アリアのシナリオ 前半
その後、アリアは念のためにと魔術医師に『悪魔の爪』を摂取していないかの確認の為診断を受けた。結果は異常なしという事でジゼルが無罪を勝ち取ったのだ。ジゼルの弟が病気だという事も話題になり、「私が治してあげる」とついでに温室をおねだりすると既存の薬草の温室はダメだったが一つ使っていない温室があるからと温室を貰う事に成功した。
そして、ジゼルは未遂とは言えアリアに『悪魔の爪』を盛った事は屋敷の中で話題になった事だ同僚達から冷たい目で見られる事を覚悟していたが、ハワードが同席していた騎士達に「この事を皆に教えてあげてくれ。ちゃんと理由も説明して、だ」と言った事で寸前とは言え弟の命と天秤にかけたジゼルの忠誠心は美談とされ賞賛される結果になった。
同僚から声をかけられる度にジゼルの良心をグサグサと刺されるのだけれど、気落ちしたジゼルの様子は許されても飲ませようとした罪の意識からきているのだとされ、謙虚な姿勢に上司からの好感度が急上昇中だ。
黒ずくめの男は直ぐに捕まったが、背後に誰がいるかまでは分かっておらずジゼルは屋敷の使用人寮に住む事になり外出時は護衛を付けられた。ジゼルの家族にも念のためこっそりと護衛を付けられ、弟には定期的に医師が送られる様になった。
「……本当に、これで良かったのでしょうか…」
以前までは、アリアに付き添う事は週に一度か二度程度で他の仕事をしている事の方が多かったジゼルだったが、あの日以降ジゼルは出勤中の時間全てアリアと過ごす事になったのだ。
ジゼルの背後にアリアに害を与える人物がいるという事で護衛の騎士が二人つけられたが、アリアが部屋にいる時はジゼルと二人きりである。扉の前に騎士達はいるが、声が漏れない様に魔法で防音壁を作っている。
「私がいいって言っているのだからいいに決まってるじゃない。私は温室と忠実な従者を手に入れて満足よ」
「私の良心が血塗れです」
「『悪魔の爪』を盛った罰だからいいんじゃない」
「うっ…はい。しかし、ここまでしていただいて…私はどうすればいいのか…」
「大丈夫よ。それにしても、面白いくらいに上手く行ったわね」
「お嬢様の言った通りの展開になりすぎて、正直怖かったです」
ジゼルは小さく震えて何食わぬ顔でお菓子を食べるアリアを遠い目で見つめた。人生の節目は?と聞かれればジゼルは間違いなくあの日の朝と答えるだろう。まだ数日しか経っていないが、この先何年何十年経ってもそう答える自信があるくらいに人生が変わった日だった。
あの時ーー。
「ーー合格よ」
そう告げられたジゼルは意味が分からなかった。何が合格であり、何故アリアが嬉しそうにするのか分からない。
「お父様にこの事を言えば、貴女に一生自由はないわ。冷たい檻の中で過ごす事になるか死ぬかのどちらかになるわ」
「はい。覚悟の上、です」
想像するだけで、手足が冷たくなる。アリアの前でなければ恐怖で暴れてしまうのではないかと思ってしまう程恐い。今だけは今だけは、彼女の前で愚かに取り乱してはいけない。それはジゼルの侍女としてのプライドだ。
「私ね、貴女が一番最初に『悪魔の爪』を紅茶に入れた時、口に含むまで気づかなかったのよ。
こう見えて、暗殺者を見抜くのは得意なの。何度か毒を盛られた事はあったけれど毒を盛られる前に気づいたわ。素人もプロでもよ」
まあ、数回気づかなかった事もあるけどね。とクスクス笑うアリアに驚愕した。毒を盛られた事をまるで遊んでいたかの様に話している事と何度か盛られたと毒を飲んだこともあると言った事に対してだ。アリアにそんな事があったと言う話は聞いた事がない。アリアの近くで接する侍女であるジゼルが過去に毒を盛られたなんて連絡がない事はありえないのだ。
