ジゼルの特訓
薬草が手配されるまでの間、アリアは暇を持て余していた。以前までは本を読んでいたが屋敷の中の本は全て読んでしまった。あとは、身体を鍛える事位しか思いつかず騎士達の訓練に参加したいと申し出ては見たが却下された為部屋で温室に増えた薬学書を読みながら、ダラダラと過ごすしかなかった。
「ジゼル、課題は順調かしら?」
「はい。お嬢様のおかげでこの前の学院のテストの順位が上がったんです」
ジゼルは、アリア専属の従者となってからアリアに課題を出されていた。アリアに学院の魔法に関する教科書以外の教科書を見せ、アリアが纏めた紙はどんな教科書よりも分かりやすくすんなりと頭に入った。魔法に関してアリアに見せる事が出来ない為自力で頑張らないいけないが他に関しては友人や教師に驚かれた程だ。
本来ならば、三年かけて覚えていく事を三ヶ月で全て覚えろと言われて頭を抱えたがこの調子ならば三ヶ月もかからないだろうと少し余裕が出来た。
ジゼルの教科書を三日で紙にまとめてしまったアリアに比べると自分はまだまだだと思い知らされたのだが、アリアは規格外だと思う事で心が折れてしまう事を防いだ。
「やるなら、一位よ。私が時間を割いたのですもの、当然取れるわよね?」
「うぅ…はい。でも、お嬢様みたいにすぐには覚えれませんので次のテストは勘弁してください」
学位は一月ごとにテストがある為、まだ勉強を始めたばかりのジゼルが一位を取ることは厳しい。
「あら、私覚えている訳ではないわよ?今、教科書の内容を全て読みあげろと言われれば出来るけれど、覚えてはいないわ」
「んん?どういう事ですか?」
「昔、よく使っていた魔法よ。聞いた事や読んだものをそのまま本にして身体の中に書庫を作る様な感じかかしら。『リスト』」
アリアが右手を翳した場所に文字が浮かび上がった。
ジゼル教科書と一番上に書かれており、その下に教科の名前が書いてある。
「今は見える様にしているけど、基本は私にしか見えないわね。ジゼルに渡した紙は、私が頭の中で纏めて紙に写したモノよ」
「なななっ」
「一語一句間違いなく頭に入れないといけないのが少し不便な所ね。流し読みをして間違えて頭にいれると間違えたままなのよね」
小さく溜息を吐いたアリアだったが、ジゼルは信じられないと口を魚の様にパクパクとさせていた。アリアと過ごす様になり、驚くことは少なくなったがやはりアリアは規格外なのだと実感した。
ジゼルは魔法を習っていたが、アリアの様な魔法は見た事がない。ジゼルにとって魔法とは身体の強化や治癒は例外としても炎や水、風を操る為のモノだと思っていたからだ。
「す、すごすぎます…」
「こんなの誰にでも出来るわよ」
「お嬢様の魔力だからですよ…。魔力が少ない私にはとても出来そうにありません」
「バカね。魔力なんて増やそうと思えば増やせるわ。少しコツはいるけど教えた子全員出来ていたわよ。ジゼルにも教えてあげましょうか?」
「本当ですか?!ぜひ」
見た事もない魔法であり、アリア以外にも使えた人がいるならばジゼルが食いつかないわけがなかった。身を乗り出して、アリアの顔を見て少しだけ後悔した。新しいおもちゃを見つけた様な目で自分を見ているのだ。
「仕方ないわね。ジゼルがお勉強で大変だろうと思っていたのだけど、そこまで言うなら教えてあげるわ」
「あ…いや…えーっと」
「なぁに?」
アリアは、暇だったのだ。ジゼルは今からアリアのおもちゃになるのだろうと悪寒が走ったが、前言を撤回する事などできない。
「よ、よろしくお願いします」
(死ぬ気でやれば…できる。うん、たぶん)
自分に言い聞かせながら頭を下げた。
ふふふと楽しそうにアリアは部屋の棚からクマのぬいぐるみを持ってくると、クマの背中に指で魔法陣を手慣れた手つきで書いた。ジゼルからは見えず、クマの背中が少し光っている事しか分からない。
「はい。ジゼル、コレを持って」
