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俺は王様  作者: 網野雅也
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鞘神楽 武君の場合その3


 俺はやっと目的の駅へ到着した。


 「えーっと…」


 駅の屋根の下にできた小さな影に自分の体をすっぽり入れると、王宮から送られてきたパンフレットを半分におりたたみ、目に滴り落ちてくる汗を訝しく思いながらも、場所の確認を急ぐ。

ここから、真直ぐ行くと道路に出てそこを道沿いに西に歩くとあるのか…。

焦る必要は全く無いわけだけど、空腹感がどうしても冷静さをかき乱し、俺をいらいらさせる。

もうお腹が…なんか買っておけば良かったな…。

 

 俺は昼食を完全に民宿頼りにしていた。そのせいもあって、場所を特定すると道を少し早い調子で歩きはじめる。

さっきまでゆったりとした落ち着いた気持ちで歩いていたけれど、民宿が近いことを悟ってからは、まるで猪のように、目的地目指して何も考えずに歩を進める。

しばらくすると、勾配が急な坂道にさしかかり、そこを降りていくとコンクリートの道路が見えてきた。上半身を覆うTシャツは体中の汗を吸収し、胸や背中の部分に大きな透明の染みを浮き立たせる。

 車の往行する姿が皆無のその道路に侵入すると、西に向かって只管歩く。

道路の左側から水が流れる音が聞こえる。その爽やかな音の方に導かれ、自然と足が進みガードレール越しに見下ろすと、透き通るような水を湛える川が横たわっていた。

その川の流れは激しく、点在する岩に水の流れが当たり、白い造形を彼方此方に浮かび上がらせているのが分かる。その猛々しい姿に俺は目を奪われ足を止めた。

しばらく、それを無心で眺めていたが、押し寄せる空腹感が止めた足をまた前に突き動かす。

右側には盛った土砂の斜面の下を固めるコンクリートの擁壁が続いていて

それが途切れたかと思うと、赤い鳥居が目に映える神社が姿を現す。

特に目新しさは無いが、どこか威厳のあるその姿を

横目でちらちら見ながらも、歩を進める速度は衰えを見せない。

目的地はもうすぐそこに来ているのを感じているからだ。

逸る気持ちが抑え切れなくなって、少し小走り気味に突き進むと

やがて、白看板に黒字で刻まれた向日葵という文字を視界に捉える。


やっと、着いたか…。


心に大きな余裕と共に安心感が訪れ、思わず顔が綻ぶ。


 木の板が表面を覆うその民宿の玄関の引き戸を横に滑らせ

中に入る。

静まり返ったそこに人の姿は見当たらない。

仕方ないので深く息を吸うと、少し大きめの声で言葉を奥に投げかける。


 「こんにちわーー」


その声に気づいてくれたのか、青い二部式着物を身に纏った女中さんが姿を現す。


 「どうも〜、お待たせしました」


 「あの、朝お電話しました鞘神楽と申します」


 「あぁ、鞘神楽様ですね、御待ちしていました」


 「どうぞ中へ」


 靴を脱ぐと、女中さんに導かれるまま二階へと上がっていく。

段差のそれほど高くない木の階段を上り終えると、木彫りの大きな熊が

置かれていて、その前にある細い通路沿いに幾つか部屋のドアがあるのが分かる。

その一つを女中さんが開けると、手を差し伸べ、私を先に中へと招き入れた。

8畳ほどの畳の部屋には木の枠の障子があり、真ん中には正方形の木製のテーブルが置かれていて、その周りに座布団が並べられている。落ち着いた感じの和室だ。

俺は畳の上に荷物を置くと、座布団に少し足を伸ばし気味に座り

旅の疲れを癒す。


良い部屋だな…。


 「でわ、13時になりましたら、昼食お運びしますので」


 「それまで、ごゆっくりご寛ぎくださいませ」


 女中さんは和やかに俺と少し会話を交わすと、お辞儀を深々とし

部屋を静かに出て行った。

腕時計に目をやると針が12時30分を指している。

…昼食まで少し時間あるな…。

俺は障子を開くと、窓の外に広がる景色を楽しむ。

眼下には道路を挟んでさっきの川があり、その向こう岸には川に沿うように

青々とした木々が生い茂り、その先には畑や民家が点在していて、奥に大きな山が聳えているのが見える。

…もしかして、あれが武智山かな…?

