MBRGエントリー
追伸、お父さんお母さん、学校から修理代の請求書が来たら、私に送って下さい。
エールが全部払ってくれます。
「あっはっは。まさかレンカが飛び立った瞬間、学校の全部の窓ガラスが割れるなんて思わなかったよ。なかなかの被害額で貯金が一気に減ったよ」
「エールさん、笑い事じゃないと思うんだけど……」
あの初飛行の後、私はエールと一緒に反省文を書かされていた。
どうやら音を越えた速さを出すと、ソニックブームという衝撃波が出るみたい。その衝撃波で私は学校中の窓という窓を粉々に粉砕したらしい。
エールが言うには音の壁を壊した時に出る衝撃だって言っていたけど、私はその音の壁を壊した時トンと何かに当たったような音しか聞こえなかったんだけどな。
それがどうしてこうなったの……。
「いやいや、笑わずにいられないよ。初めて音速を超える魔法使いを見たんだ。その圧倒的な速さに心奪われないMBRG参加者はいないさ。あんなの見せられたら一目惚れは間違い無いね。二度も見せられた私は、もうレンカのことを愛していると言っても良いよ」
「あ、愛!?」
「うん、もうレンカに夢中。あ、レンカ、こっちの紙にも署名をお願い」
エールがそういってジッと私の顔を見つめてくる。
何コレ!? 何かすっごく恥ずかしいんだけど!? 顔がすっごく熱いんだけど!? 私おかしくなっちゃったのかな!?
落ち着け私! 相手は女の子! ちょっと、いや、大分ボーイッシュだけど女の子なんだよ!? 王子様じゃなくて、お姫様なんだよ!?
「も、もう! エールさんはそうやって私をからかってばっかりで!」
「からかう? 何を言っているの? 私は常に本気よ。本気でレンカのことを知りたいのさ。それに私のことも知って欲しいと思っている。これを愛と言わずに何と言う?」
うん、分かった。私がおかしいんじゃない。
エールがおかしいんだ。
「とりあえず、まずは友情じゃないかなぁ? 友達同士でもやっぱりお互いの事知り合わないといけないし?」
「ふむ、友情か。だが、友情ならばレンカの私への呼び方は壁を感じるのだけれど?」
「え? 別にそんなつもりはないんだけど」
「私はあなたをレンカと呼び捨てにしているが、レンカは私をさんづけで呼ぶじゃないか。って、しまった。そういうことね。私がいきなり馴れ馴れしくあなたのことをレンカと呼び捨てにしたせいで、気分を害していると言うことね。大変申し訳ありませんでした」
エールがジャンピング土下座でいきなり私の前にひれ伏してしまった。
「全然違うよ!? というかそのポーズはなに!?」
「東洋の選手から教えて貰ったジャンピング土下座という最上級の謝罪方法ね」
「別にレンカって呼び捨てにされて怒ってなんかいないよ。気分も悪くしてないから頭を上げてよ!? 床汚いよ!? せっかくの綺麗な髪が汚れちゃうよ!?」
「そうなの?」
「そうだよ。私がエールさんのことをさん付けで呼ぶのは、エールさんが格好良くて、私のことを助けてくれた王子様みたいで、憧れちゃうというか――。って何言ってるの私!?」
「王子様か……」
あ、あれ? 王子様と言った途端、何故かエールが遠い目をしはじめた。
何か気に触るようなことを言っちゃったかな?
「ごめん、私の方こそ慣れ慣れしかったよね!?」
「いや、違うんだ。ただ、何と言うか、私はそこまで女の子に見られないのだろうかと思って。可愛い物は好きだし、甘い物も好きなのだけど、何故か毎回意外だと驚かれるのを思い出したの……」
「ぷっ、あはは」
「何故笑う?」
「ううん、ごめんね。私もエールちゃんのこと何も知らないね。うん、私もエールちゃんのこと知りたくなってきたよ」
「……エールちゃん、エールちゃん! うん、良い! とっても良い。今度からそう呼んでくれると嬉しい」
王子様っぽい格好良い見た目とさっぱりな性格をしているけど、エールだって私と同じ女の子なんだ。
遠い存在じゃなくて、友達になれる近づける女の子だ。たまにおかしいけどね。
そう思うと普通にお喋りをすることも怖くなくなっていた。
そうして他愛ない話をしていると――。
「ところでレンカはどこかで空を飛ぶ訓練を積んできたのか?」
「うーん、訓練はしてないよ。ただ、故郷にいる時は私が村に必要な物を王都に買い付けに行っていたくらいだし、こっちに来てからだとお昼休憩にパシリで買い物しに飛び回ったくらいだなー」
って、私、こうやって思い出すと田舎にいた時からパシリ体質なんじゃ!?
王都に来てから虐められていると思ったけど、田舎にいる時と実は何も変わって無い!?
