グルフ・トライスキーの場合 その7
ドラゴンとなったテンロンは、天空城へ向けてどんどん上昇していく。
強く冷たい風が背中の二人に吹き付ける。グルフは寒そうに震えていた。
寒さを紛らわそうと、ジスパーに話しかける。
「なぁ、ジスパー、俺なぁ、お前に聞いておきたい事があるんだ」
「なんだ?」
グルフは少し目を細めて、真剣な顔をジスパーに向けた。
「お前なんで俺達と一緒にくる事にしたんだ? しかも、宝石を渡すつもりとか抜かしてたな、どういうつもりだ?」
「ふん、それはだな、第一に、宝石のある部屋はあるトラップが張ってあってな、一人ではそれを破ることができない。第二に、俺はお前たちが気に入った。第三に、俺は宝石にも金にも大して興味がない、第四に、テンロンは俺の嫁にする。第五に……」
「ちょっと待て、第五は良いから、第四について詳しく話してもらおうか?」
グルフは目を吊りあがらせてジスパーを睨む。ジスパーは腕組みしながら、胡坐を書いて目を閉じていた。第10まで言い切ってさらっと流そうとしたが、途中でグルフに突っ込みをいれられ、言葉に詰まる。だが、すぐに息を深く吸うと、口を開いた。
「ふ、俺はテンロンに惚れた。ただそれだけの事よ」
「ふ、じゃねーよ、お前分かっただろ? こいつはラズンだ、人間じゃない。お前はどうせ人間の姿であるテンロンに惚れたんだろうが、こいつは変体生物ラズンなんだ」
グルフが力強く言うと、ジスパーが目を開け、人差し指を立てて横に三度振った。
「分かってないなぁ、良く考えてみろよ、こいつはラズンだが、人間の時は人間そのものなんだ。それにな、俺はこいつの姿に惚れたんじゃねー、中身に惚れたんだよ。しかもな、更に色々変身できるんだ。便利な奴だ。言う事ねーじゃねーか! 」
「お前って……馬鹿に見えて、とことん合理的に考えてるんだな……」
グルフはこの割り切り方には、ある意味敬服の念を抱きかけた。小僧ではあるが、とても前向きで理に叶っているとさえ思う。グルフにはない柔軟な思考をジスパーは持っている。
だが、問題は――
「ただなぁ、テンロンの気持ちもあるだろ? お前が勝手にそんな事決めても相手が嫌といえば、それはただのお前の片思いだ、横暴だ。そのへんどうするつもりだ?」
テンロンは途中から会話を追いながら耳を澄ましていた。自分の事が話題に出ているのは分かっていた。しかし、どういうことで揉めているのかが、理解できないでいた。
ジスパーはテンロンの気持ちまで考えていなかった。無計画さが露呈した形だ。
取りあえず――
「テンロン〜テンロン〜!!」
「ん〜? なーに〜?」
「俺の事好きか?」
「うん、好きだよ!」
「OK」
ジスパーは得意な表情を向けてグルフを見下ろす。グルフはテンロンの背中に頬杖をついて
目を瞑っていた。
#
「何か見えてきたよ〜」
「おお、あれはまさしく……我が家……」
「本当にだせー天空城だな、平べったい円盤にしかみえねぇ」
平べったい円形、まさしくその通りの形をしていた。その底を黄金像の指と思われる黄金の石柱のようなものが触れていた。
「よし、テンロン、左に回ってくれ」
「はいー!」
ジスパーはテンロンの頭の近くまでよじ登り、天空城の入り口の正確な場所を伝えていく。
「あ、あったー、あの横穴に入ればいいんだね」
天空城は円形だが、多少厚みがあり、左側面には丁度テンロンの体が、すっぽり入れるくらいの横穴があった。テンロンは底へ翼を折りたたんで滑り込んでいく。
「このまま、真直ぐだ」
暗い通路を滑るように入っていくと、その先には壁があり行き止まりになっていった。
その手前でジスパーは大声で叫ぶ。
「よし、あの壁の手前で降りよう」
ジスパーがそう言うと、壁の近くまで来た後テンロンは強く羽ばたき、減速し手前で足からふわっと着地した。羽ばたきによる風の流れが壁に押し返され、ジスパーとグルフの髪が激しく左右に揺らめく。
テンロンは突然変身を解いた。一瞬で人間の姿へと変わった。それを見越して身構えていた二人が、変身前のテンロンの背中を直ぐに蹴って、軽やかに地面に着地した。
「さーってと、この扉を開くぞ」
ジスパーは口笛を吹きながら、壁の少しくぼんだ部分に手を触れる。
