ああ、やらかした……
ああ、やらかした。
頭が痛いし、ぼんやりする。
思考が上手くまとまらなくて、体をうまく動かせない。
ああ、寒い。
これ、完全に風邪を引いたよね。
そんなふうに回らない頭で考えながら、ぼんやりと天井を見つめる。
これ、たぶん熱がある。あれ?体温計どこだっけ?
体を動かそうと思っても、想像以上に体が重く、無理に動くことを断念する。
「あ、今日、学校休むって、零君に伝えないと……」
ボクはベッド脇に置いていたスマホを取ると、ぼんやりする頭で『風邪ひいたから、今日学校休む』と零君にメッセージを送る。
すると、すぐに既読がついて、返信が来た。
『大丈夫ですか?』
「ははっ。大丈夫じゃないかもなぁ……」
これは、結構しんどいタイプの風邪かもしれない。
「でも、心配させたく、ないしね。」
横になったまま『そんなに酷くないから』と零君に送る。
……あれ?一人って、こんなに寂しいものだった?こんなに、不安になるものだった?
――ピンポーン
聞きなれないインターフォンの音がする。
ああ、動きたくない。でも、お客さんだから出なくちゃ。
ボクはゆっくりとベッドから出ると、ゆっくりと壁に手をつきながら玄関へと向かう。
「はい、どちらさ……」
扉を開けて、そう言おうとしたときに、フラッと体のバランスを崩して、お客さんの方に倒れてしまう。
それをそのお客さんは優しく受け止めてくれる。
「あ、すいま……」
「先輩、やっぱり大丈夫じゃないですよね?」
そう上から聞こえてきた声は、つい最近知ったにも関わらず、とても落ち着く声。
「……え?」
「うわっ!服の上からでもわかるくらい熱いじゃないですか。先輩、お邪魔しますね。」
どういうわけかそこにいた零君は、ひょいっとボクの体を横抱きにすると、部屋の中へと入っていく。
密着した体から香る匂いは、とても安心する匂い。
「零君、がっこうは?」
「休むに決まってるじゃないですか。微熱とかそういうレベルの風邪じゃないでしょう?」
「そうだけど…………風邪、うつっちゃたら悪いし……」
「その時は、先輩が看病してくれればいいです。他人の心配より、自分の心配をしてください。」
零君はボクの部屋の寝室のドアを開けると、ベッドにボクを寝かせる。
そうして、持ってきていた鞄から何やら機械を取り出すと、ボクの前髪を上げて額にかざす。
「うん。39.1℃。病院決定。とはいえ、まだどこの病院もやっていないので、それまでは家で待機ですね。」
「だ、だから、キミは学校に……」
そこで唐突に頭を撫でられたため、それ以上言葉が続かなくなる。
なんか、零君の撫で方は安心感がある……
「先輩、さっきも言いましたが人の心配はしなくていいので、自分の心配をしてください。今、相当つらいでしょう?こんな時ぐらいは、『後輩を使ってやる!』くらいの気持ちでいいんですよ。」
「そうか……キミは優しいんだな。」
「…………先輩にしかしませんよ。こんなことは。」
零君は何かを呟くと、また鞄から何かを取り出す。
「失礼しますね。」
そう言いながら、前髪をまたあげられる。そして、その直後、ボクの頭に不自然なほどひんやりしたものが当てられて、思わずびくっと震えてしまう。
「あ、すいません。ひんやりするジェルシートを貼ったんですけど……先に言っておけばよかったですね。」
「……うん。」
「先輩、何か食べれますか?」
「ちょっと、無理そう……」
「そうですか。じゃあ、仕方ないですね。無理に食べさせて吐くよりかはいいですし。」
零君はそう言うと、また優しい手つきで頭を撫でてくれる。
それが、今はとても甘美なものに思えて、できれば離れたくないと思ってしまう。
「いっこだけ、お願い……してもいい?」
「良いですよ。とはいえ、僕にできる範囲のことですけれど。」
「うん。大丈夫。というか、零君にしかできないことだから……」
これを口にするのは何故か恥ずかしくて、思わず布団をギュッと掴んで口元まで隠してしまう。
「風邪、治るまでそばにいて?」
ボクがそう言うと、零君は一瞬驚いた顔をするも、すぐに優しい笑みを浮かべ、「勿論です。」と言ってくれる。
それだけで、寂しかった心が一瞬で満たされるような、不思議な気分になった。
誰かがそばにいてくれるだけで、こんなに安心するものなのか?
いや、たぶんこれは零君だからこそなんだろう。
「本当に、キミは優しいんだな……」
「そうですか?」
やっぱり、自覚はないんだな。
「よく友人からは『もっと他人に優しくしろ』と言われますけどね。」
「そうか……それは、その友人の感性がおかしいんじゃない?って、キミの友達に失礼か……」
そうは言いながらも、内心では少しの優越感がある。
零君のこの優しさを、ボクだけが知っている。他の人が知らない零君を見ることができている。
それだけで、嬉しい。
「全然いいんですよ。あんな奴。ただの便利な情報屋みたいなものですから。先輩も、もし会うことがあったら厳しくしてやってください。」
「ふふっ。キミがそう言うならそうするよ。」
「ええ、ぜひそうしてください。」
そこで、ボクたちの間に柔らかな静寂が訪れる。
頭を優しく撫でる零君の手だけが、今のボクには全てのように感じる。
ボクは、おもむろに零君の手を取ると、両手で包み込むようにそれを持つ。
「先輩?」
「もっと、こっちに寄ってくれないか?」
「はい。いいですけど……」
零君がその言葉を言い終えぬうちに、ボクは何とか上体を起こして、零君にしがみつく。
「先……輩?」
「もう少し、こうしていていい……?」
「……はい。」
そう言ってくれる零君の体温はボクよりも冷たいけれど、どこか暖かくて。
ずっとこうしていたいと思えるような気すらした。
おまけ(本編とは何の関係もありません)
「先……輩?」
「もう少し、こうしていていい……?」
「……はい。」
そう言ってくれる零君の体温はボクよりも冷たいけれど、どこか暖かくて。
ずっとこうしていたいと思えるような気すらした。
「…………」
「…………」
「…………」
十分後
「…………」
「…………」
「…………」
これは、どのタイミングで離れるべきなのだろう……




