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俺は王様  作者: 網野雅也
16/31

五条瓦 正和の場合その5

 「父さん、外出たは良いけど、この後どうすんの?」


 「まじで、デートでもする?」


 「まぁ、デートっていうか、飯でも奢ってやるぞ?」


 「貴史のおかげで助かったしな」


 「やった!」


 貴史は左手の人差し指と親指を擦り合わせて乾いた音を鳴らした。

最近小遣い少ないからな、喜んでるな。

ワシ達は九竜城がある商店街の方へ二人並んで歩いていく。

あの商店街を越えると、大きな道路に出る。

そこの横断歩道を越えた先に、ちょっとした大きめのスーパーがあった。


 「俺、ハンバーガー食いたいなぁ」


 「じゃ、スーパーの中のハンバーガーショップ行くか」


 「OK」


 ワシ達がタバコ屋の看板を右に曲がり、商店街に続く道を歩いてると

前から自転車に乗った少年が近付いてきた。

良く見ると、岡持ちを手に持っている。

あれは……光栄君じゃないか……。

どうやら彼もワシに気づいたようだ。

並んで歩くワシたちの全体像を見るかのように

視線を左右に何回か流している。

取りあえず、先制で挨拶しとくか。


 「光栄君、出前?」


その声を聞いて右手で自転車のブレーキをかけると

ワシたちの前に停車した。胸に九竜城と黒い刺繍が入った白い服を羽織っている。

左足に体重をかけ、岡持ちを持ったまま答える。


 「はい、○×3丁目に行く途中なんです」


 「そうなんだ、頑張ってね」


 「はい!」


いやぁ、最近女言葉も板についてきたとは言わないけど

それなりに対応できる。やはり母さんや恭子いるからな。

あいつらの言葉使いを真似たらいいだけだし。

光栄君はワシらにお辞儀を一度すると、また自転車をこぎ

後方へ走り抜けていった。



 スーパーまでやってくると、ワシらは中にある

ファーストフードのエリアに足を運び、ハンバーガーを買うことにした。


 「貴史なに食べるんだ?」


 「俺エビチリバーガー」


えーっと、フィッシュバーガーでも食うかな。


 「父さ……いや智子ちゃん、先席座っといて」


 「俺持ってくから」


智子ちゃんか、しかし、周り若い子多いし

人の目もあるんだし、父さんって呼ぶほうが変だな。


 「わかった、貴史君」


ワシがそう言ってやると、貴史は何か普段見せないような笑顔を浮かべ

親指を立てた。

何浮かれてるんだお前……。


 さて、どこに座るかな。二人用の窓際の席が空いてるな。

あそこに座ろう。席までやってくると、深く腰掛けた。

貴史がレジの前で待ちぼうけくらってるのが見える…………。

 

 何気に周りに視線を巡らすと、若い子達がワシをちらちら見ている。

特に男の視線が矢のように飛んでくるのが、鈍感なワシでも分かった。

またワシ目立ってるな……。何かヒソヒソ男どもで話してる……。


 「可愛いな……」


 「萌え〜……」


聞こえてるぞ、少年達。

萌えってなんだ……?

