グルフ・トライスキーの場合 終了。
「な〜に、奥の台座にエンジェルキラー見えるだろ? あそこに行くまでに大きな見えないエネルギーの壁が張られてるわけよ、それに触れれば一瞬で体は蒸発するだろう」
「うぉ、あぶね〜、危うく死ぬとこだったな。俺……」
グルフはさっきの迂闊な前進を止めて命拾いをしていた。少し身震いさえしていた。
ジスパーは更に言葉を続けた。
「バリアの手前に等間隔に3つ台があるだろ、あそこにそれぞれブルーストーン、グリーンストーン、レッドストーンを三人で分かれてほぼ同時に嵌め込めば、バリアは消えるって寸法よ」
「なるほど、簡単なように聞こえるが、ちょっと聞いていいか?」
グルフは呆れたような顔をして、ため息をついた。
「その3つのストーンはどこにあるんだ?」
「あぁ、妹と母親と父親が持ってるはずだ、あ! 妹から奪うの忘れてたな」
「ジスパーはうっかりさんだね!」
テンロンに駄目だしをされて、ジスパーは苦笑を浮かべる。
そんな微妙に落ち着いた雰囲気の中、背後に気配を感じてグルフが叫んだ。
「誰だ?」
人影が三つ入り口の向こうから近付いてくる。
エンジェルキラーの放つ光に照らされ、その姿をグルフ達の前に晒した。
「これはこれは、父上、母上、ミアン、三人お揃いで……」
ジスパーが少し声色を高くして、皮肉っぽい口調で言った。
「相変わらずだな、お前は」
黒い顎鬚に精悍な顔立ち、額に金色の輪っかをはめた男が言った。
腰には長剣を差し、黒い外套、威風堂々たる風貌をしていた。
その隣には落ち着いた白いドレスを纏った高貴な婦人が寄り添っていた。更に隣に先ほどジスパーに敗北を帰したミアンが俯いて立っていた。
「何しにきたんだ?」
「ジスパー、お父さんにそんな口の聞き方はいけませんよ」
「うるさいな、俺は勘当されたんだ、もう父親でもなんでもない」
ジスパーは平然と言ってのけた。グルフはその家族喧嘩を聞くのが疎ましくなってきたので、テンロンをひっぱり少し離れた場所に移動した。
「母さんは反対したのよ、でも父さんがどうしても許せないらしくって、でも私はいつでもあなたのこと心配してたのよ……」
「ふん、そんな事どうでもいいさ、それより話を戻すが、何しにきたんだよ? 」
ジスパーは三人に視線を往復させながら睨みつける。
すると、母親が首から提げていた青い丸みを帯びた石をジスパーに手渡した。
続いて、ミアンも赤い石を手に持ちジスパーに投げつける。
ジスパーは片手でそれを掴んだ。
両の手にもつ輝く玉を確認した後、ジスパーが三人を見やった。
「何で渡すんだ? 分かってんだろ? エンジェルキラーがなくなれば、天空の城がおっこちるって」
「分かってるわ、でもどっちみち、兄さん力づくで奪いにくるでしょ」
「母さんもあなたと戦えるわけないし、それなら渡しておいた方が良いと思ってね」
ジスパーは最初きょとんとした顔でそれを聞いていたが、しばらくして低く笑いだした。
「ふふふ、物分りいいな、そのほうが利口だ、で、父さんは渡さないのかい?」
それを聞いた父親が鼻で笑うと、閉じた目を見開いてジスパーに言った。
「ジスパーよ、ワシはお前に石を渡しにきたんじゃない、盗賊を成敗しにきただけだ」
「ふん、さすが父さんだ、なら、本気でやらせてもらうぜ!」
その言葉を皮切りに、父親とジスパーはお互い素早く距離を取る。父親は長剣を抜いて、高々と掲げて大きな声で、
「ジスパーよ、見事父を討ち取ってみよ」
グルフは壁にもたれながら、馬鹿親子の骨肉の争いを冷めた目つきで見ていた。
#
「ふむ、中々やるな、あのおっさん、ジスパーとほぼ互角だ」
戦いを見物していたグルフが言った。テンロンは不安な目で二人の戦いを見つめていた。
グルフに時々顔を向けて、何かを目で訴えている。