「レンカの故郷は王都からどれだけ離れているんだ?」
「山三つ分くらいかなー。馬車の行商だと三日くらいかかるけど、私なら半日で往復出来たし。小さい頃は往復で一日かかってたんだけど、暗いと怖いからってどんどん急ぐようになったらいつのまにか早く着けるようになってたっけ」
「なるほど。それを杖に頼らず原始的な箒だけでやっていたから、あれだけの飛行能力を得られたのか。才能と努力の成果なんだな」
「いやー、才能とか努力とかじゃないよー。今も昔も急いで戻らないと怖かっただけだし」
結局学院に入ってからのパシリも早く戻らないと酷い目に会うからって理由だしね。
エールは目をキラッキラさせて見つめてくるけど、理由が後ろ向き過ぎて恥ずかしいよ。
「エールちゃんの方こそ、MBRGの選手になるなんてどんなことしたの? なるのってすごく大変なんじゃないの?」
「ん? そうでもないよ。公式レースで入賞すればランキングに登録されるから、別にそんなに難しいことじゃないよ。私も初めてのレースで5位に入賞して、そこからは自由に公式レースに参加できるようになった」
サラッと言うけど入賞する時点で相当難しくないかな!?
ま、まぁ、でも今はそれよりも気になることがあるし、それは置いておいて。
「公式レースに参加するのは何か条件があるの?」
条件が厳しかったら参加しなくて済む理由になるよね。
エールとは友達になったけど、危ないMBRGに参加するのは話が別! 参加しないで済むのなら参加したくない!
「現役参加者からの推薦があれば出られるわ。だから、安心してレンカの分はもう書いてあるから。エントリーも済ませたと言ったはずだけど」
「……え? ちょっと待って。保険とか宣誓書に署名を書かないと出られないんだよね?」
「それもさっき書いてくれただろ? ほら、この紙」
そういってエールが見せてくれた紙には確かに私の名前が書いてあった。
そういえば、さっきどさくさ紛れに署名をお願いとか言ってたなああああ!?
いや、そもそも、この紙が本当に宣誓書かどうかも分からないよね。
「宣誓、私はMBRGに参加するにあたり、いかなる怪我もいかなる事故も運営に責任を求めないことを誓い、死亡した場合にも関係者から責任を追及することをしないと誓います……レンカ=サート」
うわぁ、どう読んでもヤバイ宣誓書に思いっきり私の名前が書いてあるー。
「大丈夫。レンカなら初参加で優勝が狙えるから安心して欲しい。すぐにランキングに名前が載るさ」
「ランキングの心配なんて微塵もしてないからね!?」
「なんて心強い。さすがレンカ。ランキングに乗るのは当たり前か。なら、心配しているのは賞金かな? 大丈夫。アマチュアでもちゃんと賞金は貰えるよ」
「そっちの心配でもないからね!? そもそもの命の心配してるだけだから!」
「なんだそんなことか。事故にあったら私が誠心誠意看病しよう。治癒魔法の覚えもあるから安心して欲しい」
「うわー……それなら超安心だー……」
全く安心出来ないわ……。命の心配をなんだそんなことかで片付けるとか、心がオリハルコンで出来てるんじゃないかな!?
「さて、それじゃあ、レンカの参加する大会について説明する。今度の大会は二週間後にあるわ。参加人数は100人で、コースは王都東の山岳地帯、最初に三周した人が優勝ね」
「100人で戦いながらレースかぁ……。考えただけで怖いんだけどなぁ……。って、あれ? コースって言っても空を飛ぶんだよね? もしかして、集団から離れて飛んでいれば安全とか? 例えば、そうだなぁ。すっごく高い位置で飛ぶとか」
「無理ね。コースには結界が張られていて、周回が進む度に結界が狭くなっていくわ。その結界に触れれば即リタイアよ」
エールが言うには先頭がスタート地点に戻ると結界の範囲が狭まり、コース内の安全圏はより細くより短くなるみたい。
先頭から後れて飛べば、先頭が次の周回に入った途端に結界が後ろから迫ってきて失格にされる恐れがある。また、戦いを避けるためにコース端を飛んでいれば、そのままコースに押し出されて失格とされる。
「ようするにどれだけ戦いを避けて飛ぼうが、時間が経つにつれて参加者が密集してきて、戦わざるを得ない状況ができあがるの」
「えっと、それだと先頭にいる人が一番有利じゃない? コースアウトの失格の心配がないんだし」
「そうでもないわ。代わりに先頭は後続100人の総攻撃にあうのよ?」
「えっ!?」
「だって、みんなが優勝したいと考えているんだもの。一番邪魔になるのは隣にいる奴より、一番前にいる奴でしょ? けれど、一番前に走っている奴は振り向いて魔法を撃つことは難しい。ほぼ無抵抗で魔法を撃たれまくる訳」
それって、結局どこにいても危ないってことだよね……。
ようは戦闘に巻き込まれず生き延びたいなんて諦めろってことね……。
「だから、MBRGに勝つためには大きく分けて二つの戦略がある。先頭で他の参加者を引き離し、コースの結界を狭めることで相手を脱落させつつ逃げ切ること。二つ目は集団の中で機を見て先頭を撃破した後、集団を出し抜くことね」
「どっちも物騒だね……」
「まぁ、といってもレンカは逃げ切り一択だと思うわ」
「先頭で集中砲火浴びるの!? 嫌だよ!? 怖いよ!?」
「もちろん、レンカが攻撃魔法も得意なら集団から先頭を刺すことも出来るけど、できないでしょ?」
「うっ……確かにそっちの方が無理かも」
確かに戦うより逃げるだけの方がまだ出来るかもしれない。
「大丈夫。私が特訓してあげる。二週間後の大会で優勝させてあげるわ」
「参加しないって選択肢はないのね……はぁ……怖いなぁ……」
こうして私は半ば強引にMBRGに参加することになってしまうのでした。