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俺は王様  作者: 網野雅也
19/31

グルフ・トライスキーの場合 その2

「うぅ……」


 眼帯の男は目に映る瞼の明るさに、顔をしかめる。

 鼻に出来る皺3本がちょうど小という字を描いていた。

 夢心地から抜け出そうと、意識の歩を外へ、瞼を開けるのに比例して進めていく。

 半分くらい開いた視界に映った木造の天井。

 口の中はからからだ。

 手から背中にかけて密着する白い清潔な布。

布の間に視線を這わせると、包帯が幾重にも巻かれていた。

 ――俺は死んだはずじゃ……

 眼帯男は、かぶさる白い布を剥ぎ取り、起き上がる事を試みた。

 しかし、背中に走る鋭い痛みを起点に体中の筋肉を硬直させる。


 ……どうやら、生きているようだ、

 

 自分の生を痛みで知った彼は、起き上がれない事もあって、無理をせずその場で寛ぐことに決めた。

 この後どうなろうと、一回死んだ身と思えば――と開き直って意識を繋ぎとめながら、穏やかな呼吸を続けていた。

 

 ――不意に扉が開く音が静寂を破った。

 荒々しく無造作なのぶの回転と、扉が外へ弾かれる音。


「よぉ、目覚ましたか?」


 グルフは陽気に眼帯男に声をかけた。


「…………………」


「まだ寝てるのかよ」


 眼帯男が目を瞑ったまま返事がないので、寝ていると判断すると、一転して訝しげな表情を浮べ、舌打ちを打った。

 眼帯男は悩んでいた。

 このまま目を開けて、グルフと会話をするのが苦痛だった。

 敗者である自分が、みっともなかった。

 腕に自信があった眼帯男にとって、複数で襲っていながら負けた屈辱は計り知れないものがある。

 だが、元々山賊である彼にとって、それは大した理由ではなかった。

 山賊なぞ、プライドを持つに値する人間ではないと自覚していたから。

 そんなものはすぐにゴミ箱に叩き込めた。

 ただ単に――、話すのが苦痛なだけだった。

 彼は人見知りで口下手だった、理由はそれだけだ。

 グルフが部屋を去るのを待っていた。

 だが、中々グルフは出て行こうとしない。

 そのうち尻が痒くなってきた。

 眼帯男は仕方なしに、ゆっくり手を尻に持っていった。

 気づかれないように本等にゆっくりと――


「なんだよ、起きてるんじゃねーか」


 グルフは視界の端のほんの少しの変化を、見落とさなかった。

 僅かに掛け布団が震えたのを感じ取ったようだ。

 眼帯男は観念したのか、大きく息を吐いた。


「お前幸運だよ、女の写真挟んで置いてよかったな」


 グルフは気さくに彼に話しかけた。

 本当は眼帯男を殺すつもりだった。

 しかし、眼帯男の財布に女の写真が入っていたことで、それを止めることにした。

 殺す基準というかグルフのポリシーみたいなものに、財布に女の写真を入れている者は殺さないというものがあった。

 それを聞いた眼帯男が、鼻で音が聞こえるように息を漏らした。

 笑ったのだ。嘲笑とでもいうべきか。

 グルフの甘さに、滑稽さに、心底笑ったのだ。

 もう笑うだけじゃ済まされなかった。

 無口だが、押し込めている言葉を黙れるほど、彼は成熟していなかった。


「甘ちゃんが……」


 低音で囁かれた眼帯男の言葉は、グルフの耳にしっかり届いていた。

 グルフが口に当てていた葉巻を、灰皿に押し付けると、カツカツ音を言わせながら、眼帯男が眠るベッドに歩み寄る。


「もう一度言ってみろ!」


 眼帯男の胸元に腰のベルトから抜いた、ごつい銃の先を向けてすごんだ。


「…………」


 この緊迫した場面でも、無視を決め込む眼帯男。

 険しい顔で彼を見下ろしていたグルフが、銃をまたベルトに差すと、両手を頭の辺りに放り投げ、窓際により外に視線を向けた。


「お前さ、今まで良く生きてこれたな」


 グルフは皮肉を込めて眼帯男に言った。


「…………」

 

 眼帯男はそれさえも左から右へと流して押し黙っていた。




 