その瞬間、前の扉が地響きを立てながら、横へスライドしていった。
中は近代的な作りになっていて、銀色の壁で覆われた通路が続いていた。
「中は案外しっかりしてるんだな!」
「当たり前よ、一応天空城だぞ、金かかってるからな、宝物庫はこの先だ! 行くぞ!」
ジスパーが二人に振り向いて言うと、グルフとテンロンが静かに頷いた。
内部を良く知っているジスパーを先頭に、辺りを警戒しながら二人は後から追っていく。
右折し、しばらく走って、また左折、そして階段を降りて、どんどん進んでいく。
内部は入り組んでいて、かなり広い、しかし――人の気配が無かった。
グルフはその静けさに異様さを感じていた。しかしジスパーは止まろうとしない。
どんどん進むジスパーの後ろ姿に、何故か不安だけが募っていく。そうしているうちにグルフは顔を歪めて立ち止まる。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……」
「あ、グルフまた……」
「ん? どうしたんだ?」
テンロンは肩に抱えていたバッグから、水の入ったボトルと錠剤を手に取り、グルフに手渡した。それを受け取ったグルフが薬を、素早く口に放り込み水と一緒に嚥下した。
息を荒立たせながら壁に寄りかかって、そのままずるずる滑りその場に座り込む。
「大丈夫?」
テンロンが心配そうに言うと、グルフは頭を縦に振った。
苦しそうな顔で胸を押さえていた。
「ま、急いでないから座ってろ……宝物庫はもう目の前だ」
「ふー助かったぜ……」
グルフは少し安堵の息を漏らす。神経の高ぶりと長時間走ったために、今こうして鼓動が早くなっていた。先が近い事を知ったことにより、気持ちが和らいでいく。
しかし――
「来ちゃったのね……」
通路の先から、女性の低い声が壁に反響して三人に届いた。
コツコツと固い靴が、地を叩く音が迫ってくる。
湾曲した通路の向こうから若い女性が姿を現した。その姿を見てジスパーが目を見開いて、言葉を投げかける。
「おぉ、久し振りだな、ミアン」
「兄さん……」
グルフはその女性がジスパーを兄さんと、呼ぶのを聞いて驚いた顔を浮かべる。
しかし、直ぐに煩悶の表情へと変わる。まだ心臓ガドキドキして苦しいようだ。
テンロンは落ち着かせようとグルフの背中を摩っていた。
ジスパーはそんな二人を一瞥すると、ミアンの直ぐ前にたち塞がる。
「ミアン、ここは引いてくれないか? 俺はお前を怪我させたくない」
「無理な相談よ、兄さん宝石を持ち出すきでしょ、あれを持っていくということが、どういう事か分かっているの?」
「無論分かってるさ」
「なら、答えは一つよ!」
ミアンがいきなりジスパーに切りかかる。一足飛びでレイピアの先をジスパーに突きつける。それを間一髪で左に避けて交わした。しかし、すぐにミアンは向き直って、縦横無尽にレイピアを高速で操る。鋭いレイピアの先が、様々な角度からジスパーの体を貫こうとするが、ジスパーは冷静にその刃の軌道を見切り、皮一枚で全て交わしていた。しかし、完全には交わしきれてはいなかった。所々、薄皮を切り裂かれ、出血していた。ミアンは地を勢いよく蹴って、ジスパーの心臓を狙った。その突きの鋭さに咄嗟に、ジスパーは腰の短剣を抜いた。短剣がレイピアの刀身とかち合う。
お互い力を込める刀身が十字をなし、金属の擦れあう音が各々の耳に届く。
「ミアン、腕を上げたな!」
「あれから修業しました、今ではお兄様にも負けないわ!」
「それはどうかな?」
ジスパーは左手に力を込め、レイピアの刀身を片手一本で支えると、体に巻きつけていたカギ爪を手にして、レイピアの刀身に振り下ろした。少し斜めになっていたレイピアが、上からの強い力によって音も無く叩き折られた。折れた切っ先が甲高い金属音を立てて、地面に落ち一度跳ねた後平坦に倒れる。
それに驚いたミアンが、咄嗟に後ろにステップして退いた。
「私の負けね……」
「じゃ通らせてもらうぞ」
その場に力なく膝を追って、座り込むミアン。ジスパーはミアンに声を全くかけようとしなかった。
ジスパーはナイフをしまうと、テンロン達に振り返らずに前に手を放り投げる。