そこから導きだされる事が一つだけある。そうなのならば一連のアリアの行動にも理解ができた。
「お、お嬢様は、『転生者』なのですか…?」
アリアは肯定する様に笑みを深めた。
『転生者』がどうなるか。ジゼルは知っている。ハワードに絶対に報告しなければならない事である事は分かっていたが、今の自分は口に出来る立場ではない。
「私、欲しいモノがあるの。口が固くて、私に忠実な で、演技力があって、あとはーーあとは教育でどうにかなるわね。
この条件に一致する私だけの下僕が欲しいの」
笑みも口調も可愛らしいのに、口にする言葉は物騒だ。性格が良いなどとお世話にもいえない。
「ねぇ、ジゼルにぴったりだと思わない?」
自分が罪を犯した所為だからかもしれない。断罪の恐怖からきているのかもしれない。なぜか、分からない。目の前にいるアリアがとても魅力的な人に見えるのだ。
「罰から逃れたいから、延命の為になんて簡単に考えちゃダメよ。私の手を取るのならば、私が殺せと命令すれば殺して、私が死ねと言うまで死んではいけないの。守れないと私、貴女の大切なモノを一つずつ壊しちゃうから。貴女次第だけれど、あの時私の手を取らなければよかったと後悔するかもしれないわ。
もしも、ジゼルが私へ罪を償う気があるのならば私の手をとりなさい。
ーーどうする?」
優しい口調に優しい笑み。天使の様に可愛い容姿。
普段ならばアリアがそんな事するハズがない。と言えるだろう。
しかし、今のジゼルにはそれ本気だと分かった。
彼女が命令をすれば大切な弟も叔父も叔母も殺さなければならないのだろう。
スッと差し伸べられた小さな手。きっと、アリアが魅力的だと感じた時にはもう手遅れだった。「合格よ」そう言われた瞬間から逃れることは出来なかったのだ。
「よ、ろしく、お願い、致します」
ジゼルは、小さなその手を握っていた。
この瞬間、ジゼルは全てを捨てた。弟のためにとアリアに毒を盛り、自分の為に家族を捨てた。
(…最低ね。私)
アリアは、握られた手を見てふふふと笑う。ジゼルの手を引き立ち上がらせ、もう一度席に座らせる。真正面に自分も座る。
「ジゼル、私が今から言う事は絶対よ。絶対に忘れないでね。
一つ目は、私に嘘はつかない事。二人きりの時は疑問でも不満でも暴言でも好きに言っていいわ。私、そんな事で怒らないしジゼルの言葉で傷ついたりしないから。
二つ目は、私の情報は口外しない事。勿論、顔に出してもダメよ?ジゼルは、一応お父様に雇われているからお父様に報告を求められたら適当に答えて頂戴。最初は難しいだろうから、言われそうな事を聞いてくれれば答えるわ。お父様がジゼルに私について調べろと言われたらその事も私に話してね。
三つ目は、私の命令は絶対。これは言わなくても分かるわよね。
四つ目、これが最後よ。私を絶対に裏切らない事。私、これは絶対に許さないわ。代わりに今から貴女を全面的に信用するわ。目の前で致死量の毒を盛られても飲むくらいね。暗殺するなら便利よ?殺すなら確実に殺してね。でないと、そうね…最初に貴女の弟を殺して、叔父と叔母、友人関係、恋人……ぜーんぶバレない様に殺しちゃうわ。
ーージゼル、ちゃんと覚えたかしら?」
一気に喋りあげたアリアは大丈夫?と首を傾げた。
ジゼルは、物覚えがいいため問題はなく「覚えました」と首を縦に振った。
「じゃあ、今からの計画を発表するわね」
まず、ハーブティーを入れ直して頂戴と『悪魔の爪』が入っていたカップを指差した。ジゼルは、慌てカップを取り替え入れ直した。