首を傾げてクマのぬいぐるみを受け取るとすぐに違和感を感じた。あの時と『悪魔の爪』の件がアリアにバレた時にアリアに手を掴まれた時と同じ感覚だった。あの時は全身だったが、受け取ったまま肘から下が動かないのだ。
「手をコレから離してちょうだい」
「あ、あの。手が動かないのですが…」
「当たり前でしょう?コレには私の魔力が少し流れているの。ジゼルに渡した時にジゼルの魔力に絡みつく様にしたから簡単には取れないわよ」
クマのぬいぐるみに書いた魔法陣はクマにアリアの魔力を通しやすくするモノだ。
魔力は身体のエネルギーであり脳が身体を動かす時に命令をする電気信号の役割もしている。魔力が少なくなれば思考力や身体能力が鈍り、空になる一歩手前で気絶。完全に空になれば良くて仮死状態悪くて死ぬ。
アリアは、自分の魔力をジゼルに流して肘から下への電気信号を遮断させつつ、魔力の性質をくっつく様に変換させてジゼルの手とぬいぐるみをくっつけているのだ。
ジゼルがヌイグルミを離すには自分の魔力を手に集めて強制的に剥がさなければならない。
腕を振り回しても肩の力で左右に引っ張ってもヌイグルミは離れない。筋力だけではどんな力自慢も不可能だ。
一生懸命ヌイグルミを手から離そうと「ふぬんんん」「とりゃあああ」と奇声をあげているジゼルを見ながらクスクスと笑っている。
十数分程でアリアはジゼルの滑稽な姿に飽きた。「ふぅ」と小さく息を吐くと、ジゼルの肩がピクリと震えた。何を言われるのか、呆れられたのだろうか。そんな目をしている。
「じゃあ、今からやり方を説明するわね」
「え?じゃあ、先程までの私の頑張りは?!」
「ジゼルがどうするか、私が見たかっただけよ」
悪びれる様子もなく、当たり前じゃないと言う様子にジゼルは大きく肩を落とした。抗議しても無駄だ。ジゼルはアリアの説明に耳を傾けた。
「ジゼルは身体の魔力の流れは分かるかしら?」
「流れ、ですか。身体の中の魔力は感じますけど、流れというものを感じた事はありません」
「では、私が魔力を流した腕は?」
「それは分かります。なんというか…肘から下を細いロープで雁字搦めにされているような感覚です」
他人の魔力は、自分の魔力とは異質で違和感を感じやすい。魔力が多い者ほどそれは顕著に感じとれる。アリアの魔力は少ないジゼルでも分かりやすかった。
「そう。それが分かればじゅうぶんよ。目を閉じて。私の魔力をジゼルの体内に流してみるから流れを覚えなさい」
アリアは、ジゼルからヌイグルミを奪うと腕が軽くなった。指先にちゃんと力が入る事に安堵した。ジゼルは言われるままに目を閉じた。アリアはジゼルの胸に触れると、少しだけ魔力を流した。
薄っすらと身体の中に虫が走り回っている様な感覚に不快感を覚える。凄まじいスピードなのに指先や足先、身体の隅々まで流れている。
「分かるかしら」
「はい。薄っすらとですけれど、身体の中でお嬢様の魔力を感じます」
「では、後は自分で頑張りなさい」
アリアは、再びジゼルにヌイグルミを持たせて魔力を込めた。先程と同じ状況だが、アリアの魔力が肘から下まで流れていない事を感じた。何かでせき止められている様な感じにハッとしてアリアを見る。
「すぐには出来ないでしょうから、そうね…。一週間以内にヌイグルミが離せる様になりなさい。今日は私も部屋に籠るからそのままでいいわ。ヌイグルミは、後で渡しなさい。いつでも出来る様に改良してあげる」
「はい!」
その後、ジゼルは目紛しい日々に追われた。屋敷の仕事に勉強、ヌイグルミの訓練。訓練は、魔力を使う為、一日に出来る時間に限度があり体はクタクタだ。
ベットに倒れ、気づいたら眠っているという日々を過ごし一週間ぎりぎりにヌイグルミの着脱が出来る様になった。
「お嬢様!出来る様になりました!」
「あら。では、次の段階に進みましょう」
「へ?」
「あと、四段階あるわよ。ふふふ、全部出来たらちゃんとご褒美をあげるわ」
「うう…頑張ります」
ジゼルの忙しい日々は続く。忙しさに目を回しているジゼルを見てアリアは目を細めて楽しそうに笑みをこぼした。