ナンシーと日本
◆ナンシー・エレヴィート 7
「『おお、この白さが美しい。その上、太くてしっかりとした歯ごたえだ。たまらないね!』」
「そうだね、美味しいよ。・・・けど、良かったの?」
「『ん? 何が?』」
「いや、『何が?』って、・・・・。その、こんなに出してもらって・・・。」
「『気にしなくていい。それに、吾輩が何でも言うこと聞くと言ったのだよ?』」
「・・・うん・・・」
「『というか、『そんなに』と言うほど、出してはいないよ?』」
「でも、もう大丈夫だよ。私、お腹いっぱいだから」
「『そう? 吾輩はまだまだ、余裕だよ!』」
「ま、もう遅い時間だし、そろそろ帰ろうよ?」
ミノはそっと立ち上がり、口から垂れていた汁をハンカチで拭き取った。
「『そうだね、帰ろう。・・・いやぁ、美味しかったなぁ』」
ナンシーは両手の平をあわせ、「『ご馳走様でした。 うどん!』」と言った。
昨日、友人のミノが自室に閉じこもってしまった。原因は、ナンシーがミノの指を舐めたことだ。きっと気を悪くしたのだろう、とナンシーは考えた。
そのお詫びとして、ナンシーは「ナンデモ、イウコト、キクカラサァー!」と言った。
しばらく、寒い廊下にへたれ込んでいたナンシー。目の前のドアが開いたときには、既にナンシーは夢の中だった。
朝、ナンシーはベッドで目を覚ました。起き上がろうとすると、体が普段よりも重たいことに気が付いた。そっと、掛け布団を捲る。
「ドウリデ、ウゴケナイ、ワケダ」
掛け布団の下では、ミノが寝ていた。ナンシーの下半身は、ミノの下敷きになっている。
「ミノ、ウゴケナイ、ヨ。チョット、ドイテ。・・・・・・。・・・・・・アノ、オモイ。クルシイ、ヨ。・・・モシカシテ、ミノ・・・、フトッタ?」
ガサガサ・・・、
「・・・太ってなんか・・・ない・・・はず」
目を覚ましたミノ。両腕でナンシーの腰に抱きつき、眠たそうに反論する。
「ギニャァ! イタイ、イタイ! ツヨク、シメスギ、デス!」
「・・・・静かにしなよ・・・・ご近所迷惑・・・」
「ダレノ、セイ、オモテル、カ! イイカラ、ハナレテ、デスヨ!」
ナンシーは無理矢理ベッドから起き上がる。腰には、まだミノがしがみついている。
ドアを開け、なんとか部屋の外に出る。そのまま廊下を直進し、階段を目指す。
「モウ・・・、イイカゲン・・・、ハナス、デスゥー!」
腰にしがみつくミノをそのままに、少しずつ進むナンシー。引きずられているミノは、時折「いでっ!」と声を上げる。しかし、力は緩めない。
――二人の日常に、両親はいない――
ナンシーは、幼いときに母親を亡くしている。母親の死後、ナンシーには二つの選択肢があった。一つは、孤児院に行くというもの。これは、最低限の生活ができる。
が、ナンシーにはもう一つの選択肢の方が魅力的だった。
二つ目の選択。それは、母と離婚した父のいる【日本】へ行くというもの。幸いにも、父親から、既に同居の許可をもらっていた。
ナンシーが選択したのは、勿論二つ目。
こうしてナンシーは、ロシアから日本へ来ることになった。