ちょっと、微妙な空気の中、ワシは居づらかった。

何かあそこの奴等、こっち来そうだぞ……。

ワシは額に汗を掻きながら、体を強張らせていると

貴史がナイスタイミングで、こっちにお盆にハンバーガーを乗せて

やってきた。


 「お待たせ〜智子ちゃん」


 「食べて〜」


 貴史がワシの前の席に座った瞬間、周りからため息のような声が漏れた。

彼氏もちだと分かって、落胆しとるな。

ふー、助かった……。貴史に助けられたよ……。

どうでもいいけど、女も大変だな、特に美人は……。


 ワシらはハンバーガーを食べ始めた。

貴史はその間、恋人とでも話すように、軽い口調でぺらぺら喋っていたが

面倒くさいんで適当に頷いて、話は右から左へ流しておいた。

やがて、全て食べ終えると、スーパーを出てどうしようかって話になった。

入口の辺りで二人で話し込む。


 「ここで分かれるか」


 「智子ちゃん、俺捨てるの〜?」


 「ハイ、サイナラ……」


 あほらしくなって、貴史のギャグをスルーした。

ここから東に300mほどのところに村川という川があった。

ワシは一人で、そこへ散歩へ行くことにした。

村川は比較的大きな川で、その両側には広い河川敷がある。

そこまで歩いてやってくると、川を跨ぐ橋の右端に佇み

鉄の柵に頭を置いて眼下の風景を見下ろしていた。

川に平行する道路から滑らかな傾斜を伴う草地が、川の手前にある土の広い道へと繋がっている。

土の道はずーっと先まで続いていた。

その上をジョンギングや徒歩で行き交う人々の姿が見える。

滑らかな傾斜には背の低い雑草が伸びていて、一定の間隔で

土の道に降りていく石の細い階段が敷かれていた。

ワシはしばらく、橋の上から見える眼下の光景を眺めていた。

時折どこからか、涼しい風が吹きつけワシの黒い前髪を揺らす。



◆◇◇◆

 

 

 ふと、傾斜の方に視線を落とすと、どこか見覚えのある人物が

階段に腰掛けている姿が映った。

あれは……。

光栄君じゃないか。

岡持ちを傍らに置いて俯いている。

どうしたんだろ、何か元気ないな……。

ワシはなんとなく、彼のいる方向へ歩を進めていた。

近くまでやってくると、後ろから声を掛けてみることにした。


 「……光栄君」


 「あ、智子さん」


私の姿を見るなり、慌てた素振りで急に体をこちらへ向けた。

かなり動揺しているように見える。


 「どうしたの?こんなところで」


 「いや〜、出前終わったし、特に帰ってもすること無いので……」


 「寛いでたんです……」


 「そうか」


 二人の間に沈黙が走る。

いや、何話して良いか分からんな……。

若い子と話合うわけ無いしな。

取りあえず声かけたものの、どうしようかな……。

なんか言えよ少年。

またワシは彼頼みで応答待ちを決め込む。


 「あの〜」


 「さっき会いましたよね」


 「あぁ確かに……」


 「智子さんの隣にいたのは彼氏ですか?」


光栄君は下から上目遣いで、ワシを見上げる。

目線が違うから仕方ないけど、これでは失礼だから

しゃがんでみる事にした。

それと同時に彼の質問に答える。


 「あぁ、貴史君か、あれはイトコよ」


 「今、私が遊びにきてる家の息子さんよ」


 「あ、そうなんですか……」


また沈黙が流れ始める。

川のほうに視線を送ると、野鳥が水辺にゆったりと浮いていた。

さーてと、どうしようかな……。

これ以上いても仕方ないかな……。

そう思い、ワシが立ち上がろうとした時、彼がまた口を開いた。


 「智子さん、一目惚れって信じますか?」


 「はい?」


 「さぁ、そんな人もいるようだけど」


一目惚れね〜……。

ワシの場合はあんまり無いな……。

高校生の時、たまたま擦れ違った女の子に、多少気持ちが動いたことあったけど

しばらく経ったら忘れたしな〜……。

一目惚れについて物思いに耽っていると

彼は更に静かな口調で話し続ける。


 「僕、ラーメン屋であなたを初めて見たとき……」


 「何か雷に打たれたような衝撃を受けました……」


 「あの時あまり話せなかったけど、心臓はドキドキしていたんです」


 「その時思いました……」


 「これが一目惚れなんだなって」


え?少年、何気にとてつもない事言ってないか?

ワシに一目惚れしたと言ってるのか?

え……?え……?

ワシの回転の遅い頭がその話を分析し始める。

彼は体育座りをしながら顔を埋めた。

足と腕の隙間から見える頬が紅潮しているのが分かる。

時折、腕の上から少し頭を覗かせて、その無垢な視線をワシに投げかけてくる。


―――― 少年……、それはまずいんじゃないかい……?



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