これからを考えてみる
翌日、アリアは早速行動を起こした。と言っても周りから見ればいつもと変わらない光景だ。書庫で本を読み漁っているのはいつも通りであり、屋敷の者にはアリアが無類の本好きだと認識されている。
元々は、エリザベスだった頃は本や紙という物はなく口伝や石版、記録魔石という言葉や文字を魔石に魔法で記録を取るといったものだった。技術や知識を一冊の本に書き込まれているのを見たアリアは感動し、片っ端から本を読み漁っていたのだった。
最初は、文字が読めず苦労したが四歳から本を読み始めている為今では殆ど文字で苦労する事はなかった。
書庫にある本は殆ど読破している。あとは、触手の動かなかった子供向けの本だ。大人向けの物語は思わぬ所で参考になる事がある為、一応読んではいたが子供向けの話は全く興味が惹かれなかった。マーサが夜に読んでくれるだけで十分だと思っていたから、一切手をつけていなかったのだ。
しかし、衝撃的な事実を知ったのは子供向けの本からだった。たまに聖女という単語は見かけていたが、詳しくは書いていなかったのだ。興味ももたなかった。
ベルナールド家の書庫には聖女に関する本がないに等しかった事も原因にある。
だから、今まで気づく事ができなかった。一番詳しく書いていたのは、嫌煙していた子供向けの本だった。
侍女に何冊か本をとってもらい読む。元々、蔵書数は多くない為五日程度で全て読みきった。『聖女』を題材にした物語はいくつかあった。拡張しすぎて有り得ないだろうというものを除いてはエリザベスとしてではなく第三者視点で見ればコレかな?アレかな?という心当たりがあった。
例えば、民に魔法の力と知識を与えたという表記は当時一部の貴族しか魔力を持っていないとされていたが、魔力は大小はあるが全ての人間が持っていた事に気付き教会で魔法の扱い方を教えた事だ。
貧しい人々を救ったというのは、王都や領地に孤児院を作り孤児達に働ける所を作った事と効率の悪い奴隷制度の廃止を行った事、不正で私服を肥やしていた奴らを断罪。あと「民は陛下の財産でしょう?その財産を管理できない方を領主にしていていいのかしら」と陛下と貴族達の前で嫌味を言ったら平民の待遇が以前より良くなったと聞いた事があるし、その後視察した事で少し目立ってしまったからエリザベス様のお陰だーーなんて話がでたのかもしれない。
病を治した類の事は、エリザベスの趣味は魔法薬開発だった。実験台(患者)を探して人体実験(治療)をしていた事が原因だろう。
本なんてなかった時代だ。口伝で真実が湾曲する事はあるだろう。『聖女』について書かれている本全てに表記があるものはエリザベスが行ったことを美化して書いたのだろう。一〜三冊にしか書かれていないものは物語を作った者が創り出した話という結論を導き出していた。しかし、一つだけアリアには心当たりがない事があった。
(「魔王に罰を与えた」というのはどういう事なのかしら)
悪魔とは貴族の事だろう。悪魔をエリザベスは見たことがない。悪魔という存在も知らなかったのだ。
貴族の例えに悪魔という名を使っていたのならば、魔王は国王陛下に間違いないだろう。
エリザベスは、陛下(父)へ進言はしていたが逆らった事は一度もない。陛下(父)が反論出来ない様に計画を練り実行に移すのだ。言葉に詰まったり、涙目になられた事はあったが陛下が白と言えば白、黒と言えば黒とだというのをいつも心においていた。実際、涙をのんだことは何十回もある。その時は綺麗さっぱり諦めていた。自分は国の為の道具だという認識は他の兄弟達よりももっていた。陛下が国の為にいけと言われれば嫁にでも戦争にでも何処へでもいく。死ねと言われれば死ぬ。ーー罰を与えるなどありえないのだ。
(もしかして、私が忘れている事の中にその事が含まれているのかしら?全てを思い出せばこの言葉の真実がわかる?)
