小田原 昌彦の場合、その三
俺は香織に連れられ、バイト先へ向かっていた。
「まだかよ?」
「もうすぐよ、ほらあれよ!」
香織が指差す方へ視線を向けると、ピンクの円錐形の建物があるのが分かった。
その円錐の中央付近にでかい看板が、無造作に歪に貼り付けられている。
「何でも屋、死出乃旅団」
な、なんだ〜? こ、このあからさまに危険そうな看板名は……?
もしやとは思うけど、勘違いかもしれないので香織に確認を取る。
「まさか、ここがバイト先?」
「そうよ!」
あっからかんと香織が答える。
じょ、冗談は……
「ほらー行くよ〜昌ちゃん!」
「え、ちょ、ま……」
俺は香織に半ば強引に腕を引張られ、建物の中へと入っていく。
「おはようございます〜!」
「おはよう! ピンク!」
中に入ってすぐに、髭の濃いいスキンヘッドに黒いサングラス、迷彩色のアーミースーツ上下着こんだ男が香織に言った。
このいかついオッサンは……一体……
それに、ピ、ピンクってなんすか?
「ピンク! そいつが新人か?」
「はい! 大尉!」
「そうか、ふむ……」
この無骨で軍にでも所属してそうな親父は、大尉と呼ばれているらしい。
大尉はサングラス特有の圧迫感ある視線を、俺の脚の先から頭の先まで這わせて、観察するように眺めていた。
「タフそうだな……これならケムシの代わりにはなりそうだ」
け、毛虫? 誰だよ……
俺が少し困惑した眼を香織に向けた。
それに気づいた香織は、俺の言わんとすることが分かったらしく、
「あ、ケムシさんはちょっと今病院で治療中なの、仕事中に怪我しちゃってね」
「え……? 怪我!? なぜ、どうして!?」
俺は怪我の原因がとてつもなく気になって、捲くし立てるように香織に問いかける。
そんな危険な仕事なのか……?
「確か〜……悪魔サキュバスと戦った時だっけ? 隊長!」
あ、悪魔ってなんだよ!?
「あぁ……そうだったな……あれは死闘だったな……ケムシは頑張ったんだが、引き際を誤ってサキュバスの大鎌を足に受けたんだ。あれさえなければ今もピンピンしてるんだがな」
大尉の口から物騒な言葉が滔滔と流れ出る。
死闘ってなんだよ! 戦でもしてたのか……? 大鎌って……?
俺が言い知れぬ不安に眼を震わせていると、大尉が俺の顔を見つめ、口端に妖しい笑みを浮べた。
「まぁ、ケムシはしばらく出てこれないが、ピンクがチームの要員を迅速に補充してくれた事は感謝する」
「いえいえ〜、彼暇こいてたので〜」
暇って……てか、こんな恐ろしげなとこで、バイトなんかするくらいなら網走に向かうぜ!
と、恐怖に打ち負けて、衝動的に入り口から逃げようとすると、
「どこ行くんだ、待ちたまえ!」
大尉がそれに気づいたらしく、強い口調で俺を引き止めた。
「どこへ行こうと言うんだね?」
「怖いから帰ります……」
「君とはもう契約を済ましてある、それは契約違反だ!」
大尉は眉間に皺を寄せて怒鳴る。
「え? まだ何にもサインしてないすけど?」
しかし、俺も身に覚えが無いので引けない。俺は紙面に何も書いた覚えは無いのだ。
「ピンクにバイトをする承諾をしたんだろ?」
「ええ、まぁ……」
「ピンクはうちのチームの一員だ、その一員に承諾する事を述べた地点で契約完了だ!」
「ええ……そんなバカな!? 法律違反じゃないすか?」
いや、この国の法律詳しく知らないけど、そんな滅茶苦茶な法律……
「ポンポルーク王国に労働契約を縛る法はない! あるのは個々で社内規定を自由に決める事ができるといったものだけだ、そして、うちの承諾の規定については、チームの一員と口約束でも契約にうんっと言った時点で承諾したものとなるんだよ。これを一方的に雇用された者が破れば罰金100万円だ」
が、あるそうで……
「そんな……」
俺は愕然としてその場に崩れ落ち、へなへなと尻を床についた。
「さてと、この話は終わりだ……お前のコードネームを決めないとな?」
「はぁ……」
放心状態の俺はそれに呼応して、空虚な息を吐いた。