「ほっときゃいいんだよ」
「でも、あのおじさん強いよ?」
「一対一の戦いに入るほど俺は野暮じゃねぇ」
グルフはテンロンに低く呟くとと目を閉じた。
ジスパーは珍しく肩に提げていた、長剣を抜いて戦っていた。
短剣では戦える相手ではなかった。父親の振りはするどく、幾度も窮地を迎えるが、ジスパーは俊敏な動きで、それを紙一重で避けていた。父親の刃の連撃の合間に、長剣の切っ先を突き出す。それを巧みに刀身で弾いていなす。実力は拮抗していた。
「む……ジスパー腕を上げたな」
「ふん、俺は地上で何度も生死をかけた修羅場を潜ってきたんだ。父さん等のように、ぬくぬくとした環境で鍛えた剣技とは訳が違うぜ! 遊びはここまでだ!」
ジスパーはそう言い放つと、左手でカギ爪を父親の足元に投げつける。父親は宙高く飛んでそれを交わすと、大上段に剣を振り上げ、上から切りつけて来た。その瞬間――ジスパーはカギ爪に繋がる鋼線をおもいっきり引張った。鋼線はムチのようにしなり、その先についているカギ爪が父親の肩に突き刺さる。
父親は小さく呻くと、右膝をついて地に着地した。その父親の顎下には白銀の切っ先が置かれていた。
「勝負会ったな」
「見事だ……」
父親は肩のカギ爪を左手で引き抜くと、息を荒立たせながら剣を地面に置いた。
傷口から血が滴り落ちる。痛みをこらえながらも、父親は懐からグリーンストーンを取り出しジスパーに渡した。
「ふん、最初から渡せばよいものを、おい! ミアン! 治療してやれ!」
「うん……」
ミアンは父親に近付いて、左肩を貸して立たせた。
父親は押し黙って、心配そうに見つめる母親の元へミアンと歩いていく。
三人より固まり、部屋を出て行く姿が、物寂しげに映る。
ジスパーはさすがに何かその姿に感じるものがあったらしく、少し罰の悪そうな顔をして頭を掻き毟っていた。グルフがそんなジスパーのいる場所へ歩み寄ってきた。
「よくやった……と言いたいところだが、お前って心底親不孝だよな……」
「…………」
ジスパーは言葉を返せなかった。
だが、これで三つ石が揃った事で、グルフは上機嫌だった。
不毛な骨肉の争いは見てて疎ましかったが、それもジスパーの勝利で終わり、石が手に入ったのだ。両者とも死者がないことも幸いだった。仲間が親殺しにならなくて済んだのにもほっとしていた。それはグルフの本心だ。
「おい、じゃあ始めるぞ!」
「あ、あぁ……」
「OK!」
ジスパーはグルフの呼びかけに冴えない口調で返した。テンロンは大きな声で合点した。
三人各々の台座で石を手にもつ。
「いいか、息を合わせろ! 3,2,1」
グルフの合図で三人はほぼ同時に、石を台座の表面の凹みに嵌め込んだ。
すると、何か磁場の消えるような低い電子音が微かに三人の耳に届いた。
「さてと、本当に大丈夫か」
グルフはチョッキからナイフを取り出し、エンジェルキラーの隣の壁に投げつけた。
真直ぐ壁にその鋭い先が突き刺さる。
「よし、トラップは消えているようだな」
グルフはゆっくりエンジェルキラーの置かれている台座に近付いていく。
後から二人もやってきた。
並んでエンジェルキラーの眩い光を目を細めて見つめる。
「じゃ、取るぞ!」
グルフは気合を込めていい放つ。多少心臓は高鳴るが、さっき薬は飲んだばかりなので、それほど呼吸は乱れていない。台座から一気に緑の球体を引き抜いた。
その瞬間――足場が大きく揺れる。グルフとテンロンは焦りを顔に表す。足場が少し斜めに傾いて、立っているのがやっとだった。
だが、暫くして補助エネルギーが動き出したのか、また平坦に戻っていく。
「ふーびっくりさせやがって……」
グルフは額の汗を手の甲で拭った。
#
「さーって、出ようか」
グルフが二人に声をかけて、出口に歩いていこうとすると――
ガーーガタン!