「グルフ〜〜!!」


 突然部屋の扉が勢い良く開け広げられた。

 女の声だ。しかも若い女。

 眼帯男の体が強張る。

 ――こいつ女連れかよ。

 彼は女に免疫がなかった。

 無口な上に苦手とする若い女まで部屋に入ってきた。

 柄にもなく緊張してしまっていた。

 体に冷たい汗を掻き体中の筋肉を強張らせるが、すぐに激痛が走り弛緩させた。

 思わず、ため息が漏れる。


「なんだよ、テンロン騒がしいな」


「そんな言い方ないでしょ、散々ただ働きしてるんだからさ」


 グルフは慣れた様子で女と淡々と会話を交わしていた。


「で、どうしたよ、なんか会ったんだろ?」


「あ、そーそー、情報集めてきたよ」


 眼帯男は目を細めて、テンロンを一瞥した。

 緑の短い髪がもじゃもじゃっと外に跳ねていて、赤い短パンに、黄色のシャツ。

 大きな黒い瞳に、人懐っこそうに映る八重歯が口元から見え隠れしている。


「黄金の巨人知ってるでしょ?」


「ん? あぁ、天まで届こうかっていう木偶の坊の事だろ?」


「そう、その木偶だよ、そいつについていけば、天空城の場所分かるってさ」


「ほぉ」


 眼帯男が瞼をピクリと動かした。

 実は彼もその存在をしっていた。

 思わず、耳を欹てていた。

 グルフは顎髭を摩りながら、何かを考えている素振りを見せる。

 その間にテンロンはそーっと、踵を浮かせ音を立てずに眼帯男に近付き、


「わっ!」


 大きな声を不意をついたつもりで眼帯男にかけた。

 だが、眼帯男はぴくりとも反応を見せなかった。


「なにこいつ〜、つまんない奴――――それなら〜」


 テンロンは人差し指を立てると、その先を男に軽くだが、連続して突き出し体に触れまくった。

 突付かれまくる眼帯男。

 その衝撃が背中にまで届き、痛みが絶え間なく体に走っていたが、我慢に我慢を重ねてそれに耐えている。

 ――そのうち、飽きてやめるだろう。

 眼帯男はそう高を括っていた。


「まだまだまだ〜〜」


 その考えは少し甘かったようだ。

 まだ突付いてきていた。しかもさっきより早く、強く。

 眼帯男の堪忍袋が膨れ上がっていく。

 その薄幕が限界を超えて、不意に弾けてしまった。

 

「この尼……人が黙ってりゃふざけんなよ……」


 眼帯男は痛覚を怒りが凌駕したのか、痛みを気にせず勢い良く半身を起こした。

 だが、この場面でも顔を平静に保ったままだ。

 手を伸ばし、テンロンの胸倉を掴んだつもりだった。

 だが、手に伝わる感触が何かおかしい。


「ねね、手みてごらん」


 テンロンがきょとんとした目を、自分の胸元に向けて言った。

 彼は素直に手に視線を落とした。

 ――これは

 動揺は走ったが、意思の力で表情をなんとか押さえ込み、女に視線を戻す。

 能面のような波立つ事がない顔を向けているつもりだった。

 だが、表情を保ちきれていなかったようだ。

 初めて見せる鼻を伸ばした崩れた笑み。


「私はいいんだけどさ、この場合男は謝るべきじゃないの?」


「す、すまん」


 謝ることで、平坦な顔に自然と戻る。

 テンロンはそれを聞くと、微笑んだがすぐに胸元に視線を降ろして、


「それでね、すぐに離すべきだと思うんだ、グルフに言わせるとセクハラって行為らしいから」

 

 テンロンは淡々と顔を赤らめることもなしに、冷静に言葉を紡ぐ。

 まだ、眼帯男は胸を掴んだままだった。

 女の反応に驚いて、呆けていたからだ。

 グルフは二人が会話をしだした時から、その様子を黙って眺めていた。

 テンロンの胸を掴んだ辺りまでは、平常心でみていた。

 すぐに間違いに気づき手を離すと思っていたからだ。

 しかし眼帯男がその手を中々離さない事に、だんだん怒りがこみ上げてくると、


「てめぇ、すぐ離せよ!」


 大きな声で怒鳴り、凄い形相で眼帯男の方に駆けだした。

 その勢いを保ってジャンプすると、靴の裏を眼帯男に向けてきた。

 疾風と化した勢いがついた蹴りが、眼帯男に迫る。

 その渾身の蹴りを、ひょいと後ろに退いて交わす。

 この時やっとテンロンの胸から手を離した。

 テンロンがすごい! と感嘆の声をあげて、口笛を吹いた。

 蹴りを交わされたグルフは、バランスを崩して壁に激突し後ろに弾かれ、尻餅をついて倒れこんだ。


「この野郎、避けやがって、イテテ」


 テンロンがグルフの無様の姿をみて指差し、大笑いしてたが、急に興味の方向が眼帯男に移ったのか、視線を向けると、無邪気な笑みを浮かべた。


「私はテンロン、聞いたからしってるよね、あなたはなんていうの?」


 眼帯男は戸惑いを隠せない。

 さっき胸を触り放題してしまった。

 故意ではないにしろ、女がそんな事をされた男に、平然と接して名前まで聞いてくる。

 ついさっきも、普通に自分と接していたし――眼帯男はこの女の思考回路がまるで理解できなかったが、名前を隠す必要も無いかと考え呟く。


「ジスパー……」


「ジスパーって言うのか! うんうん、ジスパーってかんじだよね」


 どういう感じだとジスパーは思う。

 

「よろしくね!」


 懐っこい表情で、ジスパーに手を差し出し握手を求めるテンロン。

 ジスパーは、ほんの気まぐれで右手を差しだした。

 テンロンがきゅっとその手を強く握りこんだ。

 小さな白い手。

 思わず、顔を赤くしてしまった。

 ジスパーは、外に感情を漏らす事をあまりしない。

 顔を赤くしたのも、ここ3年ほど無いことだ。

 その手が繋がる下で、這い寄ってきたグルフが怪訝な表情を浮かべ見上げていた。


「お前等、仲良さそうだな」


 グルフはどこか嫉妬にも似た感情がこみ上げていたが、レソシアの事を思い出し、何考えてるんだよ! と心の中で自分を戒めた。



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