疑問はいつも出てくるが、思い出さない限り解決など出来ない。今、アリアが頭を悩ませても過去を見る事など出来ないのだ。
(情報が少なすぎるわね。絵本の題材になっているのなら、詳しい本があってもおかしくはない。
フェルナンド・アルメニアについての本があるのに、聖女と言われているエリザベスの本がないのは変だわ)
フェルナンド・アルメニア。聖女様からの知恵を借り、今のアルメニア国の基盤を築いた人。
民を使い捨てできる存在だと認識していた貴族の意識改革。身分ではなく実力主義。初めて、平民の側近を持ったと言われている国王。
本に載っている事しか知らないが、反発する貴族達を抑え込む手腕と学院を創立し、労働組合制度や医療制度の改革。民に最も慕われたと言われる『賢王』。
エリザベスとは比べ物にならない程で、見事だと感嘆した。
彼はエリザベスと同じ時代を生きていた。本には書かれていないが、エリザベスの『元婚約者』でもある。
カルディア国はアルメニア国の属国であり、お互いの結び付きを強固にする為にエリザベスが生まれた時から決まっていた事である。エリザベスが十八歳になったら嫁ぐ事が決まっていた。
しかし、本には妃はエリザベスではなくマーガレット・カルディアとされている。エリザベスの妹だ。
ーーということは、十八歳になる前に死んだのだろう。
そして、妹があてがわれたのだろうと想像できた。
(情報が少ないわね。書庫だけでは全然足りない。
あと、私の従者と薬草を育てる場所。出来れば、隠し部屋も欲しい)
屋敷に勤めている者は、父の息がかかっている者ばかりで乳母のマーサもアリア専属の侍女もアリアは信用していない。
エリザベス時代の遺産で唯一アリアの武器になるモノは魔法と薬物の知識だ。ベルナールド家にも薬草を育てる温室はあるが、一応あるだけ。種類は少なく、研究しがいもなければちょっとした毒の解毒にしか使えない様なモノばかり。誰にもバレない様な部屋もない。屋敷でこっそり調合したり、魔法の練習をするとエリザベスである事はバレないにしても『転生者』であることはバレてしまうだろう。
『転生者』は、アリアの他にも存在しており発見されると漏れなく国と教会に報告される。
何故、前世の記憶を持つかはバラバラで元奴隷から元貴族、元王族。現平民から現貴族、現王族と生まれは関係ない。六歳から十二歳の間に思い出すとされており、生まれた時から記憶を持つアリアは異例とされる。思い出す予兆として十日ほど熱を出し寝込む。
幼い身体に前世の膨大な知識が入るのだ。思い出す範囲はバラバラで前世の名前が思い出せなかったり、一部の知識や辛い出来事だったりと決まってはいない。
記憶に引きづられ、性格が変わったりする事も少なくはない。
稀に国に恨みを持つ者や犯罪者に堕ちてしまう者がいる為、国と教会に囲われる。
それ以外にも、子供の身体に大人の知識を持つ為強制的に王都学院に入れられる。
保護と言う名目で監視されるのだ。
実際、アリアの兄であるアルファンスも『転生者』であり七歳の頃に前世を思い出している。
それ以降、学院に入学し国の監視下に置かれている。
幸い、公爵家の身分と一部の記憶しかないらしい(自己申請の為真偽は不明)ので学院内とベルナールド家、王城内では比較的自由だ。
しかし、魔力検知の腕輪をつけられたり、所在地を明確に報告し、街を歩くにも国に所属している騎士をつけなければならない。
まるで犯罪者だ。自由なんてない。アルファンスは平然としているが、アリアは絶対に嫌だった。
アリアにとって生まれた時から覚えている事は不幸中の幸いだった。
よって、アリア専属の従者と薬草を育てる場所と隠し部屋は今後の為に必要なモノである。
「リリー。ここ以外に本はないの?私、ここの本全部読んだんだよ」
待機していたアリアの付き添いの侍女に凄いでしょと胸を張って言うとリリーは「さすがお嬢様です」と優しく褒められた。表情から見て信じてはいないだろう。アリアの読むスピードは速く、本をめくって遊んでいると思われている。いや、そう思わせているのだ。
「そうですね…。書庫以外でしたら、旦那様の書斎ですが旦那様の許可が必要になりますしーーあ、図書館はいかがでしょうか?」
「としょかん?」
屋敷では聞いた事がない単語に首を傾げた。エリザベス時代でも聞いた事がない為新しい何かなのだろう。
(確か、フェルナンド国王が設立した施設にそんな名前があったわね)
「本専用の建物の事です。置いてある本は屋敷の書庫の何十倍もあるんですよ」
「なんじゅうばい…!」
「はい。平民でも本が自由に読める様になっている大きな書庫みたいなものです」
そんな場所があったのかとアリアは驚愕した。書庫は貴族の屋敷にしかないと思っていたが、違ったらしい。リリーの説明だと、図書館は何か調べものがあったりする時に利用する場所らしく学生時代によく利用していたと思い出話までしてくれた。
今のアリアには情報を仕入れる格好の場所だ。
「行きたい」と言ったが、却下された。貴族であれば貸し出し許可がおりるので借りてくると言われた為行く事は諦めるしかなかった。
どの様な本がいいですか?と聞かれたが変にボロが出そうだった為、書庫にない本と言うしかなかった。
(専属の従者を早く手に入れましょう)
従者の候補達を頭に浮かべながら、作戦を練る事にした。