出口が急に上から降りてきた、壁によって閉ざされる。
グルフは焦って壁に素早く駆け寄り、その表面を両手で叩いた。
それとは対象的にジスパーは落ち着いた表情で立ち尽くす。
「親父め、嵌めやがったな」
「おい、ジスパーどうすんだよ!」
グルフは動揺していた。エンジェルキラーを抜き取ってしまい、補助エネルギーが切れるまでの時間もそう長くはないだろう。もし切れれば、即座に天空城は糸が切れたように、地上へと落下していく。そんな事を思い浮かべると冷静ではいられなかった。
「糞〜!」
ジスパー達に別れを告げ、大きな部屋で家族は寛いでいた。
広間の扉を閉めてから、もう1時間は経過していた。壁際で見張っていたミアンの合図で、エンジェルキラーが取り出された直後に出口を封鎖した。
宝石を抜いて、補助エネルギーが浮遊を保てる10分、それでもまだ天空城が浮いているという事は――
「ふふふ、ジスパーの奴、結局エンジェルキラーを戻したようだな」
「お父さんやり過ぎですよ」
「馬鹿、あいつが無茶なんだよ、イタタ、見てみろ、肩けがしちまって」
父親は半身裸で包帯が傷口に幾重に巻かれていた。
少しよろめきながらも、ソファーの上着を肩にかける。そのまま天空城の操作部屋へ向うと何か作業をしていた。
母親は少し俯き加減に、ソファーに肘掛に頬杖をついていた。夫とジスパーのことで激しい口論をしたばかりだ。ミアンはその口論の最中、両方を抑える事に必死だった。
彼女もまた疲れきっていた。
しばらくして、父親が操作部屋から帰ってくる。どこか微笑みを湛えて、得意な顔で二人に強い口調でいい放つ。
「さぁ、行くぞ!」
三人はジスパー達が閉じ込められた、広間の扉の前までやってきた。
「取りあえず、あいつがまたエンジェルキラーを引き抜いて、落下する事になってはたまらないので、地上の島へ移動しておいた。まぁアイツも少しは反省しただろうし、開けてやるとするか」
父親は外の窪みを手の平で押した。すると中からジスパー達が力ない目をしてよたよた出てきた。
「負けたよ、あんたには……」
「ふん、親を甘くみるんじゃないぞ、これでもお前の父親だったんだからな」
「ふー、もう興ざめしたんで、エンジェルキラー置いてくよ」
「そうか、ふむ、お前も成長したな」
「母さん嬉しいわ!」
父親は髭を指で摩りながら、大きな声で笑っていた。母親はジスパーの肩に、顔を近づけてすすり泣いていた。グルフも後から出てきて、何も言わずにジスパーの家族を、素通りして出口へ向って歩いていく。
ジスパーは家族と少し話した後、別れを告げた。ジスパーの後姿を見送った後、父親は広間に踏み入って眩い光を放つ、エンジェルキラーを近くで眺めていた。
きちんと装置に嵌め込まれたそれを見て、父親は深い息を漏らすと踵を返す。
そして、出口へ向おうとした矢先――――
「じゃ、私も帰るね!」
後ろから女の声が聞こえてきた。咄嗟に振り向くが誰も後ろにはいない。
しかし、突然エンジェルキラーが光り輝く。眩い光で手を翳すジスパーの父親。
次の瞬間、光の中から、物凄いスピードで何かが飛び出てきて、出口を颯爽と出て行った。
「なんだあれは? ああ、エ・エンジェルキラーが……」
「ただいま〜」
「おぉ、お帰りテンロン!」
ジスパーの顔の近くに大きなスズメバチが、寄り添いながら飛んでいた。
だが、眩い光を放つと、スズメバチは姿を変えていく。
次の瞬間、テンロンがジスパーの隣に、笑顔を湛えて立っていた。
少し後ろにはエンジェルキラーを、抱えながら鼻歌を歌うグルフがいた。
あの時――……
ジスパーは閉じ込められた後、座り込んで悔しさをかみ締めながら、色々脱出方法を考えていた。様々な脱出方法を考えるが、一向に答えは出てこなかった。しかし、グルフがまたテンロンを指差した。テンロンは変体動物である。その変身能力は対象の姿形を、真似るだけではなかった。その対象の能力全てを受け継ぐ事が出来る。
テンロンはエンジェルキラーに変身し、グルフが装置にテンロンを組み入れた。城がずっと浮いたままなら、中の様子を見ようと、また家族が訪れる事は必然。ジスパー達はそれを読んで、ただ只管待っていた。
「うまくいったな〜」
グルフはもう浮かれていた。これでレソシアが助かる――そう思うと、心底安堵して、喜びが心の底から溢れてくる。
「まぁ、あいつらが地上に降りる事も計算済みだった。これでもう浮き上がれねぇ。ざまーみろってんだ。せいぜい地上の暮らしに慣れるこったな」
地上に降りた事を確信できたのは、テンロンがエンジェルキラーとなって、エネルギーの使われ方の異変を肌で感じる事ができたからだ。