その山を見るなり、王宮から指示された内容を思い浮かべる。

山の精霊か…本等にいるんだろうか…。

取り合えず、この旅館の人か周辺住民の人たちに色々聞かないとな〜…。

その事を考えているうちに、少し面倒くさい気持ちになってくると

足をテーブルの下に滑り込ませ、仰向きに力なく寝そべる。

静寂が部屋を包み、微かに川のせせらぎだけが耳に届く。



◆◇◇◆


 

 「失礼します」


俺は突然部屋に響き渡る声に体をびくつかせ、頭を急に持ち上げると

テーブルの角に思い切り額をぶつけた。


 「痛…」


俺は右手で額を押さえると、苦悶の表情を浮かべ目じりにいくつか皺を作る。


 「大丈夫ですか?」


その様子をみて女中さんは心配そうに声を掛けてくる。


いたたた、俺いつのまにか寝てたのか…。

しかし、みっともない姿を見られたもんだ。


 「ええ、大丈夫です…」


自分への嫌悪感を抱きながら、その情けない姿を見られた恥ずかしさに

控えめに言葉を発する。

俺は痛みが少し治まるのを感じ取ると、ゆっくり体を起こす。


 「よかった…」


その女中さんは安堵の声を漏らすと、運んできた昼食をテーブルに

並べ始める。

俺はその様子をぼーっとみていたが、その女中さんの顔を見るや否や

驚きとともに思わず声が漏れる。

その声を聞いて、一瞬食べ物を並べる手を止めると、その女中さんはこちらに目をやる。


 「どうされましたか?」


 「い、いえ…」


俺が驚いたのも当然だ。

今日電車で見かけた別れた彼女似のあの女の子が、青い着物を体に纏い

目の前にいるのだから。


どういうことだ?なぜ彼女がここにいるんだ…。


困惑を隠しきれない俺は、料理を静かに並べる彼女の姿を

呆然として眺める。

彼女は料理を並べながら、少し間が空くと俺に声を掛けてくる。


 「今日は暑いですね」


 「どちらから来られたんですか」


 「ここから眺めれる景色は・・・」


ちょっとした会話で間を埋める彼女の顔に俺は強い視線を送る。

どうしても今日の偶然を彼女に伝えたくて、その事を切り出す

タイミングを計っていた。

彼女が一寸沈黙したのを窺うと、俺は一言発した。


 「今日JX東都宮線の電車に乗ってたましたよね」


 「え…」


 「実は僕も同じ電車に乗り合わせてて・・」


 「あら」


 「ええ、すごい偶然!」


彼女は俺のその言葉を聞き、最後の料理を並べ終えると

声のトーンを一段階高くして、目を丸くしながら言った。


 「僕もびっくりしたよ」


その話を皮切りに、女中さんと客が普段話す上辺だけの会話ではなく

友達と話すように彼女に語りかける。

その俺の柔軟な姿勢に合わせて、彼女から素の言葉が飛び出てくる。


 「へ〜、一人旅?すごいね」


 「そうかな」


 「君はなんでここにいるの?」


 「だって、ここ私の家だし」


 「ええ、今日神楽駅から乗ってきたよね?」


彼女はその俺の淡々とした問いにかなり驚いた表情を浮かべる。


…あ‥今の質問はまずかったかな…俺は彼女を見てたけど、彼女は俺の姿を全く覚えていないようだし。

良く考えると、ここまで偶然が重なると、俺ストーカーに間違われても可笑しくないよな。

確かに偶然なわけだけど。


そう我に返り、会話を振り返ってみると少し自分が不審な人物に見られていないか心配になってきた。

しかし、彼女は幸運にもそれも偶然という言葉で頭で処理してくれたのか、俺に軽く微笑みかけると、さっきまで彼女がしてきた事を明るい口調で語り始める。 

ほっ…。

要約すると、彼女の家は民宿をやっていて、今日はここから5つ向こうの駅にある

彼女の高校でテニスの朝練を早朝に終え、そこから1時間以上かけて俺が乗ってきた駅の近くにあるおばさんの家に届け物をした後、、また電車にすぐに飛び乗り(この時俺と一緒にいた)、武智山駅までの途中にある駅で、彼女の母に頼まれていた民宿の夕食のメニューに欠かせないカボチャを買って…、さっき帰ってきて女中の姿で俺の前に現れたと。

彼女のそんな話を俺は唖然として聞いていた。


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