その合図に呼応して、テンロンはグルフを肩に担ぎ後を追った。
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通路をでると、大きな広間にでた。奥の方に光り輝く緑の球体にグルフは目を輝かした。
薬が効いてきたのか、グルフは大分落ち着きを取り戻し、テンロンの肩を借りながらではあるが、一人で立てるまで回復していた。
「あれか、エンジェルキラーっていうのは……」
グルフが近付こうとすると、
「止まれ! 言ったろ! 罠があるって!」
グルフはその声に驚き、咄嗟に前へ進む足を引いた。
「おっとそうだったな……」
広間の入り口付近で三人は座り込み、話し込んでいた。
「それにしても、あれお前の妹だったのか」
「あぁ?」
「写真だよ!このシスコンが!」
グルフは以前ジスパーから取り上げた、財布の中にあった写真の事を言っていた。
あの写真に映っていた女性がジスパーの妹だと、さっき本人を見て気づいたからだ。
「うるせーな〜、何入れようが俺の勝手だろ!」
「そうだけどよ〜、それにしてもよ、お前んとこの使用人にしろ、妹にしろ、なんか変だよな」
「何がだよ……」
グルフは少し息を吐くと、表ポケットからタバコを取り出し火をつけた。
しかし、吸おうとしたとき、テンロンが咄嗟に取り上げて、
「馬鹿! さっき発作起きたばかりなのに、体に悪いもの吸っちゃ駄目だよ!」
グルフはテンロンが睨むと、舌打ちをした。
そして、またジスパーの家族の話題に戻そうと会話の舵を切る。
「何が変って……お前あそこのお坊ちゃまだったくせに、使用人も妹も本気でお前を殺そうとしてくるじゃねーか。いかに、勘当されたからってよ、お前の家族は残酷だよな〜」
「まぁ、使用人はあそこに近付くものを全員殺すよう親父に命令されてるからな、ただ、妹は違うぞ、あいつは、自分たちの家を、命を守るために仕方なく襲ってきたんだよ」
グルフはジスパーの言っている意味が良く分からなかった。テンロンは初めからあまりわかっていない。それはグルフの介抱に気を回しているせいもあった。だが、適当に会話の端を掴んで、単純な質問をジスパーに投げかける。
「家を守るってどういう事?」
テンロンの質問にジスパーが微笑んだ。
「簡単さ、エンジェルキラー盗まれたら、天空城が地上に落下するからだよ」
「ええ!?」
「なんだと!」
二人は目を丸くして驚き、腰を少し浮かせた。それを意に介せず、ジスパーは淡々と語る。
「エンジェルキラーはな、簡単にいうと、黄金の巨人から渡されたエネルギーを浮遊エネルギーに変換する装置の一部でもあるんだ」
グルフがあからさまに顔を歪め嫌な顔をした。テンロンもこめかみに一筋汗を滴らせる。
「おい! じゃどうするんだ? 無事にとれたとして、いきなり落ちたら城の落下に巻き込まれて、死んでしまうじゃねーか?」
「それは大丈夫、直ぐには落ちない、補助エネルギーが働くからな」
グルフはそれを聞いてほっとすると、後ろ手を床についた。
だが、それでも少し納得いかない顔で、ジスパーに問いかける。
「お前の家族死んじゃうんじゃ?」
「うむ、だからあいつ等必死なんだよ。たぶん、うちの家族の奴等、地上の使用人から、俺がエンジェルキラー盗みに向ってるって無線で連絡受けたんだろうな」
グルフは話すのが嫌になってきていた。ジスパーが馬鹿なのか冷酷なのか、判断しづらいからだ。
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「とはいえ、あいつ等死なないと思うぞ、脱出ポットがこの城にはあちこちあるからな。家を失うだけの話だ」
「おいおい、気楽に言うな〜、勘当されたからって、そこまでして悪いと思わないのか?」
グルフはジスパーの真意が知りたかった。
「思わないね、少し痛い目みればいいんだ……」
「……ふー……まぁ、俺はどっちでもいい、お前の家族が死のうが生きようが、どんなことをしても、あれを奪うつもりだからな」
グルフは少しジスパーの家族に同情はしたが、直ぐに本来の目的を思い出して表情を強張らせて言った。
「じゃあ、トラップについて聞こうか?」