古都流、強制クールダウン
僕はそのままの足で部室に行くと、何の躊躇いもなく中に入る。
「こんにちは、先輩。」
「……急に入ってくるのやめてくれないか。心臓に悪いから。」
先輩はそう言うと手に持っていたスマホをポケットにしまう。
「そう言われましてもね。僕の部室でもあるわけですから、僕が自由に出入りしてもいいはずですよ。」
僕はそう言うと鞄を置き、先輩の正面の席に腰かける。
「それはそうだが、やはり部長に許可というものが必要だと思うんだ。」
「二人しかいないのですから、僕は副部長でしょう?別にいいじゃないですか。」
「……なんか正論な気が……」
「正論なんですよ。」
僕がここまで引かないのは、単純に面倒くさいからだ。部室に入るのにいちいち先輩の許可がいるとか、面倒すぎる。それに、さっきみたいに一瞬でも先輩の焦った顔が見れればいいなぁという一種の打算的な考えもあるのだが、それは気にしないでおこう。
「というか、先輩はどうして僕にノックしてから入ってほしいんですか?驚くからだけではないような必死さがあるように見えますけど。」
「うっ……それは……か、仮にだよ!ボクが中でえっちいことしてたら困るでしょ?」
「その時はそれを撮影してそれをネタに脅します。」
「外道!!というか、入部した翌日とかはもう少し優しかった気がするんだが!!」
「ああ、あれは先輩に対して素で対応していいか見極めてたんですよ。お見事、先輩は僕からの信頼を勝ち取り今に至るわけです。」
「嬉しいのか嬉しくないのかわからない!!」
僕がこれを先輩に言われたら嬉しいのだが、それはきっと僕が先輩を好きだからだろう。先輩が僕をもっと信頼してくれればそれはどれだけ幸せなことだろうか。
「……本気、出さないとな。」
「ん?なんか今言った?」
「いえ。何も言ってませんよ。」
危ない危ない。
そう言えば、先輩に聞きたいことがあったんだった。
「そう言えば先輩って、普通に会話するときと、僕に質問するとき、語尾の感じが違いますよね。」
いまも、『なんか言った?』と僕に尋ねた。先輩のいつもの口調なら、『なんか言ったか?』と聞いてきた方が自然だと思うのだが……
「ああ、実はそれは癖みたいなものでな。何となくそうなってしまうんだよ。」
「そうですか。まあ、それも含めて先輩は美しい人ですし、十分魅力的でかわいいと思うので、何の心配もいらないと思いますけどね。」
その瞬間、何故か先輩の動きが完全に固まる。
暫くそのまま僕を見つめていたが、急に両手で顔を覆う。
「キミは、また、そんなことをっ!!」
「え?なんか今変なこと言いました?」
「言った!確実に言った!う、美しいとか、か、か、かわいいとか、簡単に言う者じゃないぞ!!」
「そんな心配はしなくてもいいですよ。僕がこんなことを言う女性は、先輩ぐらいですから。」
「っ!!!!!この天然タラシっ!!!!」
先輩はそう言うと、高速で立ち上がり部室から出ていく。
しかし動きが素早い。引き留める間もなかった……
まあ、怒ってる感じではなかったからよかったけど、これ怒ってる時に発動されたら止められないなぁ……
「……なんだったんだ?」
そう呟いても返事は来ない。
何故先輩は走っていったんだ?
僕にはよくわからないんだが……と、いくら考えても回答は得られず、諦めようとしたときに、閉まっていた扉が開く音がした。
「あ、先ぱ……」
僕はそれ以上は言葉が続かなかった。
なぜなら、先輩の美しい髪からは透明な水滴が滴っていて、その服は下着や女子が見せてはいけなそうなものが透けてしまうほどにびしょびしょに濡れている。
どこからどう見ても、ずぶ濡れだった。
いや、何をしたらこうなるんだろう。
「先輩?」
「頭、冷やしてきた。」
「いや、頭どころか体までびしょびしょに……というか、何でそこまで濡れるんですか?」
僕はそう言いながら、鞄に常時入れっぱなしにしているタオルを先輩に投げ渡す。
「ん。ありがとう。実はな、頭を冷やそうと思ってバケツの水を頭からかぶったんだ。」
「はぁ!?何してるんですか!?」
「何の問題もない。新品のバケツを使ったから清潔だ。」
「そういうことじゃないですよ!ああもう!僕は部屋を出るのでジャージにでも着替えておいてください!」
僕はそのまま廊下に出ようとした……が、先輩に服を掴まれる。
「なんですか?」
「実は……今日、ジャージないんだ……」
……は?
なのに水被ろうと思ったとか阿呆としか言いようがないのだが……
いくら好きだからと言って許容できることと出来ないことがある。
「はぁ……阿呆なんですね。」
「今回の件に関しては否定できないのがつらいところだ。」
「もういいです。はい。そのままだと風邪をひくので、僕のジャージを貸します。どうせもう今週は体育がないので。」
「本当にいいの?」
「先輩に風邪ひかれた方が困りますしね。」
僕はそう言うと、鞄から学校指定のジャージを取り出そうとして、迷う。
絶対にサイズ合わないよな。これ。
まあ、悩んでも仕方ないし、そもそも悪いのは先輩なのでだぼだぼでも我慢してもらうしかない。
「はい。じゃあ机の上にジャージとタオルを置いておきましたから。廊下で待ってますので着替え終わったら呼んでください。」
「ああ。ありがとう。感謝するよ。このお礼はいつか……」
「気持ちだけで十分です。」
僕はそう言うと、廊下に出て扉を閉める。
と、廊下を見ると蛇口のあたりからびしょびしょに……
……仕方ないので、その辺にあった雑巾で軽くふいておいた。
どうも、海ノ10です!
更新遅くてすいません……
次回は彼ジャージの予感……?(彼じゃないけど)




