朝 嫌い→好き
朝。
ついこの間までは一番嫌いな時間だった。
学校は正直言ってつまらなかったし、友達と呼べる人も一人ぐらいしかいなかった。
でも、今では一番好きな時間帯だ。
何故なら、これから先輩に会えるから。
僕は布団から起きると、顔を洗って目を覚ます。
それからご飯を食べたり制服に着替えたりして準備を進める。
ここまではいつもと変わらなかったけど、そこでスマホにメッセージが届いた。
『風邪ひいたから、今日学校休む』
それが届いた瞬間、ピンときた。
絶対に昨日の水濡れ事件のせいだろうと。
『大丈夫ですか?』
『そんなに酷くないから』
少し間が開いてから、そう返ってきたけれど、どうも怪しい。
いつもならここで可愛らしいスタンプが送られてくるはずなのだが、今日はそれがない。
「先輩、結構しんどいんじゃないかなぁ?」
なんか、僕の勘が大丈夫じゃないと告げている。
こういう時には勘に従っておいた方がいいとは思うが、僕が行ったところで看病する方法なんかわからないし……
「誰かに聞くしかないよね。でも、誰かいたかなぁ?」
一輝はそういうのは駄目そうだからパスで。
親に知られたら絶対にからかわれるから、親もパス。
すると、もう候補が居な…………あ、一人だけいた。
けど、あの人苦手なんだよなぁ……
……仕方ない、か。
メールよりも電話のほうがいい気がしたので、とりあえず電話をかける。
――プルルルル
――プルルルル
『はい。深星です。』
そう電話の向こうから眠そうな声が聞こえてくる。
「あ、こんにちは。琴木です。」
『うん。知ってる。こっちの画面に名前が表示されたから。で、古都さん絡みで何かあった?』
「……エスパーなんですか?」
『いや。なんか焦ってるように感じたから。』
なんかもうこのやり取りだけでこの人には勝てない気がする……
「まあ、焦っていますね。」
『何があったの?僕に訊いてくるってことは、そっちが苦手なことでしょ?』
「はい。実は、先輩……古都先輩が風邪を引いたらしくて。」
『あー、今学校で流行ってるらしいね。で?君はどうしたいの?』
どうしたい、か。
僕はどうしたいのだろう。
「僕は、先輩が心配です。本人は大丈夫だって言ってましたけど、なんか無理してる気がするんですよ。」
『いやぁ、青春してるねぇ?』
「……そうかもしれませんね。」
言い方はとてもむかつくものであったが、事実な気がするので否定することはできなかった。
「まあ、その話題はどうでもいいんですよ。会長、看病ってどのようにすればいいんですか?」
『うーん。まず、看病しに行くのに制服はないよね。まずは――』
会長から看病の注意事項を聞くと、電話を切って素早く準備を済ませる。
それが終わったら全速力で先輩の部屋に向かい、インターフォンを鳴らす。
返事がない。
扉が開かない。
本当に、大丈夫なのか?
