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俺は王様  作者: 網野雅也
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鞘神楽 武君の場合その4

 

 俺たちが時間を忘れ、驚嘆に値する偶然の出会いと、各々の今日一日に体を動かし

心で感じとった体験を言葉を通して交わすうちに、それぞれの人間性を垣間見る事に

成功したのか、短い時間ではあるが、初めてこの場所で顔を見合わせた時よりは

打ち溶け合えた気が俺の心の内だけではあるが、実感として残る。

まだ、言葉のキャッチボールは終わっていなかったが、その間に分け入るように

彼女の後ろから、囁くような声が扉の隙間から差し込んでくる。

俺一人に長い時間を費やし、客人との会話の範疇を超えた友達同士で交わすようなやり取りを耳にした彼女の母(たぶん、初め俺を接待した女中さん)が、業を煮やし彼女を呼んでいるようだ。彼女は体を捩ると後ろを振り向き、彼女の母に理解を示した意味を

込めて、右手の人差し指と親指で丸い円を作り合図を送ると、俺の目を見据えて言葉を残す。


 「また、後で〜!」


彼女は俺に微笑みかけると、長い時間ほぼ正座をしていたにも関わらず、凛として立ち上がると、接客の作法を忠実に守った退室の一連の動きを俺相手に披露した後、

部屋を静かに出て行った。

 

…さて、飯を食うか。


彼女と話しながらも、箸を握る手は頻繁に食べ物を口へと運んでいたが

意識を話に捕らわれていたため、味わいながら食べる楽しみを見出せていなかった。

今からそれを満喫しようと、皿に残っている食べ物へと箸を伸ばす。

 

 しばらくすると、全ての皿の表面に木の櫛や、料理の下に敷かれていたビニールや

紙、テンプラの粉だけ残されると、俺は箸を無造作に一つの皿に一応並べたつもりで置くと

ようやく、胃袋へ詰め込む作業から解放され、壁に背中の一部をつけもたれ掛かる。

満腹感が心と体に広がり、少し眠気すら含んでいる。

意識を静寂に任せ、心を空っぽにしたまま、部屋の壁に掛けられている浮世絵のあたりに視線を置く。

どれくらい時間が過ぎただろうか、考える事を止めていた脳の動きを再開するかのように

頭を左右に振ると、これから何をするか、その行動計画を考え始める。


…取り合えず、山の精霊の伝承を誰かに聞くか、ここのどこかにある郷土博物館にでも

調べに行かないと、話しにならないな。

なんたって雲を掴むような話だしな。


 俺は取り合えず、この民宿にいる誰かに話しを聞く事に決めると、足を強く踏ん張り立ち上がると、部屋の電気を消し廊下に躍り出て、外から部屋の扉に鍵を掛ける。

そして、1階へスリッパの音をさせながらゆっくり降りていくと、あまり忙しくしてなさそうな人を捕まえようと、玄関を少しはいった廊下の壁に持たれかかり佇んでいた。

あまり客が他にいる様子の無いこの民宿は、静まり返っていたが、廊下に誰かが出てくる様子は今の所微塵も窺えなかった。


…仕方ないな。


 待っていっても時間だけが過ぎていくので、俺は行動に出た。

廊下の突き当たりに一つ部屋、そこを右に曲がる通路があって、そのどん詰まりにも

3つくらい部屋が見える。

俺は足音を微妙に静かなものにしながら、一つ目に見える部屋の古びた木の扉を

右拳を作り軽く2回ノックした。


 「はい〜」


 一際大きい声と一緒に畳を足で擦る音が、扉の向こう側から聞こえてくる。

木が軋むような音を孕み扉が大きく開かれる。

俺の前に現れたのは、彼女の母と思われる初めに接待してくれた女中さんだ。

なぜ、彼女の母だと半分断定しているかと言えば、一つ上げるとすれば

独特の少し下へ向いた睫と落ち着いた目つきが、彼女の娘さんを彷彿とさせるからだ。

逆もしかり。

俺は控えめな口調に勇気を少し込めて、武智山に住むとされる精霊について

何か情報は無いか、聞いてみる。


 「ええ〜っと、私には分かりませんね〜」


 その答えは聞く前から半分は覚悟していたが、実際聞いてみると、その落胆はかなりのものだ。俺は力なく視線を下にやると、言葉を一言二言呟き、軽く会釈をすると

扉が閉まる様子を虚ろな瞳で見つめていた。

完全に閉ざされようとした矢先、奥の方からあの彼女の耳に心地よい透き通るような声が俺に届く。


 「私知ってるから、少し待ってて!」


それは少し意外だった。伝承っていうのは、古くからその場所に住んでいる

年の召した人から聞ける物だとTVのドラマなどで刷り込まれていたので、年若いほぼ同年齢と思われる彼女から、その言葉が出てくる事に違和感を感じぜずにはいられなかった。

色々な音が古びた薄い木の扉を透して聞こえてくる。

畳を引きずる音、押入れが開く音、それらから服を着替えている事を察するのは容易だった。

そして、女の準備と言うものが長くなる事は、十二分に前の彼女や母の例から分かっていたので、俺は中に一言声を掛けると、部屋に一旦戻る事を伝えた。

部屋に戻ると、障子を開け窓越しに映る武智山らしき山を目を細めて眺める。

霧が山の緑色を白く濁らせ、曖昧な少しぼやけた景色を俺の眼に届ける。


…あそこに精霊がいるのだとしたら、どのあたりに住むんだろう…?


そんな疑問がふと湧き立つ。暫く頭を悩ますと、その答えを山の頂だと勝手に断定した。

それもまた、TVの影響が多分にあるのは言うまでも無い。

突然、というか必然に、扉をノックする音が聞こえたかと思うと

一言挨拶の言葉を俺に掛けると、それに俺は優しい言葉を投げかけ招き入れる。


 「ごめん、待たせた?」


 「いや、全然」


彼女が申し訳なさそうに、苦笑を顔に浮かべ入ってくるので

それにあっけらかんとした笑顔で応えて場の雰囲気を和ませようと試みる。

その様子を目にして、案の定彼女に微笑みが戻る。とても素直で実直なその姿に

前の彼女の姿が重なるのを感じた。


…元々顔も似ている上に表情も性格も似てるもんだから‥参ったなぁ…。


俺は心臓の鼓動が早くうち、気持ちが高揚するのを感覚で捉えると

どうしても、自分に嫌悪感を感じてしまい、大きな穴があれば体ごと

その中へ押し込めてやりたい気分に苛まれる。


 「何から話そうかな」


彼女はそんな俺を余所に、いくつか心当たりがあるような素振りで

額に右手の人差し指を当て、最初に俺に語る内容に頭を巡らせる。


 「そうだ!まず、身近なところから」


 「家に住む精霊の話しからするね!」


甲高い声を発したかと思うと、彼女は顔を綻ばせ不思議な言葉を俺に投げかけてきた。



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