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俺は王様  作者: 網野雅也
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グルフ・トライスキーの場合 その5

 ユニコーンとなったテンロンは地鳴りのような足音を立てて、サルスタリア地方へ向っていった。その上に跨るというよりは、乗っかっている二人。大きな背中は比較的平らで安定していて、多少揺れても、すぐに純白の体毛を掴めば振り落とされる事は無かった。

 ジスパーはグルフに背を向けて座っている。


「ジスパーよ、お前なんで盗賊になんぞなりたかったんだよ?」


 前方から吹き付ける砂塵の混じった風に目を細めながら、グルフはジスパーに問いかけた。

 ジスパーは胡坐を掻いて、左手で握ったナイフを水平に顔近くに持ってきて、刀身の輝きを確かめるように目を凝らしていた。グルフの問いかけは耳に届いていた。しかし、少し前にその話をしてグルフに小馬鹿にされたばかりなので、素直に答える気にはなれなかった。


「フン、まぁいいよ」


 グルフは気が短い。沈黙に耐えれるような精神構造をしていなかった。それは彼の持病も大きく影響していた。自律神経の不安定さが、集中力を保ち続ける事を許さないのだ。そのせいもあり、グルフの言動は荒々しく見えたり、時には繊細にさえ周りの人々の目に映っていた。

 ジスパーはグルフが聞くのを途中で辞めてから、時間が過ぎるのと比例して話したい衝動が込み上げてきていた。本来ジスパーは無口ではあるが、人に問いかけられると、相手が嫌な奴以外なら止め処なくそれに答え、永延と話し続けてしまう。彼は常に受動的だった。

 話したい……もう一度突っ込んでくれ――彼の心の衝動は胡坐を書いた足を、小刻みに振るわせ始めていた。グルフはそんなジスパーの様子に全く気づいていない。


「ジスパー、何で盗賊になりたかったのか教えてよ〜」


 テンロンの大きな耳には、風きり音と自分の足音だけでなく、背中で話す二人の会話も聞こえていた。テンロンの声にジスパーの右耳が微かに揺れた。押さえ込んでいた言葉が、堰を切ったように、溢れ出てくる。


「聞きたいか……?」


「うん!」


「じゃあ、話そうかな!」


 ジスパーは上機嫌で武器を懐にしまい、テンロンの頭の方へ体を向けた。前に跨るグルフが少し怪訝な表情を浮かべている。

 

「俺は自分の力で食べて生きたいんだよ、うちは金持ちでさ、家にいると何にも不自由する事は無いんだよ、だから、家出て盗賊として自力で食べていく事に決めたんだ」


「ジスパーはいい子だね〜」


「いい子?」


 さすがのジスパーも褒められているとしても、この返しは素直に喜びづらい。テンロンの事だから、大して意味もなく普通に褒めてるんだろうとは思うが――軽く微笑み聞き流した。

 しかし、グルフは黙って入られなかった。


「馬鹿! いい子が山賊なんぞするかよ! 盗人風情のくせに自力で食ってくだ? 人様のものかっぱらってんだろ? 盗人がしゃあしゃあとよく言えるな」


 グルフの意見は尤もだった。しかし、その辛辣な言葉の数々に気持ちが治まるわけもなく、ジスパーは顔を紅潮させて、独自の持論の展開をし始める。


「うるせー! 山賊もそれなりに苦労があるんだぜ! 弱い奴じゃやっていけ無いんだよ。強奪に加わるには、戦闘術を身につけなければいけない。俺は言っとくが、その辺の山賊どもとは違うぞ、武術、剣術、弓術、その他様々なもの見につけてんだよ。血の滲むような努力で得た物だ、それを振るって得た対価が人様の持ち物ってだけなんだよ。奇麗事行ってちゃ食べていけねぇ、俺は地上に降りて3年間、泥啜ってそれを自身に叩き込んできたんだ」


 グルフは適当にジスパーの長話を左から右に流していた。泥棒の理論には付いていけなかったが、他人の生き方に文句をつける気も無く、それ以上深く突っ込むのは止めておいた。ジスパーはグルフが大人しくなると、少しすっきりしたようで、耳穴に右人差し指を突っ込んで穿っていた。


「あれ何?」


 テンロンが急に速度を落とすと、足を止めた。グルフ達の体が前に少し揺らぐ。グルフはテンロンが見つめる先に視線を送ると、途方もなく大きな金色の石柱のようなものが、地から伸び、天空を貫いているのを目にした。

