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俺は王様  作者: 網野雅也
17/31

五条瓦 正和の場合終了。


「僕と付き合ってもらえませんか?」


 ワシは悩んでいた。

 この純粋な少年の気持ちをどうやれば傷つけずに澄むだろうか。

 後6日でワシは50のおっさんに戻る予定だ。

 そのおっさんの仮初の姿に、一目惚れした光栄君。あまつさえ告白までしてきている。

 しかし、ハッピーエンドはまずないはずだ。

 ならば今ここで、彼に興味のない事を告げふった形にすれば、最初は傷つくけれど長い人生を渡っているうちに、それは大したことではなく、ほんの一時の淡い恋物語として片付けられるのではないだろうか?


――だがちょっと待てよ、そうだ!

 

 アメリカから来てることにすればいいんじゃないか?

 地理的な事でなら、その遠さに彼は諦めるかもしれない。

 さっそく言ってみよう。


「光栄君、私アメリカのサンフランシスコに住んでいるんだけど」


「後、6日したら帰るの……」


 言っちまったぞ……どう出るかな……。


「え、そうなんですか」


 光栄君の顔が曇った。

 やはり、ショックは大きいようだ。

 

 二人の間に1分ほどの沈黙が流れたが、光栄君がまた言葉を口にする。

 

「あの……」


「最後に一度だけデートしていただけませんか?」


「すごくずーずーしいのは分かっています」


「無理にとは言いません、駄目なら諦めます」


 光栄君は、両目を瞑り目尻に皺を寄せて、ワシの返答を待ち受ける。

 体育座りの足を組む両腕を、震えながら強く抱き込んでいた。

 

 彼も必死なんだ、清水の舞台から降りる思いでワシに告白したに違いない。

 付き合う事が叶わないのなら、たった一度のデートでも良いと……

 それで、彼の気が済むのなら……


「分かりました、6日後空いてますか? 」


「え、」


「空いてます」


「緑円北遊園地でデートはどう? 」 


「はい、それで」


「分かりました、朝10時九竜城に行きますね」


「はい! お待ちしています」


 ワシが先導をして話を矢継ぎ早に進め、6日後、つまりワシが仮初の姿を捨てる日を彼とのデートに選んだ。

 デートを終えた後、そのまま王宮に出向くためだ。

 日にちがずれれば、デート後に彼と出くわす事があるかもしれない。

 それは避けたい。

 彼の前から、そう、ひと夏の幻想のようにワシは消えるつもりだった。

 


―――― デート当日……。


 ワシはこの5日間平穏無事に暮らしていた。

 妻美代子はこの間ワシの家に来る事が、どういうわけか無かったからだ。

 ま、多少色々あったけどな。

 相変わらず、貴史はワシを外へ連れ出そうとするし、風呂のぞこうとしてきたり

 恭子は恭子でワシを着せ替え人形の如く扱い、寝顔に化粧してきたり、まぁ玩具だな。

 まぁ、そんなもんは可愛いもんだ。所詮ワシの子供達のすることだからな。

 今日も化粧はばっちり。それはまぁさっき行ったとおりの事で……

 問題は服装だな。制服じゃさすがに悪いよな。


「恭子〜、外行きの女もんの服ないか? 」


「お、当等、父さんも女装に目覚めた?」


 ワシの珍しい注文に目を丸くする恭子。

 興味深深と言った面持だ。


「ちがわい! ただ今日最後だし、記念に写真屋でこの姿取ってこようと思ってな」


「ふーん、父さんでもそんな殊勝な事考えるんだ」


「まぁ、一時とは言え、この姿で生活したんだしな」


 口から出任せとは正にこの事。

 まぁ、これも光栄君のためだ……

 不細工な格好をした初恋の彼女を見たくはないだろうしな。


「分かったわ、可愛いワンピース持ってるんだ、花柄の」


「高校の時のだけど、父さんのプロポーションなら着れるはずだよ」


 恭子が用意した、首の辺りに花の飾りのようなものがいくつもある

 眩いまでの純白のワンピース。白いソフト帽、その出っ張りの付け根におしゃれな刺繍が

一周して縫いつけられていた。

 靴は……王宮に借りてきた革靴でいいか、これ高級そうだしな。

 ついでにあの時借りたワンピースも持っていくか。返さないとな。

 全ている物をバッグに詰めた。


「ちょっくら行って来るわ」


「いってらっしゃーい」


 

