二人での通学
朝。
僕は目を光にならしながらゆっくりと開けていく。
視界に入るのは当たり前だが、知っている天井。
見慣れた天井と言わないのは、まだこの部屋に住み始めて時間が経っていないからだ。
高校に入るのと同時に一人暮らしを始めた僕は当然のことながら、まだ慣れるほどはこの部屋で寝ていない。つまり、知っているが見慣れたわけではないのは当たり前なのだ。
そんなくだらないことをよくも朝から考えられるものだと自分でも思う。
しかし、何故かいつもならある筈の憂鬱な気持ちはない。
その理由を自分なりに考えてみる。
すると浮かんできたのは、昨日見た古都先輩の笑顔。
僕は先輩に美しさを見つけた。だから、先輩に会える学校が楽しみなのだと自分なりに仮説を立てる。
僕は布団から出ると、キッチンに向かい、何か朝食を作ろうとするが、めんどくさい気持ちが強まり、いつも通り何も塗らないパンを一枚食べる。
パンを牛乳で胃に流し込みながら、昨日のあの後の事を思い出す。
あの後、先輩は何故か俯いてしまい、まともな会話はなかった。
僕は何とかその状況を改善しようとしたが、結局どうすることもできずに僕の住むマンションの下までついてしまった。
だが、奇跡は起こるもので、先輩の住むマンションも僕の住むマンションと同じだったのだ。
まあ、僕がここに住み始めたのはつい最近なので、お互いに会わなかったのも無理はないだろう。
昨日のことを思いだし終えたところで、僕はキッチンから出て身支度を進める。
癖のある髪質なため、寝癖を直そうと思ってもどこまでが寝癖でどこからが癖なのかがわからず、最初から諦めている。
――ピンポーン。
ブレザーのボタンを閉め終わったところで、チャイムが鳴った。
誰だろうと首を傾げながら、玄関に向かいドアを開けるが、そこで僕は固まってしまった。
そこにいたのは……
「おはよう。」
古都先輩だった。
「お、おはようございます。なんでここに?」
「一緒に学校に行こうかと思ってな。駄目だった?」
「ぜ、全然大丈夫です。鞄とか取ってくるので少し待っててくださいね!」
そう言ってドアを閉め、急いで部屋から鞄と財布、そしてスマホをとる。
何故か先輩の顔を見てから心臓がバクバクうるさい。いつもの自分を出せていないとは思うが、どうしようもない。
靴を履くと、一度深呼吸してから、ドアを開ける。
「お待たせしました。」
「いや、大丈夫。急に来たボクが悪いからな。」
そう言うと先輩は少し笑う。
「っ!!先輩、行きましょう。」
このままではいけないと思い、僕は鍵を閉めて歩き出す。
先輩は頷くと、僕の横について歩く。
こうしてみると、先輩は僕よりも身長が低い。まあ、男女の差があるから当たり前かもしれないが。
「ふふっ。こうして誰かと学校に行くというのも悪くないね。世界が違って見えるよ。」
「そうですね。でも僕は先輩とだからこそ世界が違って見えるんだと思いますよ。」
「っ!?なんでキミはそんなことをっ!平気で……!」
何故か先輩はそう言うと顔を赤くして俯いてしまう。
「? どうしました?」
「っ!!キミがっ!
……いや、やっぱり何でもない。この短い間でキミのこういう言動はどうしようもないと学んだから。」
「? なんの話ですか?」
「キミは困ったやつだという話だ。」
「そうですか。あ、ちょっとコンビニに寄ってもいいですか?昼ご飯を買いたいので。」
「全然問題ないぞ。」
先輩の許可は得られたので、二人でコンビニに入ることにした。
僕は適当におにぎりを一つ買うと、雑誌コーナーにいる先輩に話しかける。
「先輩、買いました。」
「? レジ袋軽そうだけど、少なくないの?」
「おにぎり一個くらいがちょうどいいんですよ。僕は小食なので。」
「そうか。覚えておこう。昼食はいつもコンビニで?」
「そうですね。自分で作るのは面倒なので。」
「そうか。ボクも面倒だとは思うけど、習慣になってしまえばなんてことない。」
「それが難しいんですよ。では先輩。そろそろ行きましょうか。」
「そうだな。」
二人でコンビニを出ると、二人で同じ方向に向かう。
しかし、本当に先輩は面白いと思う。僕がもっと話したいと思える人は他にはいない。
もっと先輩のことを知ってみたい。もっと先輩の考えに触れてみたい。もっと……
「なあ。」
先輩が何かを言ったため、僕の思考は途切れる。
普段ならば他人に思考を中断されたら苛々するが、何故か先輩相手だとそんな感情はわかない。
「今日の昼食、誰かと食べる予定はある?」
「ありませんよ。何故そんなことを?」
「そ、それは……一緒に昼食を取りたいと思ってな。」
「良いですよ。一人で食べるのもあれでしたしね。」
僕がそう言うと、先輩は見るからに嬉しそうに笑う。
「ふふっ。昼が楽しみだ。じゃあ、部室で食べよう。あそこなら邪魔が入らない。」
「邪魔?ああ、確かに。」
先輩は見た目も中身もとてもいいので、確かに人の多いところでは視線を集めて食べにくいのだろう。
「せっかく二人で食べられるチャンスを無駄にはしたくないからな。」
先輩はそう呟くと、また「ふふっ」っと笑った。
恋を自覚するのはもう少しかかりそう……