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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

峠にて

作者: くるくるくるりん

  陽も押し迫った夕暮れ時の街道を旅装束の商人がひとり、徒歩で帰路を進んでいた。

 商人は、ここからひとつ山を越えた町から商品を仕入れて家路へ向かってる途中であった。

  商品そのものは店の方への配送を済ませ、自身は乗り合い馬車で戻ろうとしたのだが、生憎全ての馬車は満席で、席を確保することができなかったのだった。宿泊予定ではなかったので、物見遊山兼ねて徒歩で帰る事にしたのであった。

 峠の麓に差し掛かったところで、こじんまりとした茶屋があるのを見かける。夕暮れ時ということもあり、客は全く居らず、その茶屋の店主であるらしい老婆がポツンと居るだけであった。

 老婆は、小柄で長年の人生が全身を覆っているかのように、背中が丸まっていた。顔は俯いているので、伺い見ることが出来ず、どこかしら異形な者の気配を見せていた。

  そんな老婆と茶屋に目をやった商人は、不意に喉の渇きを感じ、まるで釣られるかのように、茶屋の外にある長椅子に腰掛け、当たり前に緑茶と串指し団子を注文する。

「婆さん、緑茶と団子を頼む。」

  老婆は一言も発せず、頷き茶屋の奥に下がると、やや経って丸い黒塗りの盆に湯飲みに入った冷えた緑茶と蜂蜜と黒糖のタレが掛かった串刺し団子を乗せて現れた。それらの品物を静かに座っている商人の脇の方に置くと、老婆は間を取るように椅子から離れた場所に佇む。

  そんな老婆に何も疑問を抱くことなく緑茶と団子を腹に収めると、代金を支払って再び峠の方に向かう商人。そんな商人に、老婆がぼそりと声をかける。

「旦那は、今からこの峠を越えなさるか?」

「あぁ、そうだが?」

  聞かれるままに商人は答え、老婆見やる。すると先程まで生気の無かったように見受けられた老婆の表情に暗く重い影が降りる。

「陽が落ちてから、この峠を越えるのはやめておいた方が良い。」

 老婆の言葉に首を傾げ、商人は歩みを止める。老婆の言葉は更に続いた。

「命を取られとうなければ、道を引き返して、今夜は町に泊まって明日出直すとええですよ。」

「命を取られたくなければって、実に物騒な話だね。」

  老婆の眉唾にも似た話に、商人は内心うんざりしつつも、商売で培った笑みを老婆に向ける。

「この峠は、山賊が出るということなのですか?」

「・・・そんなモノだって、裸足で逃げたくなるようなもんさ。悪い事は言わないから、道を引き返した方がいいですよ。」

  商人は一瞬、老婆の言うように引き返そうかと考えたが、それまでの労力を考えるとこのまま進んだ方が良いという考えに達した。

「大丈夫ですよ、これでも腕に覚えがある方です。危機に囲まれても、戦う術は心得てますから。」

  老婆は商人の言葉に納得のいかないようであったが、それ以上は語らず、ただこう言った。

「道中、後ろから呼ばれても決して振り返っちゃならね。呼ばれても無視して先を進みなっせ。さもないと、囚われますからな。」

  老婆の不気味な忠告を背に受け、商人は峠を歩き始めた。



  峠は、月や星の光があまり届いておらず、薄ぼんやりとしており、恐怖が湧き出ているかのようだった。

 商人は、腰のベルトに着けていた小袋を手に取ると、中から金色の粉末を少量掴み、辺りに巻く。この粉末は、光苔を粉状しに火種のエキスと和え混ぜた人口の光であった。簡単に作成でき、どんな用途にも使える優れものの小道具であった。

 例えば、賊などにかち合ったときなど、この粉を大量にばら蒔けば、目潰しにも使えるし、火種のエキスを予め多目に含ませておけば、武器にもなるというものだ。旅をする人々にとっての正に常備道具であった。

 峠の道程は単調で、老婆の不吉な忠告じみた事は起きることがなかった。むしろ単調すぎて、思わずあくびが出てしまうほどだ。

「何だ、何も起こらないじゃないか。」麓の茶屋の老婆の事を思い出して苦笑する。「まあ、年寄りが用心深いのは、今に始まったことではないか。」

 商人は何事も起きないことに安堵し、ゆるりと警戒を解いていき、のんびりとした気持ちを表に現しながら、歩を進める。

 だが、物事は始まってもいなかった。怪異は暗闇の隅からてぐすねを引いて、商人を引き込もうと企んでいたのだ。

 峠の道も終わりに差し掛かった頃、背後より声がかかる。

「もし、そこのお方。商人とお見受けいたしますが。どうでしょう、私に物を売って頂けないでしょうか?」

 商人は背後から掛かった声に、いつもの条件反射で声の方へ振り返る。今までのゆったりした徒歩のせいで、茶屋で老婆に受けた忠告をすっかり頭から追い出してしまっていたのだ。

 振り向いた瞳に映ったのは、完全なる闇だった。

 黒を何重にも塗り、光を微塵にも入れようとしない暑苦しくなる様な闇だった。やがてその表面がゆっくりと動く。そこに口でもあるかのように、声のような音が響いてきたのだ。

「あんた・・・だから、言わんこっちゃない・・・」

 闇から、峠の茶屋の老婆の顔が浮かんできたのだ。そのとき、商人は老婆の忠告を思い出す。



 ーーー声をかけられても振り向くなーーー



  この忠告は助けというより戦慄を与えて、身体を拘束する。逃げようとするも身体が何か見えない力に押さえつけられたようになり、指一本すら動かせない。

 強張った瞳は闇を見つめる。老婆はにやりと邪悪な笑みを浮かべる。

「ヒトの言うことを聞かないバカな生き物だよ。これだから、人間は面白い。」

 闇は大きくうねりを見せると、身動きのとれない商人を飲み込んだ。


 そして、その場は静かに闇にとけていくのであった。





  暗すぎる闇のみが蠢く夜が明け、穏やかで緩やかな朝が来た。

 峠は静かで、夜の峠とは正反対の情景を浮かべ、麓の茶屋も老婆が客を待つかのように、店に佇んでいる。



  何もかもがいつもの情景を見せているようであった。

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