音を越えた魔法使い
放課後、エールの宣言通り彼女の方から私のところにやってきた。
そう言えば、相棒になるとか言っていたけど、一体何の相棒になるんだろう?
一緒に飛ぶとか言っていたけど、空中散歩って訳じゃあないよね。
「レンカ、あなたにこれを」
「杖? うわー、かわいい。なんか鳥みたいな杖だね」
杖の先端は翼を広げた鳥みたいに見える。いかにも飛ぶための杖って感じ。
「MBRGの競技用の高速飛行戦闘杖よ」
「高速飛行……戦闘?」
ちょっと待って。今戦闘って言った?
「超高速のレース速度に対応するために、どんな魔法にも加速を付与する術式が仕組まれているわ。だから、この杖は《アクセラレーター》と呼ばれているの」
「加速の術式? そういえば、泥棒の人も空を飛ぶ専用の杖とか言ってたけど、それと同じなの?」
「原理的には一緒ね。あの杖は飛行に関する魔法だけにしか加速を付与できない機能限定モデルだけど、今レンカに渡した奴は攻撃魔法も加速させることが出来るし、飛行速度の加速度も段違いに高いわ」
どうしよう。話を戦いとか戦闘から反らしたつもりが、エールがノリノリで詳しく説明し始めちゃったよ!?
戦うなんて怖くて出来ないって! 何とか話題を変えないと。
「へぇ、そうなんだ。うーん、田舎にいる時はこんなすごい杖見たこと無かったけど、これいくらするの?」
「選手によって様々なカスタマイズがされてるから一概には言えないのだけど、今レンカに渡した無改造の杖で1億エムくらいかしら?」
「1億エム……?」
サンドイッチが一個200エムくらいするから――。
「サンドイッチが5千個も買えちゃうの!?」
「計算が間違っているわ。50万個くらいは買えるはずよ。というか、ふふふ、アクセラレーターをサンドイッチ換算する子なんて初めて見た」
あ、本当だ。全然違った。動揺して計算を間違えちゃった。って、そんなことはどうでも良いよ!?
「そんな高いものを私にくれるって言ったの!?」
「問題ないよ。私は既に自分のアクセラレーターがある。友情の証だと思って受け取って欲しい」
「いやいや、そうじゃなくて。1億エムだよ!? さすがにその友情は重すぎるってば!? 私のお小遣い月3千エムだよ!?」
もし、壊しちゃったら一生かかっても返せないよ。もしかして、身体を売ることになって……はわわ!?
「ん? 問題無いわ。MBRGに参加して優勝すれば10億エムくらいポンッと入る。5位入賞でも1億エムよ。レンカならすぐ稼げるわ」
「……え?」
「ちなみに私は3位だったから3億エム貰った。そのお金で作ったアクセラレーターだから気兼ねなく使って欲しい。次の試合も既にエントリーしておいたから」
「……頭の理解が追いつかない」
どうしよう。頭が金額の桁に追いつかない。頭の中のサンドイッチが山みたいに積み上がって雪崩を起こしそうだ。
というか、今聞き捨てならないことを言われたような? なにげに私が参加する話になってない?
「大丈夫。初めてはみんな不安よ。でも、MBRGに参加すればすぐ慣れる」
「そっかー。すぐ慣れちゃうか。あはは――ってちょっと待って!? 何か私がMBRGに参加する流れになってない!?」
「うん? 最初からそのつもりだったのだけれど?」
「MBRGだよね!? 空飛ぶバトルロイヤルレースだよね!? 世界中から命知らずなヤバイ魔法使いしか集まってこない競技だよね!? 事故で死んじゃうことだってあるよね!?」
「あぁ、競技参加前には必ず同意書を書かされるね。怪我や死亡事故があっても訴えませんって。代わりに保険金はちゃんと貰えるから安心して」
今のどこに安心する要素があるの!?
「無理ぃい!? 私、普通に飛べるだけで他は何にもできないんだよ!? MBRGに出たら一瞬で倒されて終わりだよ!?」
学校の魔法試験とか模擬戦の成績だって私は最下位なんだよ!? そんな私がすごい魔法使いたちの中に一人放り込まれて戦うなんて、ライオンの群れに放り込まれた兎みたいなものだよ!?