ジスパーの本来の目的は家族を地上で住まわせる事だった。数年前、天空城で地上と隔絶した生活を送るのが嫌で家を飛び出した。盗賊になる、ならないは、あの時どうでも良かった。 ただ出て行く理由として、本来の目的の代わりに言っただけだった。最初から本来の目的を家族に言っても、受け付けるわけがないのは、父親の気質を知っているジスパーは良く分かっていた。そのため、先に地上に降りて暮らし、その生活を体に叩き込み、地上に慣れていくことをした。大分地上の生活にもなれて来た頃、家族を地上に住まわせる方法を思案し始める。 ――そんな時、グルフ達と偶然出会った。
何となく二人と一緒に天空城に行く事にした。グルフの腕をそれなりに認めていたからだ。 だが、ここまでうまく行くとはジスパーも予想はしていなかった。だが、グルフ達と天空城へきた事は彼にとって、正しい判断だったようだ。
#
全てうまく行った。とはいえ、まだジスパーにはやる事があった。
「テンロンよ〜、お前俺の事どう思う?」
終始笑顔で歩くテンロンに、咄嗟にジスパーは聞いてみた。
今まで見せたことのない真剣な顔を向けていた。頬がほんのり赤く染まっている。
グルフは少し後ろで、エンジェルキラー眺めながら、レソシアの事で頭が一杯だった。
前方を歩く二人の様子は、目に入っていない。
「ん? どうって?」
「だからよぉ、なんて言えばいいのかな、好きか?」
「うん、好きだよ」
何の躊躇いもなく、テンロンは微笑んで言った。
しかし、ジスパーは頬を指で掻いて、首を傾げる。
どうやったら、自分が考える『好き』の意味をテンロンに、伝えれるか思考を巡らせていた。
「どのくらい好きだ? グルフより好きか?」
「うーん、グルフと同じくらいかな〜」
ジスパーの頭に、重いハンマがー打ち付けられたような衝撃が走る。
肩を窄めるジスパー。足取りが急に重くなっていた。背中を丸め頭をうな垂れている。
グルフは自分の名前が出たことで、二人の異質な様子にきづいたらしく、
「こら、ジスパーどさくさ紛れて何やってんだ!」
「うるせーなー今大事な所なんだよ!」
顔を突き合わせいがみ合う二人。
ジスパーはいがみ合う中で、突然何かが閃いた。
グルフを無視して、突然テンロンに真剣な顔を向けて、
「テンロン俺の家に来て、俺の飯を作ってくれないか? 俺と一緒に夜寝て、一生楽しく過ごすってどうだ?」
テンロンは少し躊躇う。いきなり色々言われて戸惑いを見せていた。グルフは開いた口が塞がらない。テンロンはそんなグルフを一瞥して、ジスパーに淡々と思いを述べる。
「あのさ、それは良いんだけど、グルフ心配なんだよ。薬切れたら苦しくなるし。レソシアさん帰ってくるだろうけど、やっぱり旅をする時は私が必要なの、だから離れるわけには……」
ジスパーは苦い顔をした。だが、ここでうろたえるジスパ−では無かった。
「じゃ、グルフの家の隣に俺んち建てるから、それでどうだ? それならグルフとも旅にでれるし、俺も一緒にいけるし、好都合だ!」
「うん、それならいいよ!」
テンロンは快活に大きく頷いた。
「そっかーじゃ結婚式あげような!」
更にとんとん拍子にジスパーは話を進めていく。というよりは、テンロンが良く分かってないのを承知で、先に礎を早く作ってしまおうという狙いもあった。
「結婚式?」
きょとんとした目でテンロンが言った。
「そうだ、お互い同じ家に済む男女は、必ず結婚式を挙げることになってるんだよ」
出鱈目を吹き込むジスパー。
「えぇ、グルフとそんなのあげてないよ」
「グルフは良いんだよ、俺とはあげなきゃいけないの!」
「ふーん、じゃ結婚式あげよ〜!」
「よしきた〜!」
グルフは最初色々突っ込むつもりで構えていたが、ジスパーが矢継ぎ早に話しを進めるので暫く黙ってみていた。話がまとまった後でも、グルフは黙っていた。
グルフはテンロンを実の妹か娘のように思っていた。そして、ガキっぽく無鉄砲だが、それなりに優しさと強さを兼ね備えたジスパー。この二人を見ていると、なんだかお似合いな気もしてきていた。それに自分もレソシアが帰ってきたら、色々忙しくなってくる。隣に住むと言っているし、ジスパーもそれなりに腕が立つ。
テンロンとの結婚を許す事を条件に、ただ働きさせることも出来るだろう。逆に都合がいいかもしれない――そんな気持ちから二人の結婚を認めることにしたようだ。
こうしてテンロンとジスパーは、その後結婚式をあげ、グルフの隣に家を建てて、幸せに暮らす事になる。テンロンにとって、ジスパーと暮らす事はグルフと一緒の時とあまり変わらない気もしていた。だが、ジスパー本人は大喜びで、そのうち嫁を連れて、家族の下へ紹介しに行った。もちろんジスパーの父親は最初は、不機嫌な顔で受け入れなかったが、何度か訪問しているうちに打ち解けていき、ジスパーの勘当も取り消して、度々ジスパーの家にも家族で押しかける仲へと発展していった。
グルフはと言うと、エンジェルキラーを王宮に持っていて、直ぐにレソシアを返してもらえた。
前と同じように幸せな生活が戻る。隣に騒がしいジスパーが引っ越してきたが、度々一緒に旅をし、金持ちの用心棒や、町の保安の仕事を請け負い、ジスパーと一緒に仕事をすることになる。彼等は幸せにその後も暮らしたとか。