五条瓦 正和の場合終了。
「僕と付き合ってもらえませんか?」
ワシは悩んでいた。
この純粋な少年の気持ちをどうやれば傷つけずに澄むだろうか。
後6日でワシは50のおっさんに戻る予定だ。
そのおっさんの仮初の姿に、一目惚れした光栄君。あまつさえ告白までしてきている。
しかし、ハッピーエンドはまずないはずだ。
ならば今ここで、彼に興味のない事を告げふった形にすれば、最初は傷つくけれど長い人生を渡っているうちに、それは大したことではなく、ほんの一時の淡い恋物語として片付けられるのではないだろうか?
――だがちょっと待てよ、そうだ!
アメリカから来てることにすればいいんじゃないか?
地理的な事でなら、その遠さに彼は諦めるかもしれない。
さっそく言ってみよう。
「光栄君、私アメリカのサンフランシスコに住んでいるんだけど」
「後、6日したら帰るの……」
言っちまったぞ……どう出るかな……。
「え、そうなんですか」
光栄君の顔が曇った。
やはり、ショックは大きいようだ。
二人の間に1分ほどの沈黙が流れたが、光栄君がまた言葉を口にする。
「あの……」
「最後に一度だけデートしていただけませんか?」
「すごくずーずーしいのは分かっています」
「無理にとは言いません、駄目なら諦めます」
光栄君は、両目を瞑り目尻に皺を寄せて、ワシの返答を待ち受ける。
体育座りの足を組む両腕を、震えながら強く抱き込んでいた。
彼も必死なんだ、清水の舞台から降りる思いでワシに告白したに違いない。
付き合う事が叶わないのなら、たった一度のデートでも良いと……
それで、彼の気が済むのなら……
「分かりました、6日後空いてますか? 」
「え、」
「空いてます」
「緑円北遊園地でデートはどう? 」
「はい、それで」
「分かりました、朝10時九竜城に行きますね」
「はい! お待ちしています」
ワシが先導をして話を矢継ぎ早に進め、6日後、つまりワシが仮初の姿を捨てる日を彼とのデートに選んだ。
デートを終えた後、そのまま王宮に出向くためだ。
日にちがずれれば、デート後に彼と出くわす事があるかもしれない。
それは避けたい。
彼の前から、そう、ひと夏の幻想のようにワシは消えるつもりだった。
―――― デート当日……。
ワシはこの5日間平穏無事に暮らしていた。
妻美代子はこの間ワシの家に来る事が、どういうわけか無かったからだ。
ま、多少色々あったけどな。
相変わらず、貴史はワシを外へ連れ出そうとするし、風呂のぞこうとしてきたり
恭子は恭子でワシを着せ替え人形の如く扱い、寝顔に化粧してきたり、まぁ玩具だな。
まぁ、そんなもんは可愛いもんだ。所詮ワシの子供達のすることだからな。
今日も化粧はばっちり。それはまぁさっき行ったとおりの事で……
問題は服装だな。制服じゃさすがに悪いよな。
「恭子〜、外行きの女もんの服ないか? 」
「お、当等、父さんも女装に目覚めた?」
ワシの珍しい注文に目を丸くする恭子。
興味深深と言った面持だ。
「ちがわい! ただ今日最後だし、記念に写真屋でこの姿取ってこようと思ってな」
「ふーん、父さんでもそんな殊勝な事考えるんだ」
「まぁ、一時とは言え、この姿で生活したんだしな」
口から出任せとは正にこの事。
まぁ、これも光栄君のためだ……
不細工な格好をした初恋の彼女を見たくはないだろうしな。
「分かったわ、可愛いワンピース持ってるんだ、花柄の」
「高校の時のだけど、父さんのプロポーションなら着れるはずだよ」
恭子が用意した、首の辺りに花の飾りのようなものがいくつもある
眩いまでの純白のワンピース。白いソフト帽、その出っ張りの付け根におしゃれな刺繍が
一周して縫いつけられていた。
靴は……王宮に借りてきた革靴でいいか、これ高級そうだしな。
ついでにあの時借りたワンピースも持っていくか。返さないとな。
全ている物をバッグに詰めた。
「ちょっくら行って来るわ」
「いってらっしゃーい」
この姿で九竜城に行くのも最後だな……。
ワシはいつものようにタバコ屋を曲がり、いつものコースで商店街に向っていた。
なんだか、今日は少しその道のりが、違ったものに見える。
九竜城まで来ると、既に彼は立っていた。
ジーパンに半そで、野球帽。
ワシがお洒落してきた割に、彼は平凡な格好をしていた。
まぁ金無いんだろうな……高校生だしな。
「じゃ行こう」
「はい! 」
なぜか全てをワシが仕切ることになる。
発言も行き先も、ワシ主導。
この辺は性格がそうさせるんだな。
相手に主導権与えるの嫌いだし……
――…………
遊園地前までやってきた。途中電車で相変わらず視線を浴びせられたりしたが
光栄君が隣にがっちり座ってたおかげで、まぁ落ち着いて乗れたかな。
彼はやはり男であって、ワシを守るという意志は人一倍あるようだ。
常に周りに警戒しながら、ワシと並んで歩き、安全を確保してくれていた。
「さてと、入場券買ったし中に入りましょう」
この時初めて、主導がワシから彼に切り替わった。
先ほどのナイトぶりが彼の心理を変えたのかもしれない。
「じゃまず〜ジェットコースターいきましょう」
「はい……」
正直ワシは怯えていた。実は高所恐怖症だ。
一度のって恐怖を覚えこんだワシは、ここ20年全くあれには乗っていなかった。
光栄君の隣の席に座るワシ。
「はい、ベルト締めますよ〜」
従業員がベルトを締め、発車の合図を知らせる音が鳴り響くと
その恐怖の乗り物は動き始める。
神様……。
どんどん急な勾配の線路を上がっていく。
そして頂上まで達すると……急落下!!