 この姿で九竜城に行くのも最後だな……。

 ワシはいつものようにタバコ屋を曲がり、いつものコースで商店街に向っていた。

 なんだか、今日は少しその道のりが、違ったものに見える。

 九竜城まで来ると、既に彼は立っていた。

 ジーパンに半そで、野球帽。

 ワシがお洒落してきた割に、彼は平凡な格好をしていた。

 まぁ金無いんだろうな……高校生だしな。


「じゃ行こう」


「はい! 」


 なぜか全てをワシが仕切ることになる。

 発言も行き先も、ワシ主導。

 この辺は性格がそうさせるんだな。

 相手に主導権与えるの嫌いだし……



――…………



 遊園地前までやってきた。途中電車で相変わらず視線を浴びせられたりしたが

 光栄君が隣にがっちり座ってたおかげで、まぁ落ち着いて乗れたかな。

 彼はやはり男であって、ワシを守るという意志は人一倍あるようだ。

 常に周りに警戒しながら、ワシと並んで歩き、安全を確保してくれていた。


「さてと、入場券買ったし中に入りましょう」


 この時初めて、主導がワシから彼に切り替わった。

 先ほどのナイトぶりが彼の心理を変えたのかもしれない。


「じゃまず〜ジェットコースターいきましょう」


「はい……」


 正直ワシは怯えていた。実は高所恐怖症だ。

 一度のって恐怖を覚えこんだワシは、ここ20年全くあれには乗っていなかった。

 光栄君の隣の席に座るワシ。


「はい、ベルト締めますよ〜」


 従業員がベルトを締め、発車の合図を知らせる音が鳴り響くと

 その恐怖の乗り物は動き始める。

 神様……。

 どんどん急な勾配の線路を上がっていく。

 そして頂上まで達すると……急落下!!


「ひ〜〜〜」


 思わず下品な声を出してしまうが、気にする余裕はない。

 もう目をつぶって耐える事しか出来なかった。

 まだか、まだ終らないのか〜?


「智子さん、智子さん! 」


「は、はい? 」


「もう終ってますよ」


 見ると、ワシと彼以外乗っていなかった。

 いつの間に終ったんだ?

 従業員が苦笑しながらも、早くどいて欲しそうな顔をしていた。



「次は〜あっち」


「次はこれ」


 さすがに若いな、わしは振り回されっぱなしだ。

 次から次へと絶叫マシンをハシゴさせられるワシ。

 彼はいつの間にか、ワシの手を握って引張っていた。

 楽しいんだろうなぁ……。ワシは既に疲れていたが……。


「最後観覧車に乗りませんか?」


「うん、どこにでも行くよ」


「はい! 」


 彼は満面の笑顔で答えた。



 


 観覧車はとても落ち着いて、絶叫マシンとは比べようのないくらい居心地が良かった。

 上に上がるほど、見渡せる景色が広がっていく。

 彼と向うように座るワシは、疲れていたせいで、目の位置を彼の顔にぼーっと置いたままにしていた。

 疲れたなぁ……ん?

 なぜだか彼は顔を赤くしていて、帽子を深く被り野球帽の先を下げていた。


「智子さん、そんなに見つめないでください」


「照れてしまいます」


 うーん、シャイな子だな。ちょっと目が合ってただけで……。

 まぁそんなもんなのかもな、ワシも昔はそういう時があった気がするな〜。

 

「今日は楽しかったです」


「とっても、楽しかった……」


 無垢な笑顔を浮べ、照れ隠しか景色を見ながら話す光栄君。

 帽子を内輪がわりにして、顔を煽っていた。


「私も楽しかったよ」


「いい思い出になると思う」


 ワシのその言葉を聞き、口を横にひっぱり、彼は精一杯の笑顔を披露した。



◇◆◆◇

 

 

 ワシ等は地元に帰ってきた、九竜城の前まで来ると彼が口を開いた。


「智子さん、今日は本当に有難う」


「うん」


「アメリカに帰っても、光栄君の事は忘れないよ」


 彼は少し俯いていたが、すぐに上を向いてワシを真直ぐ見つめた。


「僕も今日の事、一生忘れません」


「ありがとうございました」


 そう彼は言うと、爽やかな笑顔でワシにお辞儀すると、ラーメン屋の中へ消えていった。

 彼は最後まで丁寧語で突き通した。

 ワシより一つ年上なのに……。

 雰囲気がやはり伝わったんだろうな……。

 しかし、彼はワシの前ではずっとナイトであり、紛れもなく男の子だった。

 素直で実直で、そして自然だった。

 ワシも彼を見習わなきゃな……。





「ただいま〜」

 

 ワシは彼と別れた後、王宮へそのまま行き姿を戻してもらった。

 王様はワシのこれまでの経緯を丁寧に聞いてくださり、それを成し遂げた事を快く褒めてくださった。

 そして、今、いつもの威厳ある父の姿で我が家へ帰ってきた。


「あ、父さんだ〜」


「お帰り〜」


 笑顔でその帰りを迎える子供達。


「お帰りお父さん」


「美代子……」


 妻美代子も家に来ていた。

 多少驚いた。平日の夜の時間帯に来る事は滅多になかったからだ。

 どこかいつもとは違い、優しい瞳でワシを見つめていた。


「よし、お前たち、美味しい物買って来たぞ」


「ええ、なになに〜」


 袋に飛びつき中を拝み見る恭子と貴史。


「うわ、すごい、ケーキだよ、しかも上等な奴、○○屋のだよ」


「姉ちゃん、奥で食べようぜ! 」


 喜び勇んで、それを持って二人は台所へ駆けていく。


「母さん、ちょっと話があるんだ」


「はい?」


 今なら素直に言える気がする、ワシは今日、光栄君とのデートで何かが変わった。

 彼の一途で実直な思いがワシを変えたんだ。


「奥へいこうか?」


                  

                  END



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