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俺は王様  作者: 網野雅也
29/31

小田原 昌彦の場合、その四

 

 街に着いた途端、早速猫探しが始った。

 といっても、依頼主である飼い主は飼い猫ルンの体内に、マイクロチップを埋め込んでいるらしく、飼い主から預かった場所測定器を用いれば猫の居場所を容易に見つけれる。

 ただし、大尉の話によると、そのルンは齢50を越えてから、猫化けを繰り返し、今では人間並みかそれ以上の知能を備え、妖術まで使える猫又へと変化しているとか。

 とにかく、猫だろうが、猫化けだろうが、猫又だろうが、逃げた飼い主のペットを無事飼い主の元へ送り届ける事が、今回の任務だ。


 俺達は街の路地でより固まって捕獲作戦を練っていた。

「いるわね……街の広場の辺りに反応があるわ」

 ミーシャが手の平大のレーダーを凝視しながら言った。

「大尉、どうします?」

「そうだなぁ……星は動いているか?」

「止まっていますね」

「ふーむ、相手の力量も分からないし、取りあえず、接近して様子見をするか」

 大尉がそう言うと、さっきまで気合をいれていた早乙女が、興奮冷め切らない様子で、

「なに言ってんですか! たかが猫じゃないですか、この網をもって俺が突撃かけて一気に捕獲しますよ!」

 香織は黙っている。大尉はう〜んと唸りながら顎鬚を摩っていた。

 この雰囲気でぺーぺーの俺が物申すのも中々できる事じゃない……

 長い沈黙が流れようとした時――大尉がおもむろに口を開いた。

「よし! 俺達は離れた場所で待機して見てるから、早乙女思う存分やってみろ!」

「は、はい! お任せください!」

 早乙女の瞳の中に嬉々とした色が浮ぶ。


「噴水の前で寝ていますね!」

 ミーシャが言った。場所と猫を完全に特定したらしい。

 俺達は少し離れた場所の木陰からその姿を捕捉した。

 黒猫か……不吉な……、黒猫っていやぁ不吉なものの代表格だよな……

 俺は何故かその姿を見つめていると、とても嫌な予感がした。

 体毛がそそり立つような悪寒にも似た寒気が背筋を走る。

 

「行きます!」

 早乙女が先に大きな網がついた長い竹の柄を握り締め、勇猛果敢に猫へ向かって駆けて行く。何故か俺はその後姿に手を合わせていた……

「よし! 猫又の実力拝見といこうか!」

 大尉が欠伸をしながら、皆に言った。

 それにこくんと頷く香織と、ミーシャ。

 どうやら、誰も早乙女が捕まえられるとは思ってもいないようだ。

 哀れな早乙女……無事帰ってこれればいいのだが。


「おりゃーー!」

 早乙女が黒猫に向けて、網の口を振り落とした。

 猫は早乙女の声に反応すると、機敏な動きで頭上から覆いかぶさってくる網を寸前で横へ飛んで避ける。俺はその様子を冷めた目で眺めていた。

 静かに近付けよな……

「ち!」

 早乙女が舌打ちをして、連続で網を猫へと放つ。

 闇雲に振り回すも、猫は巧みに後ろへステップしてかわし続ける。

 それでも、早乙女が勢いをつけて、上から網をかぶせようとした時――

 黒猫はそれを避けた後、大きなジャンプをして、噴水の真ん中にある銅像の頭の上に飛び乗った。

 とんでもない跳躍力だった。

 髭を生やしたよく分からない銅像の上で、黒猫は毛繕いをしている。

「あちゃ〜、完全に早乙女遊ばれてますね……」

 ミーシャが大尉を見上げて言った。

 大尉はその一連の様子を観察した後、身動き一つせず黙っていた。

 黒いサングラスの奥でどんな眼をして、何を考えているのか。

 俺にはさっぱり見当がつかない。

 それも当然かもしれない。

 俺にとっちゃ、猫の実力もさることながら、ここのメンバー全員も付き合い浅い未知な人々である。

 まぁ、ピンクに関しては、多少は分かっちゃいるつもりだが、それでもここではどういうポジションなのかさっぱりだ。

 だが――それを知る機会がすぐに訪れる。

 大尉が不意に口を開いた。

「ピンク! 手伝ってやれ! デブコンもいけ!」

 え、俺もですかい! ミーシャから網を渡される。

 だけど、香織は網をもっていない。

「いくよ! 昌ちゃん!」

「お、おう!」

 俺達は木陰から飛び出した。

 先に香織が噴水へ向かって走り出した。

 とんでもない速さだ、追いつけないよ!

 だが、前を走っていた香織の姿が次の瞬間、大気に溶け込むように消えた。

「あ、あれ? 香織どこいった!?」

 俺が突然の出来事にあたふたして周りを見るが、香織の姿はどこにもない。

 後ろを振り返って、大尉の方を見てみると、どこか上の方を指差している。

 その方向に視線を向けると、香織はいた……

 噴水の少し上の宙に留まっている……てか、浮いてるじゃん!

 空中浮遊!? あいつ、超能力でも使えるのか!?