「ひ〜〜〜」
思わず下品な声を出してしまうが、気にする余裕はない。
もう目をつぶって耐える事しか出来なかった。
まだか、まだ終らないのか〜?
「智子さん、智子さん! 」
「は、はい? 」
「もう終ってますよ」
見ると、ワシと彼以外乗っていなかった。
いつの間に終ったんだ?
従業員が苦笑しながらも、早くどいて欲しそうな顔をしていた。
「次は〜あっち」
「次はこれ」
さすがに若いな、わしは振り回されっぱなしだ。
次から次へと絶叫マシンをハシゴさせられるワシ。
彼はいつの間にか、ワシの手を握って引張っていた。
楽しいんだろうなぁ……。ワシは既に疲れていたが……。
「最後観覧車に乗りませんか?」
「うん、どこにでも行くよ」
「はい! 」
彼は満面の笑顔で答えた。
観覧車はとても落ち着いて、絶叫マシンとは比べようのないくらい居心地が良かった。
上に上がるほど、見渡せる景色が広がっていく。
彼と向うように座るワシは、疲れていたせいで、目の位置を彼の顔にぼーっと置いたままにしていた。
疲れたなぁ……ん?
なぜだか彼は顔を赤くしていて、帽子を深く被り野球帽の先を下げていた。
「智子さん、そんなに見つめないでください」
「照れてしまいます」
うーん、シャイな子だな。ちょっと目が合ってただけで……。
まぁそんなもんなのかもな、ワシも昔はそういう時があった気がするな〜。
「今日は楽しかったです」
「とっても、楽しかった……」
無垢な笑顔を浮べ、照れ隠しか景色を見ながら話す光栄君。
帽子を内輪がわりにして、顔を煽っていた。
「私も楽しかったよ」
「いい思い出になると思う」
ワシのその言葉を聞き、口を横にひっぱり、彼は精一杯の笑顔を披露した。
◇◆◆◇
ワシ等は地元に帰ってきた、九竜城の前まで来ると彼が口を開いた。
「智子さん、今日は本当に有難う」
「うん」
「アメリカに帰っても、光栄君の事は忘れないよ」
彼は少し俯いていたが、すぐに上を向いてワシを真直ぐ見つめた。
「僕も今日の事、一生忘れません」
「ありがとうございました」
そう彼は言うと、爽やかな笑顔でワシにお辞儀すると、ラーメン屋の中へ消えていった。
彼は最後まで丁寧語で突き通した。
ワシより一つ年上なのに……。
雰囲気がやはり伝わったんだろうな……。
しかし、彼はワシの前ではずっとナイトであり、紛れもなく男の子だった。
素直で実直で、そして自然だった。
ワシも彼を見習わなきゃな……。
「ただいま〜」
ワシは彼と別れた後、王宮へそのまま行き姿を戻してもらった。
王様はワシのこれまでの経緯を丁寧に聞いてくださり、それを成し遂げた事を快く褒めてくださった。
そして、今、いつもの威厳ある父の姿で我が家へ帰ってきた。
「あ、父さんだ〜」
「お帰り〜」
笑顔でその帰りを迎える子供達。
「お帰りお父さん」
「美代子……」
妻美代子も家に来ていた。
多少驚いた。平日の夜の時間帯に来る事は滅多になかったからだ。
どこかいつもとは違い、優しい瞳でワシを見つめていた。
「よし、お前たち、美味しい物買って来たぞ」
「ええ、なになに〜」
袋に飛びつき中を拝み見る恭子と貴史。
「うわ、すごい、ケーキだよ、しかも上等な奴、○○屋のだよ」
「姉ちゃん、奥で食べようぜ! 」
喜び勇んで、それを持って二人は台所へ駆けていく。
「母さん、ちょっと話があるんだ」
「はい?」
今なら素直に言える気がする、ワシは今日、光栄君とのデートで何かが変わった。
彼の一途で実直な思いがワシを変えたんだ。
「奥へいこうか?」
END