお母さんが見ていたら驚いて失神しちゃうかもなぁ。
5、4、3、2――。
って、カウントダウンが始まってる!? 鎖に灯った炎の数字が1になって――。
ゼロになった途端、パリンと鎖が砕けて扉が大きく開かれた。
「マジシャンズ・バトルロイヤル・レース・グランプリ。スタートオオオオオオ!」
一斉にスタートゲートから杖に乗った魔法少女たちが飛び出した。
私はそのスタートに少し遅れてゲートから飛び出す。
「えっと、うわっ、出遅れた!? 私の順位は!?」
レースが始まると杖の前に半透明の画面が現れて、自分の順位が表示されるってエールに言われていて、私は自分がどれくらい遅れたのか知ろうとすると――。
「うわっ!? やっちゃった!?」
少し所じゃなかった。完全に出遅れて一番後ろの100位だ!?
ルールだとスタートしてから最初の5秒は誰も攻撃が出来ない。けれど、もうこの時点で前にいる魔法少女たちの目線はそれぞれの獲物に狙いをつけていた。
「さぁ、開始から5秒が経過した途端、各集団で激しい弾幕が張られ始めました。先頭集団トップは何とデビュー戦となるローズマリー=アントレー。魔法闘技会ベスト16という経歴の持ち主です! 続けてアイアンランクのセント、同じくアイアンのマオリーが続きます。おっと! ローズマリーのフレアボムによってセント選手が吹き飛ばされた! 何と正確な背面撃ちだ!」
ローズマリーがトップ!? しかも、ランキングに登録されているプロと戦ってる!?
ランキングはアイアンからオリハルコンまで6段階あって、アイアンはその中でも一番下位ランクだけど、公式戦で入賞するようなすごく強い人達だ。その人達と真っ正面からぶつかってリードしている。
ベスト16位は偽りなんかじゃなくて、本当に強いんだ。真っ正面から戦ったらローズマリーに私は――絶対勝てない。
「けど、飛ぶことだけなら負けてない。ニールちゃんに勇気を貰ったから!」
杖に低い体勢でしがみついて、持ってる全部の魔力を杖の先端に集める。
空気の壁を杖の先端で穿って、弾丸になるイメージで翼を震わせる。
「いっくぞおおおお!」
魔力を流し込んで私は叫ぶ。
すると、さっきまで聞こえていた観客の応援の声も、実況者の声も、魔法少女達が魔法を撃ち合って発生する爆発音すらも聞こえなくなった。
音を越えて、音を置き去りにした光の世界。
私はそんな無音となった世界で魔法の光をかいくぐる。
相手を壊し、吹き飛ばすための魔法の光がまるで私の行く道を照らすイルミネーションのように輝いていた。
「なっ!? 何が起きたのかああああ!? 最後尾100位のレンカ選手から突如爆発のような衝撃が発生したと思った瞬間、見たことも無い速度で加速! そのまま後続集団に並ばない! 並ばない! 一気に抜き去って! 中盤の集団を捉えた瞬間――追い抜いたあああああ!」
実況者が何かを言っているけど、私の耳には届かない。無音の世界で私の順位を告げる数字が面白いくらいにコロコロコロコロ変わって、どんどん小さくなっていく。
100位だったのが、一瞬で70位に、その次の瞬間には50位に、そして20位に。
「速い! 速すぎる!? なんだこの速度は!? こんなことがあり得るのでしょうか!? レンカ選手! 音速を超えて先頭を猛追しているううう!」
先頭が見えた。ローズマリーがこっちを振り向いて驚いている顔が見える。
「なっ!? 嘘だろ!? あれがレンカだってのか!?」
何を言っているかは全然聞こえないけど、ローズマリーのことだからどうせ恨み節とか呪いの言葉だ。
気にしている暇なんてない。私はエールちゃんと一緒に飛ぶんだ。胸を張ってエールちゃんと飛びたいから! 絶対に勝たないといけないんだ。
「もっと! もっと加速してアクセラレーター!」
世界がもう一段階歪んで視界が狭くなっていく。
けど、目は閉じない。勇気を出して目を開ければ怖くないってエールちゃんが教えてくれたから!
「ふざけるなよ! レンカアアアアア! あんたなんかに負ける訳にはいかないのよおおお!」
ローズマリーが後ろを振り返り、私に向かって無数の炎の玉を放ってくる。
うわぁ! ぱっと見、30個以上あるよ。数えてられないくらいある!
「落ちろよレンカアアアア!」
まさに魔法の弾で出来た幕。ううん、魔法の弾で出来た壁みたいだ。
けれど、ここは空の上! 建物の合間をずっと飛び抜けてパシリしてきた私なら、これぐらいの炎の壁なんて、なんてことない!
「曲がれえええ!」
炎の壁が目の前に迫る直前、私は炎の壁に大して直角に上へと杖を曲げた。
その瞬間、私の身体は弾けるように上空へと浮き上がって、炎の壁を飛び越えるみたいに躱した。
「なっ!? 今のを避けた!?」
そして、壁を乗り越えた瞬間また杖の角度を変えて前へと向ける
「もっと! もっと速くだよ! アクセラレーター!」
そして、さらに多くの魔力を流し込んで推進力を生み出す。
まるで何かに後押しされるかのように私の身体は前と進み、一息でローズマリーを横に捉えると、そのまま前へと踊り出した。
その瞬間、1位という数字が目の前でキラリと光を放ちながら現れる。
「レンカ選手、最後尾から一気に1位に踊り出たああああああ!」
やった。これで一位を取ったら後はエールちゃんの言うとおり、ただひたすら全力で逃げるだけ!