 その先は白い雲が遮っていて見ることが出来ない。しかし、その石柱の近くに7人くらいの黒い影も同時に目に映っていた。グルフは多少顔を強張らせながらも、テンロンから飛び降りた。黒尽くめの装束に身を包む謎の集団はグルフに、向き合って規則正しく横に一列に並んでいた。ジスパーはその様子をテンロンの背中に寝転びながら、片目を開けて見ていたが、7人の正体に思い当たったのか、急に起き上がってグルフに叫んだ。


「グルフ気をつけろ! そいつら、俺ん家の使用人どもだ! 」


「何……?」


「む……その声は……ぼっちゃま?」


 グルフは後ろを一瞥して、警戒心を高めた。7人の一人が自分たちを使用人と呼ぶ聞きなれた声に反応すると、一歩前にでて、頭を覆っているフードを後ろに下げて顔を晒した。

 青い髪に顎鬚、顔中に皺のある目の鋭い老人といったところだろうか。ジスパーはその姿を目にすると、テンロンから飛び降り、近くに駆け寄ってきた。


「おぉ、セバスチャンじゃないか、久し振りだな」


「やはり、坊ちゃまでしたか、おひさしゅうございます、お元気でしたか?」


「うむ、セバスチャンも元気そうだな」


 セバスチャンは7人に目配せして手を横に伸ばすと、6人が一歩下がって、右ひざと右手をついて屈んだ。


「坊ちゃま、帰る気になられてここへ?」


「いや〜そうでもないんだけど、俺のと……知り合いに自宅の宝石くれてやろうと思ってな」


「な、なんですと!? 天空城の秘宝『エンジェルキラー』をこの方々に与えると言うのですか?」


「そうだ」


 ジスパーは言い切った、その口調に嘘偽りはなかった。元からそのつもりで一緒にグルフ達と行動を共にしていた。ジスパーはエンジェルキラーを奪う事によって、自分の山賊としての力量を、自分を一方的に蔑み勘当した両親に見せ付けてやりたかった。宝石の事はどうでも良いというのが本音だ。


「坊ちゃま、私たちがなぜ、ここに待機してるか分かりますか?」


「無論、お前たちは後ろの黄金の巨人の守護者。それに群がる盗賊共を排除するのがお前たちの責務だ」


「そこまで分かってらっしゃるなら、私たちが今からどういう行動に出るか分かってますよね?」


「分かってはいるが、お前たちも周りの奴等の気配は感じ取ってるはずだ、そっちを先に片付けた方が良いんじゃないか?」


「そうするつもりですよ」


 6人が一斉に立ち上がると、円陣を組んで辺りに警戒を張り巡らす。グルフは良く分からなかったが、この場所が戦場になるだろうと予測はしていた。


「グルフとりあえず、テンロンに乗るんだ!」


「ふん、分かってら」


 ジスパーが一足飛びでテンロンの背中に乗り込むと、グルフも遅れて飛び乗ってきた。


「テンロン少し離れるんだ」


「うん、分かった!」


 グルフがそう言うと、テンロンは黒尽くめの男から、50Mほど距離を取ると、テンロンは足を踏み鳴らしながら体を回転させて、そちらへ向き直る。


「へへへ、こいつが黄金の巨人の足か、こいつを上っていけば、天空城にたどり着けるはずだ」

 荒くれ者の盗賊共、その数100人以上はいるだろうか。周りの岩場の影から続々と姿を現した。

 グルフ達が去ってから出てきたところを見ると、ずっと守護者達を影から見ていて、それ以外の者、つまり通りすがりのグルフ達には興味は無いようだ。

 グルフはその数の多さに、驚いてジスパーに言った。


「お前あの爺さんの仲間なんだろ? この数に囲まれて大丈夫なのか?」


「大丈夫……と言いたいところだが、たぶん死ぬんじゃないか? 多勢も無勢もいいところだ」

 ジスパーは淡々と語った。その目は冷ややかでさっきまで、気さくに声を掛けていた知り合いを見る目つきではなかった。グルフは分からなかった。ジスパーとこれまで話した感触で、それほど冷酷に仲間を突き放す事ができる男では無いと思ってただけに、その言葉の軽さに幾分迷いが生まれ始めていた。



訂正少ししました。

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