「えーっと、デブコンでいいな」
「へ?」
「だって、お前デブだし……」
大尉は悪ぶれも無く失礼な事をしゃあしゃあと俺に言った。
だが、その口ぶりはいたって平静で、本気でデブコンにするつもりらしい。
そのまんまじゃねーか……だが、この大尉の表情は至って真剣だ。
駄目だ……大尉は意見を覆すような男では無い。顔見たら分かるんだ。
そういう部類の人種だ……
こうなったら……プライドかなぐり捨てて、お調子者でいくか……
その方が角を無意味に立てなくて済みそうだし……
俺は表情を柔らかくして、180度テンションを変えて言った。
「大尉! デブコン気に入りました!」
「ははは、そうか〜気に入ったか〜! だってデブコンしか浮ばないしよぉ、気に入らないとか言ったら、しめちゃうところだったよ!」
「あはは……」
危なかった……間一髪。
「デブコンよろしく!」
「ははは……よろしく……」
俺が力なく差し出した左手を、大尉はがっしり握り締めた。
「アハハ! デブコンよろしく〜!」
香織がニヤニヤ笑いながら握手を求めてくる。……貴様って奴ぁ。
俺は憤怒の表情で、香織とも熱い握手を交わした。
完全に香織に嵌められたぜ……
#
「うちのチームは君とあわせて5人だ、直に他の二人もやってくるだろう。取りあえずここの所長に合わせておこうか、デブコンを!」
「そうですね、うちの受け持つ仕事内容も把握していませんから、説明詳しくしてやってください」
「よし、じゃデブコン、ついて来い!」
「はい……」
俺は大尉の後をゆっくり付いていく。
大尉の後からついていく間、室内の様子に目を配る。
来た当初はパニくってて、室内を眺める余裕はなかったが……
変わった内部だな。といっても、シンプルな造りだ。
真ん中に白い長い柱みたいなものが、天井まで伸びている。
その周りを囲むように5つの丸い円形の金属の足場? みたいなものがあって、その金属の表面には精密機械の電灯みたいなものが組み込まれている。
何だろうあれは……?
端にある階段を上りきると、ガラス張りの開閉式の扉が見える。
事務所かな?
明るい光が曇りガラスを通して漏れていた。
ガラ〜!
「ミスリル所長、新人連れてきました」
「あら、大きな子ね」
「えっと、今日からバイトのデブコンです」
所長……はっきり言ってイメージしてたのと全然違う……
大尉を見る限り、もっとゴツイ体をした体毛厚い男か、もしくは白い髭を蓄えた博士タイプの白髪の老人を予想していたんだが……
きめ細かい金髪を短く刈り込んだ、しいて言えば、香織の髪型に似ているな。
大人の女性の色香が眼元に漂う美女……唇に微笑みを浮かべて俺を見つめてくる。
「所長、デブコンはここのこと何も知らないんで、いろいろ説明お願いしやす」
「そうなんだ〜じゃ、デブコン、ちょっとこっちきて」
「は、はい!」
なんか俺は緊張してしまっていた。
大人の色気というか、洗練された女性の雰囲気弱いんだよな。
香織とはまるで違う異質な妖艶さを身に纏っている。
俺は所長のデスクの前の椅子に、腰掛けるよう促され座る。
差し向かいに所長はゆっくり座った。
香織と大尉は会釈をすると、部屋を出て行った。
「えーっと、何から話そうかな〜? 何が聞きたい?」
所長はテーブルの上で両手を組んで、切れ長の瞳を俺に向けた。
薄い紫のシャドーが目の端を薄っすら染めているのが分かる。
俺は躊躇しながらも、聞いておくべき事が山ほどあるので、基本的な質問から入る。
「ここでの仕事は何ですか?」
「――ん〜、看板にもあったと思うけど、何でも屋よ」
「何でも屋って事は、例えば?」
「そうね〜、顧客がもってくる様々な依頼案件を請負、遂行する……ただそれだけの事よ」
「そうすると、危険な仕事とか……」
俺が最後まで質問を言い切ろうとした矢先、
所長の頭上の大きなモニターが点滅した。
「あ、仕事よ! 聞くより、体で覚える方が早いわ!」
所長はそう言うと、社内放送のマイクに顔を近づけ、
「チーム全員集まってちょうだい、仕事の説明するわ!」