「レンカ、あなたは何か勘違いをしているようだから言っておくけど、MBRGはレースなの。つぶし合いはあるけれどあくまで誰が一番にゴールラインを割るか。それが大事なのよ。何人倒したとかは関係無い」
「で、でも、攻撃されるんだよね!?」
「うん、前にいればいるほど後ろから飛んで来る攻撃は激しくなる。針に糸を通すような繊細なコントロールを亜音速でこなさないといけない。それが嫌なら周りの魔法使いを叩き落としてリタイアさせるしかないけど――」
「無理っ!? 絶対無理!?」
「けど、レンカは速い。きっと誰よりも速くなる。当たれば一撃で吹き飛ばされるくらい強い魔法でも、目にも止まらない速い魔法でも、いつまでも追いかけて来るようなしつこい魔法でも、それよりも速い者には追いつかない。レンカ、あなたはその才能がある」
「え?」
「レンカ、この杖で空を飛んでみて欲しい。一度で良いんだ。この通り。お願いします」
エールが深々と頭を下げて、本気でお願いしてくる。
ここまでされたらさすがに断れないよね。私をローズマリーから助けてくれた恩人なんだし、一度くらい、空を飛ぶくらいなら……。
「分かった。このアクセラレーターってどうやって使うの?」
「ありがとう! 基本的な使い方は箒と同じよ。まずは柄で重力を断ち切るの。次に杖の先端に魔力を込めて自分の前の空気をどかす。最後に翼に魔力を込めれば推進力が得られるわ」
「へー、箒とあんまり変わらないんだね。箒だと後ろに魔力を集めるけど杖は前に集めるんだ」
窓辺に立った私は言われた通りに杖に跨がり、魔力を込める。
すると、ふわっと身体が地面から浮き上がり、無重力状態で空にフワフワと浮いた。
「うん、後は先端に魔力を込めて――」
エールの言う通り先端に魔力を込めた瞬間、トンという音でエールの声がかき消された。
いや、違う。教室の外から聞こえてきた部活中の人の声も全てが消えたんだ。
というか、見ていた世界も色々な物が吹き飛んだみたいに後ろに流れていってる。
「なにこれ!? 速すぎるんですけどおおおおお!?」
速すぎて何が何だか分からなくなってるよ! この杖おかしいよ!? MBRGに参加する人ってこんなメチャクチャな速度で飛びながら戦ってるの!? 頭おかしいんじゃないの!?
「レンカ! 聞こえる!?」
耳じゃなくて頭にエールの声がした。
いきなり吹っ飛んだ私を心配してくれて念話を飛ばしてくれているみたいだ。
私も念話で返さないと。
「え!? エールさん!? 今どこ!? というか何なのこの杖メチャクチャ速いんだけど!? アクセラレーターに乗ってる人ってみんなこんなに速いの!?」
「違う! 杖のせいじゃない! レンカが速すぎるんだ! 後ろを振り向いて!」
「後ろ!?」
エールに言われた通り振り向いたら、エールが杖に跨がりながら私を追いかけて来ていた。
でも、距離は詰まるどころかどんどん開いて行く。
何かを必死に叫んでいるけど、その声は全く私の耳に入ってこなかった。
というか、さっきから周りの音が何も聞こえないの!
「どうしようエールさん!? 私、耳がおかしくなっちゃったのかな!? エールさんが何言ってるか全然聞こえない!」
エールに慌てて念話を送ると、エールさんは少し驚いたように目を見開くと、何故かとても嬉しそうに笑った。
「何で笑ってるのエールさん!? 何も聞こえないってば!」
「これが笑わないでいられるもんですか! あはは! すごい! すごいわレンカ! 私の見込んだ通りだった! レンカあなたは今、音の壁を越えてるの!」
「音の壁!? なにそれ!? どういうこと!?」
「世界最速の魔法使いになったってことね! 音の世界を越えたのはあなたが初めてだよ!」
私が世界最速!? 一体エールは何を言ってるの!?
というか音が聞こえないのは結局一体なんなのよおお!?
「あははは! ごめんレンカ! 私って我慢弱くてこらえ性のない女なの! スパークスフィア!」
「何のこと――って、えええ!? なんで!?」
エールの周りにバチバチと弾ける電気の球が10個も現れた。
スパークスフィアという魔法で、電撃を飛ばして相手を吹き飛ばす効果がある。当たれば痛いし、気絶するくらいの衝撃もある。
この速さでそんな魔法を当てられたら、雲の上くらいまで吹き飛ばされて、地面まで真っ逆さまに落ちるんじゃないかな!?
「シュート!」
そんな危ない魔法をエールは躊躇なく撃ってきた。
当たったら死んじゃう! 当たったら死んじゃうって!
「何するの!? 危ないじゃん!? 当たったら死んじゃうよ!?」
「あはは! レンカ! 目をあけてちゃんと見てよ! あなたに私の魔法は追いついているかしら?」
「え? あれ? スパークスフィアが止まってる? ううん、追いかけて来てるけど、私よりもちょっと遅いから止まって見えるの?」
「そうだよレンカ! あなたは誰にも捕まえられない! どんな魔法よりも速い、音を越えた魔法使い! 誰も捕らえられない光の世界を行く光速の魔弾よ!」
私は誰にも捕まえられない? どんな魔法より魔法使いより速い?
そんな私は普通にいつものように飛んでいるだけなのに!?
そういつものように――。
「って、どうやって止まるのこの杖!?」
「あっはっは! そういえば伝えるのを忘れていたわ! でも、教えるのはもう少し後で良いかな! 私、レンカともっと飛びたいから!」
「ええええええ!? 止めてえええ! 誰か助けてええええ!」
お父さんお母さん、初めてお友達が出来ました。
……ちょっと変わった。ううん、大分変わったお友達ですけど、私は楽しくやっています。