五条瓦 正和の場合その4
「ただいま〜」
「お父さん、何処行ってたのよ!」
恭子が目くじら立てて、腰に両手を当て大きな声でワシに言った。
「飯食いに行ってただけだよ」
「家ご飯あるのに〜」
「ワシの勝手じゃ」
まだ色々言ってたが、それを左から右に聞き流すと
階段を大きな足音とともにゆっくり上がっていく。
そして、ぶっきらぼうに自室の扉を開け中に入った。
ワシが何しようが勝手じゃ。
ほっといてほしいもんだ。
大体あいつ等には、ワシの気持ちってもんが分かっちゃおらん。
こんな姿に突然変えられて、一週間暮らすワシの身にもなれってもんだ。
ふー、さて、何するかな。時間はたっぷりあるけど、使い道が全く思い浮かばん。
休日でさえ、家でゴロゴロするか、TVで野球見るかしかしないんだからな。
高校野球でも見るか。ワシはそれを映すchを見つけると、椅子に肩肘ついて
座り、ぼけーっと見始める。
……ピンポーン
誰だ?まぁ、子供達が出てくれるだろう。
ワシはそう決め付けると、高校野球に視線を戻した。
突然、誰かが物凄い勢いで階段を駆け上がってくる音が聞こえる。
その勢いは激しく、野球に向っている意識を寸断し
何か嫌な予感を起こさせるほどだ。
何かあったんやろか…?
案の定、ワシの部屋の扉を金槌で釘を打つかのような勢いで、ものすごいノックの音が
部屋の中へ鳴り響く。
「お父さん!!」
「なんだ、貴史か、何かあったのか?」
「母さん来たよ!」
「なに〜!?」
おいおい、どうしよう。
ワシの妻美代子が、訪ねてきたらしい。
元々のワシの姿で会うのなら問題はないんだ。
今の姿で会うことの方が困るんだ。ワシは誰だって話になるわな。
娘の友達にしては年が離れすぎてるし、息子の女友達?もしくは彼女!?
どちらかになるな、でも後7日間のうちに美代子何度来るか分からないし
そんな頻繁に家にやって来る女友達って彼女しかいないか。
貴史はワシが考えている事を見透かしたように、薄気味悪い笑みを浮かべ言った。
「とりあえず、父さん、俺の『彼女』ってことで通そうよ」
「それしかないよ」
ワシはあからさまに嫌な顔をしてただろうな。
顔が引きつっているのが分かるほど、頬の筋肉が震えているんだから。
何でこないな目に会うんだ。
取りあえず観念して、自室を貴史と一緒に出る。
ワシの部屋に遊びに来た女の子が堂々いたら、変だしな。
それに挨拶もしないとか、お里が知れる。
えーっと名前は智子だ、苗字なんにしよ。
貴史の後ろを付いていきながら、苗字に頭を悩ます。
美代子の姿が眼前に現れたかと思うと、貴史がさっそく紹介をし始めた。
「母さん!」
「どうしたの?」
「こちら、えーっと」
馬鹿め、まだ名前話し合ってないうちに話しかけんな。
貴史が振り向いて、おどおどしながらこちらを見るので、すぐに顔を近づけ
取りあえず、智子とだけ静かに呟き伝えた。
ま、苗字は頭の回転の速い貴史の事だ、適当言ってくれるだろう。
「俺の彼女の伊集院 智子さん」
「え、あ、初めまして、貴史の母美代子です」
母さんも目を丸くして驚いてるな。
無理もない、貴史が彼女連れてくるなんて、今までなかったもんな。
しかも、貴史にはもったいないくらいの美人だし。
ワシは仕方ないから、貴史の横に並んで、両手を足の付け根付近で綺麗に揃え
深々とお辞儀をし、丁寧に挨拶を交わす。
「私、貴史さんとお付き合いをしています、伊集院智子と申します」
「今日は貴史さんのお誘いで、お邪魔させて頂いています」
「え、あ、あら、そうでしたか、えーっと、ごゆっくりしてくださいね」