――ガチャリ
「はい、どちらさ……」
扉が開いて、先輩が姿を見せる。
が、それと同時にふらっと僕の方に倒れ込んできたので、慌てて先輩を抱き留める。
極力、優しい力で。
「あ、すいま……」
「先輩、やっぱり大丈夫じゃないですよね?」
「……え?」
「うわっ!服の上からでもわかるくらい熱いじゃないですか。」
見るからに熱がある。
目が潤んでいるし、声にも違和感がある。
普段は白い肌が紅く染まり、体からは力を感じない。
この状態で先輩を歩かせてベッドに戻すのは色々問題がありそうだ。
「先輩、お邪魔しますね。」
僕はそう言って、先輩を横抱きにする。
うわっ!先輩軽っ!小柄だなぁとは思ってたけど、こんなに軽いとは思っていなかった。
「零君、がっこうは?」
「休むに決まってるじゃないですか。微熱とかそういうレベルの風邪じゃないでしょう?」
「そうだけど…………風邪、うつっちゃたら悪いし……」
「その時は、先輩が看病してくれればいいです。他人の心配より、自分の心配をしてください。」
僕はそう言いながら、先輩の部屋の中に入る。
正直、勝手に女性の部屋に入るのは抵抗があるけれど、看病のためだと割り切ることにした。
一応、「すいません先輩、勝手に入ります。」と謝っておく。心の中で。
あ、ここが先輩の部屋かな。そんな雰囲気がある。
そう思いながら扉を開けると、やはりそこは先輩の寝室だった。
僕は先輩をベッドに寝かせると、鞄から体温計を取り出す。
そして、先輩の額に赤外線を当てる。
「うん。39.1℃。病院決定。とはいえ、まだどこの病院もやっていないので、それまでは家で待機ですね。」
「だ、だから、キミは学校に……」
そう言う先輩はどこか弱々しくて、妹が居たらこんな感じかなぁっと思ってしまう。
ついつい、手がその頭に伸びる。
「先輩、さっきも言いましたが人の心配はしなくていいので、自分の心配をしてください。今、相当つらいでしょう?こんな時ぐらいは、『後輩を使ってやる!』くらいの気持ちでいいんですよ。」
「そうか……キミは優しいんだな。」
「…………先輩にしかしませんよ。こんなことは。」
先輩に聞こえるか聞こえないかの声量しか出なかった。
でも、これが今の僕の精一杯。
「失礼しますね。」
そう言いながら、先輩の前髪を上げて、ひんやりするジェルシートを貼る。
ただ、何も言わずに貼ったことに驚いたのか、先輩の体が驚いたように反応する。
「あ、すいません。ひんやりするジェルシートを貼ったんですけど……先に言っておけばよかったですね。」
「……うん。」
「先輩、何か食べれますか?」
「ちょっと、無理そう……」
「そうですか。じゃあ、仕方ないですね。無理に食べさせて吐くよりかはいいですし。」
無理にでも食べさせろという人もいるかもしれないけれど、僕はあまりそれをしたくない。
どうせ病院に行くんだし、薬で落ち着いてからでもいいと思う。
そんなことを思いながら、手が無意識に先輩の頭に伸びてしまう。
「いっこだけ、お願い……してもいい?」
消えてしまいそうなほど弱い声を聞き逃さないように必死に耳に意識を集める。
「良いですよ。とはいえ、僕にできる範囲のことですけれど。」
「うん。大丈夫。というか、零君にしかできないことだから……」
そう言いながら布団をギュッと握って、口元まで隠すその動作に、目が奪われる。
「風邪、治るまでそばにいて?」
そんなことでいいのかと拍子抜けするけれど、きっと先輩には大事なことで。だから僕は精一杯それに応えることしかできない。
「勿論です。」
その瞬間、先輩の表情は綻ぶ。
心の底から安心したかのようなその表情に、ここまで信頼されていたんだと実感すると同時に、嬉しくもなる。
「本当に、キミは優しいんだな……」
「そうですか?」
そう言われた経験は無いに等しいはずだ。
そもそも、他人の為に動こうと思ったこと自体が無いのだし。
「よく友人からは『もっと他人に優しくしろ』と言われますけどね。」
「そうか……それは、その友人の感性がおかしいんじゃない?って、キミの友達に失礼か……」
そう言いながらも、嬉しそうに笑う先輩は、やはり自分の好きな人なんだと実感して。
同時に、先輩の笑顔を僕だけのものにしたいなんて思ってしまう。
「全然いいんですよ。あんな奴。ただの便利な情報屋みたいなものですから。先輩も、もし会うことがあったら厳しくしてやってください。」
「ふふっ。キミがそう言うならそうするよ。」
「ええ、ぜひそうしてください。」
暖かい、静寂。
先輩はおもむろに僕の手を取ると、その小さな両手で包むように握る。
「先輩?」
「もっと、こっちに寄ってくれないか?」
「はい。いいですけど……」
僕がそう言い終わる前に、体に感じる軽い衝撃。
見ると、先輩が僕に抱きついていた。
「先……輩?」
「もう少し、こうしていていい……?」
「……はい。」
先輩から伝わる温度には、熱だけじゃない暖かさがあって。
この瞬間だけは「ずっとこうしていたい」なんて刹那的な願いに身を任せてもいいんじゃないかと思えた。
大変お待たせしました。
次回更新は…………未定です。すいません……