 俺は香織の空中浮遊に眼を奪われ、その場でしばし立ち尽くしていた。

「デブコン、お前も手伝え!」

 だが、俺を呼ぶ声にはっとして我に返ると、早乙女の近くに駆け寄る。

 早乙女は噴水の下の貯水地に足を踏み入れ、彫像の上に向けて網を空しく振っていた。

 だが、いかんせん、長さが足りない。

 俺は貯水地に足を踏み入れず、外からその様子を眺めていた。

 無駄な気がしてならないからだ。早乙女一人で十分だ。

 だが、上空の香織がそんな俺を厳しい目で睨んできた。

 な、なんで睨むんだよ! どうせ網なんか届かないし……

 と、思っていたが、不意に自分の役目に気づかされる。

 そ、そうか、俺達は猫の注意を下に引き付ける、言わば捨て駒か。

 それを悟った俺は、早乙女の横で届かない網を、猫に向けて一緒に降り始める。

 頼んだぞ……ピンク!

 猫は俺達に気を取られて、上にいる香織には気づいていない様子。

 香織はゆっくり、手を伸ばしながら下降して猫に近付いてゆく。

 ほぼ宙で逆立ちしている格好だ。

 だが、虫の知らせか、はたまた、猫又の本能かは知らないが、不意に猫の気が俺達からそれて、突然、上を見上げたんだ。

 それに気づいた香織は、落下速度を上げて、猫に両手で抱きつこうとした。

「ああ、糞!」

 猫はそれをまた、すんでのところで交わし、噴水から少し離れた地面に飛び降りた。そして、猛ダッシュした! 加速のついた猫の走りはとても俊敏で早い。

 全速力で街の広場を疾走して、その黒い姿をあっという間に路地に滑り込ませていった。

 





 

「ふむ……まぁ、最初はこんなもんだろ」

「そうですね、しかし、まだ本性を現してません」

「現すに及ばないって事か……」

 俺達は昼飯時になると、街のレストランでしばし飯休憩を取る事になった。

 大尉とミーシャがさっきの捕獲の際の事を、分析するかのように話している。

 不意にその二人の会話に早乙女が割り入る。

「ブルースーツの力使ったほうが良かったですかね? 大尉」

「いや、あの地点では使用しないほう良いだろう、後の事を考えるとな……」

「ですよね〜……」

 早乙女はそれを聞いてほっとした顔で、大尉からテーブルに視線を戻すと、スパゲティをフォークに絡めて口に運ぶ。

「なぁ、ピンク! お前いつから超能力使えるようになったんだよ……」

 俺はハンバーグを切る手を止めて、香織に聞いた。

 ピンクでも香織でもどっちでも良いんだけど、ここでは敢て皮肉を込めてピンクと呼んだ。

 香織はラーメンを食べていたが、その熱い汁を箸で俺の顔に飛ばしてくる。

「あ、あち! な、なにしやがるんでい!」

 俺は咄嗟に切れて、江戸っ子口調に変わってしまった。

「ピンク言うな! 昌ちゃんは香織と呼ぶように……!」

 少し怒ったような顔で俺を睨んでくる……

 どうやら、香織もピンクのコードネームが気に入っていないらしい。

 そのためか、俺に対してもデブコンとは言わなくなっている。

 この時、暗黙の内に呼び名の協定が、俺達の間で結ばれた。 

 香織は少し間を空けた後、ラーメンを一つ啜って嚥下して俺に顔を向けた。

「あれはね、私の着ているピンクのジャージあるでしょ?」

「うん」

「これね、ミーシャさんが作ったものなんだけど、これを着ていると、移動に長けた超能力を使う事ができるの。つまり、テレポーテーション、空中浮遊、疾走、この3つの力を自由自在に使えるわけ」

「ええ、そんなもの作れるのか……? ミーシャさん、なんかすげぇな……」

「うん、噂に寄ると、どこかの超能力アイテム研究所の研究員として働いてたらしいわ」

「ふ〜〜ん……」

 狐につままれような話でピンと来ないけど、超能力とかあるんだな……

 しかも、着た者にその力を付与するジャージか……世の中には色々あるもんだ。

 それにしても、それを作れるミーシャさんはやっぱり只者じゃないよな。

「うう、きた……頭痛が……」

 そんな和やかな会話をしていると、香織が不意に額を手で押さえ始めた。

 苦痛を帯びた表情を浮かべている。

「どうしたよ?」

「ジャージの後遺症……というか、超能力を使った反動……」

 香織が頭を抑えて顔を苦痛で歪めていると、大尉が席を立って香織の傍らまでやってきた。

「ピンク、後遺症か、この薬飲め、直ぐに治まるぞ」

「あ、有難うございます……大尉、すみません」

「ごめんね〜ピンク、私のアイテムが不完全なせいで……」

 香織は大尉から手渡された錠剤を飲み干す。しばらくすると、その表情が早くも柔らでいた。水をもう一度飲んで、香織はふーっと深い息を吐くと、

「大丈夫ですよ、ミーシャさん。私若いし、もう大丈夫です! ほらこの通り!」

 香織は快活な笑みを浮かべて立ち上がった。

 右手を回しながら健全さをアピールしている。

 効き目はえぇ……俺は何かのアニメを思い出してしまった。

 香織は又椅子に座ると、ミーシャに穏やかな顔を向けて口を開く。

「それに、このジャージには何度も命助けてもらっています。今じゃ仕事には不可欠なものです。本当に、ミーシャさんには感謝しています」

「ふー……そう言ってもらえると少しは気が安らぐけど……でももう少し負担のないものを開発できるよう私も頑張りますね……」

「有難うございます!」

 いやぁ、なんか心温まる会話を聞かされたような、怖い現実を知らされたような、何とも複雑な思いが俺の中で交錯していた。

 命を助けられたか……何度もか……アハーハハ! 笑えねぇよ……!

 香織の奴なんちゅう危ないバイト続けてるんだよ……


 

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