コール君終了
タクシーは空いている道路を、颯爽と走り抜けていく。
空は入道雲が積みあがるようにして上に伸び、ソフトクリームのように見える。
しかし、最愛のお母さんが手術成功したとは言え…、一緒にいてあげる事を辞めて、何で俺についてきたんだろ…?
「ふ〜、何とか間に合いそうだ」
「ね〜…」
突然、薫ちゃんが俺の顔を見つめると、神妙な顔で声を掛けてきた。
「王宮に行く理由ってなんなの?」
「お金払って即席彼女まで作って……」
「よっぽどの理由があるんでしょ?」
「私、分かるの、何か普通じゃないって」
「だから…、母の事気になったけど、ほっとけなくて」
「ええっと、それは……」
困ったな…素直に答えていいものだろうか…。
ここは少しはぐらかすか…。
「王宮にいる、知り合いに自慢しにいくんだよ」
「へ…?」
彼女は俯くと、少し押し黙っていたがまた、顔を上げ言葉を発した。
「なにそれ〜、そんな理由で……」
「呆れた…」
「怒った?」
「……」
「私…、馬鹿みたい…」
あぁ、今ので俺の株随分落としたな……。
場の空気が寒々としている。
薫ちゃんは、俺から少し離れるように右側の席に寄りかかり
窓の外を見ている。
なんか重たいなぁ、空気が…。
しかし、命が掛かってるとか言ったら、もっと重たくなるしなぁ…。
「あぁ、ちょっと混みはじめたね」
「渋滞30kmか…」
「困ったな〜、事故が合ったらしくて、道路規制してるよ…」
「ええ、そんな…」
俺は嫌な胸騒ぎがしはじめ、落ち着き無く足をとんとん弾ませ始める。
時計を見ると既に4時を回っている。
「おっちゃん、5時に間に合いそうか?」
「どうだろうな、微妙だな…」
「うう…」
車は一瞬前に進んだかと思うと、すぐ停止する。
それを断続的に繰り返していた。
俺はその様子をみて頭を抱えると、絶望の淵に身を投じていた。
…このままじゃ俺は…。
「……」
そんな様子をみて、さっきまで、少し不機嫌な顔をしてた薫ちゃんが
俺に近付き話しかけてくる。
「ね、なんでそんなに悲しそうな顔してるの?」
「たかが、自慢しに行くだけの事なのに」
「少しくらい遅れてもいいじゃない…」
絶望にくれ、塞ぎこんでいる俺に、知らないとは言え、無常な言葉を投げかけてくる
薫ちゃんに思わず、抑えてたものが雪崩のように口から流れ出した。
「あーあー、気楽に言ってくれるよ!」
「ずーっと、君に気遣って、言わなかったけど」
「俺は日没までに、彼女つれていかないと、夜を待たずして」
「処刑される運命なんだよ!!」
俺はその言葉を放つと、はっとして我に返った。
…思わず、言ってしまった…。
薫ちゃんはその衝撃の言葉に、顔を強張らせ固まっている。
しばらく沈黙の時間が続いたが、やがて口を開いた。
「なんで…」
「なんで、その事言ってくれなかったの!」
「だって、言ったら、君は慌てるだろうし……」
「責任も感じてしまうだろ…?」
「そういうの抜きで、行くつもりだったんだ」
「元々時間も余裕見てたし、こんな事になるはずじゃなかったしね…」
「今何時よ!」
俺はその怒鳴り声に体をびくつかせると、時計を見た。
「4時半だね…」
薫ちゃんは窓を開け、窓の外に顔をだし、前の方に視線を送る。
長い車の列がどこまでも続いていた。
「このままでは、間に合わないわ」
「……」
「コール君外出よ!」
「え?」
薫ちゃんはタクシーのドアを開けると、俺の左手をひっぱりながら
外に走り出る。
「おい、お客さん」
「ま、お金もらってるし、いいか…」
◆◇◇◆
「おい、どこまで行くんだよ…」
「ちょっとまって!」
「なんだよ、一体」
「あれは…!」
薫ちゃんが、雑貨店をみつけると、中に走りこんでいく。
外で待っていると、何か長い物を持って帰ってきた。