きびきびした大きな声が、館内を所狭しと駆け巡る。
すると、入り口が大きな音と共に開いて、大尉を先頭にぞろぞろやってきた。
ひーふーみ〜、香織、俺、5人揃っている……
初対面の二人が混じっていた。
一人は眉毛の太い凛とした雰囲気の青年。青い独特の体に密着したスーツを着込んでいる。 体も引き締まっていて強そうだ。
もう一人は……桃色のぼさぼさっとした長い髪を三つ編みで纏めた女の子。牛乳瓶の底みたいな度のきつそうなメガネをかけて、擦り切れたジーパンにジージャン、首から銀色の首飾りを下げていた。
「まず、自己紹介すませといて!」
所長がチームを見渡して言った。
すると、大尉が簡単な自己紹介を始めた。
「今日入ったデブコンだ」
「やぁ、デブコン、歓迎するよ、俺は早乙女正人だ」
青いスーツの青年がフレンドリーな笑みを浮かべて言った。
「よろしく……」
「私はミーシャ……よろしくね、デブコン」
「よろしく……」
こうして、迅速に自己紹介が終わると、所長が仕事の話を始めた。
「えーっと、今日は……行方不明の猫を探しにいくわよ!」
「「はい!」」
はい、に紛れ込めなかった俺。
なんか重々しい雰囲気だったんで、どんな仕事言われるかと思えば……
拍子抜けしてしまって思わず言葉が出なかった。
いや、倦怠感のようなものが、俺を包んで出す気になれなかったというか。
「じゃ各々一階のテレポーターに乗って、場所はサイヤンガル地方の田舎町ジンよ」
「「らじゃ!」」
入り口から続々と出て行く四人。
俺はぼーっとその後姿を見送っていると、
「あなたも行くのよ、デブコン」
所長に促され、やっと俺の体が動き出す。
入り口を出て階段を降りると、四人があの円盤の上に既に乗っていて、俺を待っている様子だ。
「こら! 遅いぞデブコン! さっさとあそこに乗れ!」
「は、はい!」
俺は大尉に怒鳴られ慌てて、一つだけ空いている円盤へと飛び乗る。
しばらくして――
足元の円盤から低い機械音が聞こえてくる。
微妙に振動が足裏に伝わっていた
次の瞬間――青い眩いまでの光が俺の体を包んだかと思うと、俺の体は異空間を空を飛ぶかのように漂っていた。
び、びっくりした……ここは……俺飛んでる……!?
俺は唐突な展開に、放心状態で異空間を漂っていた。
徐に左右を見渡してみる。周りにはチームのメンバーが浮遊していた。
青い光の筋が先の闇から、こちらに向かって流星の如く流れてくる。
そのうち、前の闇に白い点が唐突に現れ、その点が次第に大きな円へと変わっていく。
その広がる勢いは激しく、最後に、視界の全てを白光が覆ったかと思うと――
俺は、いや、俺達は、どこかの索漠ととした荒野に立っていた。
まだ心臓が早鐘を打っている状態だ。
浮遊感があらゆる部位にまだ残っていた。
強烈な刺激を連続で受けたため、肩で息をし足は震えていた。
だが、俺とは対照的に、周りの連中は全く動揺もなく、落ち着いた様子で両の脚をのっしりつけて立っている。たぶん、慣れているんだろうな……
「よし着いたな、えーっと、あの村だ!」
大尉が遠めに見える村らしき建物の集まりを指差す。
「距離、529メートルですね」
と、ミーシャが望遠鏡のようなものを眺めて言った。
「腕がなりますね!」
早乙女が手をバキバキ言わせながら気合を入れている。
俺はその傍らで冷め切った眼で佇んでいた。
たかが、猫探しで……って思いが拭いきれない。
「昌ちゃん、気合入れないと死ぬよ……?」
俺の緩慢とした動きを見て、香織もとい、ピンクが戒めの言葉をかけてきた。
「ただの猫探しだろ……?」
俺がそう返すと、香織は今まで見せた事のない、きりっとした顔で俺を見つめて、
「ただの猫ならいいけどね……」
と、謎の言葉を残すと、先を歩く三人に追いついていく。
な、なんだよ……ただの猫ならって猫は猫だろ? と思いながらも、なんだか背筋が寒い思いがして、急に人のぬくもりが恋しくなり、四人の中へ俺は紛れに行った。
後から推敲多くなっています……