慌てとう、慌てとう。今時の子がこんな挨拶するわけないしな。
ちょっと、良家のお嬢様風に仕立ててみた。
ワシ等の方を作り笑顔で、何度か振り返り小さな会釈をし、足元がおぼつかない様子で
どこかへ行く美代子。
たぶん非常事態で困惑してて、娘探しとるな。
取りあえず、驚愕もんのこの事実を、誰かと話さないと治まらんやろな。
まぁ、彼女とか言ってしもうたけど、貴史にこんなべっぴんさんが
いつまでも彼女でいるはずがないし、別れて来なくなっても不思議に思わないだろうから
暫くそれまで彼女で通しとくか。
ふと、貴史の方に目をやると、なんか浮かれた顔をしていた。
たぶん、あれやな、俺にもこんな可愛い彼女できるんやでみたいなとこ
母親に見せ付けて、悦に入ってるんやろな。
哀れというか、はよ、お前も本等の彼女連れて来い。
ワシは貴史がいつまでもにやけて立ち尽くしているので、足を強く踏んでみた。
「いて!」
「何するの〜?智子ちゃん」
こいつ〜、調子のり腐ってからに…。
さて、仕方ないから貴史の部屋にでも行くか。
いや、辞めとこ。
こいつの部屋で二人きりとかなんか気色悪いわ。
一階の応接間行こうか。
貴史の袖を引っ張り、応接間へと二人で共に歩む。
来る途中、貴史は「どこ連れて行くんだハニー」とかとぼけた台詞を吐いていたが
財布をちらつかせ、その意味を悟らせ。無口な男にしてやった。
部屋にやってくると、そこには誰もいなかった。
取りあえず、顎で貴史に椅子に座るよう指示する。
ワシはその隣に座った。一応彼女って設定やしな。
たぶん美代子と恭子は台所辺りでワシの事話してるんだろうな。
まぁ、恭子は適当に話合わせてくれるだろう。
ああみえて、機転きく子やからな。
しばらくして、応接間に落ち着き払った様子で恭子と美代子が入ってきた。
ワシは軽く会釈をする。
「粗茶です、召し上がれ」
「有難うございます」
柔らかい物腰でそっとワシ達の前に、お茶と茶菓子を置いた。
優しい視線をワシに向ける。
久しぶりに見る美代子の顔は前より若返って見えた。
母さんも元気そうやな。
4歳年下な美代子。髪は肩に付かないくらい程度に伸ばし
ソバージュが全体に掛かった落ち着いた美人といえば美人。
ちょっとした、言葉の擦れ違いで、ワシが怒鳴りたててしまったせいで
今別居しているんだが。
正直言うと、別居生活もそろそろ終りにして、帰ってきて欲しいのが本音だ。
それには少しワシが折れないといけないだろうけど、中々な〜。
「伊集院さんは、どちらで貴史とお知り合いになられたんですか?」
あ、どないしよ、急に言われても、貴史男子校やったな。
ワシが返答に困っているのを恭子が感じ取ったのか、すかさずフォローを入れてくれた。
「確か、氷山女子学院に通ってるんですよね」
「はい」
貴史もフォロー入れろ、ワシ思い浮かばんぞ。
咄嗟に貴史の太ももを軽くつねる。
「イタ、あぁ、えっと、俺が氷山女子学院の学園祭に行ったとき、彼女と話す機会あってね」
「そうなんだ」
和やかに微笑みを浮かべる美代子。
その後もぎこちない会話は続いていたが、だんだん間が取れなくなってきたので
ワシはここを脱出するために一言切り出す。
「貴史君、暗くなる前に買い物済まさないと行けないんだけど」
苦しい、ワシにしては頑張った言い訳。貴史期待に応えろよ。
「あ、そうか、そうだったよね、よし、じゃあ行こうか!」
「じゃ、母さん、俺達ちょっと近くの繁華街に遊びに行ってくるわ」
「あら、いってらっしゃい」
「お邪魔しました」
ワシたちは玄関で美代子と恭子に見送られ、外へと放たれた。