「ほうき?」
薫ちゃんは、ホウキを袋から出すと、それを横にし魔女みたいに跨った。
「おいおい、何の冗談だよ…」
「魔女のまねかよ…」
その姿を俺は呆然として見つめる。
薫ちゃん、テンパリすぎて頭逝っちゃったかな…。
「…私がその魔女だとしたら!?」
「ええ…?」
彼女はそう言うと、ふーっと長く息をついたかと思うと
瞑想しているかのように目を閉じ、静かに押し黙っている。
そのうち、彼女の周りに風のようなものが吹き荒れ始める。
「なんだ?」
俺はその風に目をきっちり開けられない。
「よし!」
「乗って!」
「乗ってって…、言われても」
「いいから!私の後ろに跨って!」
薫ちゃんの異様な迫力に負け、俺は恐る恐る言われたとおり、そのホウキに跨ってみる。
「じゃ、振り落とされないように、私の腰にしがみついてね」
「え、あぁ…」
彼女がそう言うと、更に風が辺りを激しく揺らしたかと思うと
すーっとホウキが浮き始める。
「わ、わ!浮いてる」
俺はお尻にふわっと浮くような異質な感覚が走ると
思わず声が漏れた。
「行くよ!!!」
そう言い放つと、ホウキは一気に上空に垂直に上がったかと思うと
その高さから前方に急発進し、空を流星のような速さで
突き進んでいく。
「うわ、わあ…」
「ちょっと、こわ…」
「はや、ひ〜〜〜〜」
俺はまるでジェットコースターのに乗ってるかのような
衝撃に突如襲われ、まともな言葉が出てこない。
下を見ると、街の姿が一回り小さく見える。
ちょ、こわ、俺高所恐怖症なのに〜……。
薫ちゃんは空から周りの景色を見渡す。
「あれね、ドングリの頭のような金色に光る塔があるところ」
俺はもう薫ちゃんにぎゅっとしがみ付いて、目を閉じると前も見えていないし
何も聞いてもいなかった。
「それ〜〜!」
体全体を寒気のような、高所からおちるような、なんともいえない感覚が襲う。
「うわ〜〜〜」
ただただ、目を瞑ってしがみ付くしか出来ない俺。
しばらくすると、その感覚が消えたかと思うと、足に地面の感触が戻ってきた。
「着いたわよ」
その言葉を聞いて、足を震わせながら恐る恐る目を開けると、どこかの建物の石段の前にいた。
「ここ、どこ…?」
消え入るような声で、ブルブル震えながら俺は薫ちゃんに言葉を発した。
「宮殿だよ」
「え…?」
その言葉を聞くと、目を大きく見開き、辺りを見渡すと宮殿のような建物が
確かに目の前に建っているのが分かる。
足に力を入れ、大地に何とか立つと、少しよろけながら2,3歩歩いてみる。
だんだん、意識がはっきりしてくると、俺に感情が戻ってくる。
「ええ、着いたんだ」
時計を見ると、針は5時10分を指していた。
「ギリギリセーフだ…、まだ日も暮れていないし」
「薫ちゃん、ありがと」
「てか、すごい!」
「何で魔法使えるの?」
「私の高校は魔法も授業に入っててね」
「ホウキで飛ぶのは、一番得意なのよ!」
彼女が微笑みを浮かべ得意そうにそう言った。
「さぁ、行きましょう!」
「ちょっと待って!!演技指導しなきゃ!」
「演技指導?」
「うん、恋人の振りの練習しなきゃ」
彼女はきょとんとした目で一瞬黙っていたが、突然顔を近づけてきた。
「必要ないわよ…」
「だって、私……」
彼女はそう言うと、不意をつき、俺の唇にキスをした。
柔らかい唇の感触が伝わってくる。
キスをしおえ、静かに唇を離すと、お互い顔を見つめあう。
もう、俺も分かっていた。
彼女の事を初めてみた時から…
好きになり始めていて、今はもう…
恋の魔法にかかってしまっていることに……。
「中はいろっか?」
「うん!」
俺は左腕に隙間を作り、薫ちゃんの前に突き出すと
彼女は嬉しそうに手を巻きつけ、二人で中へ入っていった。
END