「ふざけるな! ふざけるな! 待て! 待てよレンカアアアア! うちを置いて先に行くなんて許してたまるもんかあああ!」
「なっ!? 何なのあの速さ!? 早めに倒さないと絶対厄介なことになる! マオリー! 一時休戦だ!」
「分かってるっつーの! さすがにやばすぎっしょ! あれ! 化け物か何か!?」
声は聞こえない。けど、私に向かって三人の魔法が飛んできただけで分かる。
トップになった私をみんなが狙い始めたんだ。
先頭集団から最後尾まで全員が私に向かって魔法を向けてくる。
なら、私は全力で飛ぶだけ!
「レンカ選手、何と圧倒的な速度だ! ですが、この先は緩やかな大きいカーブ! この速度で曲がれるのかあああ!?」
直線が終わってカーブに入る。本来ならちゃんとスピードを落として曲がるべきなんだろうけど、エールちゃんに言われたんだ。どんな時も全力全開で飛べって。
誰よりも速く一番にゴールへと飛び込めって。
だからギリギリまで真っ直ぐ行って! ギリギリで方向を変えるんだ。
「レンカ選手曲がらない!? トラブルでしょうか!? 杖首を曲げたがそのまま横滑りで結界に向けて突っ込んでいる! このままコースアウトで失格してしまうのかあああ!?」
私は杖の先をコーナーの終わりに向けながら、横滑りさせるように杖を操った。
スピードはナナメに滑っている分少し落ちている。けど、加速を生み出すための力は少しも衰えていない。
「ここだっ!」
貯めていた加速の力を一気に前へと解き放つ。
その瞬間、横滑りが止まり私の身体は一気に前へと押し出された。
「レンカ選手、何とこの緩いカーブを滑りながら強引に曲がったあ!? 何だこの曲がり方は!? 音速を越えた慣性ドリフトだああ!」
くぅっ! きっつい!
魔法で身体を守っているはずなのに、身体の中身が口から飛び出そうになるほどすごい衝撃が身体中を襲ってくる。でも、エールちゃんとの特訓で耐えられるようになったんだ。
「ここからカーブの先までは一直線だ!」
曲がりながら飛べないのなら、カーブを直線に見立ててれば良い。エールのそんなアドバイス通り私はU字型のカーブを強引に真っ直ぐ突っ切った。
そして、その先に待っているのは私の得意な直線道。後ろにも前にも誰も居ない私だけの道だ。
「ここで一気に引き離す!」
それがエールの教えてくれた最後の戦術。
結界の範囲はトップによって引っ張られる。つまり、トップの私が後続を引き離せば引き離すほど、後ろにいる人達は結界によって脱落していき、私を後ろから狙う人達は減っていく。
「なっ!? なんと一週目から後続の集団が一気に結界に飲み込まれた! レンカ選手、結界によって次々と後続選手を失格にしていくううう!」
すごい! エールちゃんの言った通り、参加人数の数字がどんどん減っていく。
今ので30人脱落、次のカーブで10人脱落、二週目に突入した瞬間、結界が狭まって50人が落とされた。
そして、二週目の最後の直線で――。
「レンカ選手を除いた全選手失格により、レンカ選手が優勝です! 前を進み後ろを切り落とす驚異的な走り! 全参加者を脱落させた破壊力はまさに光の魔弾! レイ・バレット・レンカ! 鮮烈なデビュー戦になりました!」
実況者が何か言っているみたいだけど、何も聞こえない。
あれ? って、ゴールラインに誰かいる?
「エールちゃん!? 何でそんなところにいるの!? レース妨害扱いされるんじゃないの!?」
慌ててエールに念話を飛ばすけど、エールは私の声なんか無視して杖に跨がった。
「ごめんレンカ。あなたの勝利に水を差す! やはり私は我慢弱く、こらえ性のない女みたいだ! レンカ、飛ぼう! ウイニングランだ!」
「え!? えええ!? どういうこと!?」
「レンカが他の参加者を全員結界の外に押し出して、失格にさせたのよ」
「ってことは? もしかして?」
「そう。レンカの優勝だ。でも、レースは後一周残っている。なら、私と飛んだって何の問題は無い!」
「分かった。飛ぼうエールちゃん! どっちが先にゴールするか競争だよ!」
「望むところだと言わせて貰うわ!」
私がゴールに差し掛かった瞬間、エールが急加速して私の前を飛ぶ。
そんなエールの後ろを追うように、私とエールは一緒に二人きりでコースを飛んだ。
後ろから大会の運営者たちが追いかけて来たけど、そんなのは完全に無視して二人きりだけの世界で速さを競った。
そして、ゴールレコード、一位レンカ、二位エールの決して記録されない記憶だけが、私とエールの中にだけ残った。