五条瓦 正和の場合その3
とりあえず、どこかで飯食べないとな。
行き着けのラーメン屋にでもよるか、
ワシは家の前のコンクリートの道路を真直ぐ東へと向かい、タバコ屋の看板を右に曲がると
商店街のバリケードが視界に入ってくる。
ワシは休日に娘も息子もいなくて、一人で家で過ごす時に、昼飯に困ったらこの商店街にある
ラーメン屋「九竜城」によく足を運んでいた。
そこは、ワシの知っている中じゃピカイチのラーメン屋だ。
「ちわ〜」
平日と言うこともあって、店内の様子はまばらだ。
ビジネス街や、都市圏から離れているこの店に、そうそう人が来るわけもなく
近くの大工職人や、近所のおじいさん、おばさん辺りしか店にはやってこない。
休日は家族連れで満員になることもあるんだけどな。
何かおかしいな、俺を見る目がいつもと違う。
あ、そっか、今、セーラー服も着てるし、彼らには見知らぬ女子高生にしか見えないわな。
はー、色々面倒くさいな。
「お嬢ちゃん、何にする?」
店主、小和田源五郎が珍しい客に新鮮さを感じたのか、爽やかな目をして、それなりの対応で接客をしてくる。
源五郎とは普段はラーメン食しながら、世間話などを交わす間柄なわけだけど
この姿でいつものように話すわけにも行かないよな。
とりあえず、注文だけしとくか。
「えーっと、味噌ラーメンください」
「へい、味噌ラーメン一丁」
勢いのある江戸っ子口調で注文を大きな声で厨房へと投げかけた。
それを聞いて、中で忙しなく人の姿が行き交い始める。
ここは店主とその家族、彼の奥さん美鈴さん、16歳の息子光栄君、彼の母静江さん
の4人で切り盛りしていた。光栄君は高校生だから平日にいるわけないんだが、彼もまた夏休みに入っているらしい。
ここの飼い猫の三毛猫秀太が、店内の窓際付近にお腹をだして寝ている。幸せそうだ。
ワシはラーメンが出来る間、横の棚に置かれている新聞を手にして、大きく広げると
スポーツ欄を読み始める。
「お金ここ置いてくよ〜」
「へい、ありあとあしたー」
客が、2,3人店を出て行く。元々入りがあまりないこの店には既にワシ一人しか
残っていなかった。
「へい、おまち〜!」
「ありがと〜」
テーブルに毛の生えた太い腕が伸びてきたかと思うと、野菜やメンマ、チャーシューが
豪快に盛られた味噌ラーメンが静かに目の前に置かれる。
源五郎はいつになく優しい表情をしていた。
こいつ〜、可愛い女の子だと態度変わりよる。
まぁ仕方ないよな、ワシも同じ立場なら鼻伸ばしているだろうよ。
言っちゃなんだが、今のワシの姿はほんとに可愛らしいからな。
厨房の家族は食器を洗っていたが、元々洗う数がそんなにないためか
そのうち静江さんが厨房から繋がる部屋へと引っ込んでいった。
ワシは新聞を片手に、ラーメンを箸でつまみあげると、口の中へ音を立てて
滑り込ませていく。
ふと、カウンター越しに前に視線をやると、源五郎や美鈴さん、光栄君が
少し目を丸くしてワシの方を見ているじゃないか。
何か可笑しいのか?女子高生が新聞片手にラーメンを啜る姿・うーん。
イメージしてみると、確かに珍しいかもしれない。いやたぶん変わった部類に入ることは
間違いないだろう。
ま、変わっていようが、ワシの知った事ではないな、この年になると少々の事では
動じなくなっている。気にせずワシはラーメンを孤高に食べ続けていた。
全て食べ終えると、しばらくお腹を摩りながら、店に備え付けられたTVに視線を置いて
休憩していた。そんなワシとコミュニケーションを取ろうとでも思ったのか
源五郎が声を掛けてくる。
「お嬢ちゃん、ラーメンどうだった?」
「おいしかったよ」
「おじさん、ラーメン作るのうまいね!」
ワシはちょっと遊び半分に源五郎の反応見たくて、持ち上げてみた。
「ハハハ〜〜!そりゃね〜〜!もう30年この仕事やってるからね」
案の定顔赤くして照れてやがる。
「お嬢ちゃんは、近くに住んでるのかい?あんまり見かけない顔だね」
どうすっかなぁ、またラーメン屋にこの姿で来ることもありそうだし、適当言っとくか。
「はい、近所の叔父さんの所に、夏休み利用して遊びに来てるんです」
「ほほぉ、そうかそうか、高校生かな?」
「そうですよ」
「じゃあ、うちの光栄と同じだな〜」
光栄君が親父に名前出されると、なんか照れ臭そうに厨房から顔を出してきた。
「しかし、美人だね〜」
「いや〜それほどでも」
「下の名前聞いてもいいかな?」
源ちゃん、そこまで聞いたらあかんやろ、セクハラやで。
しゃーないから、答えてやるけど、今時そんな質問しとったらあかんよ。
可愛らしい名前なんかないかな、最近の子はどんな名前が多いんやろか。
明美?お水っぽい名前やな、貞子?なんかそんなホラー映画あったよな。
ワシの化石のような頭では咄嗟に名前が出てこんな。
適当いったれ!
「知美です」
「知美ちゃんか、可愛い名前だな」
「母さんもそう思うだろ?」
奥でそのやり取りを聞いている妻美鈴さんが、なんだか不機嫌な顔で奥から
源五郎を睨んでいた。
馬鹿め、若い子にそんなにデレデレしてたら奥さん怒るわ。
それにあまりにも詮索しすぎとるし、客に悪いわな。怒ってるぞ
どないすんねん。
「あ、ええっと、じゃあ、ゆっくり食べてや〜」
源五郎は目を眇めてワシにそう言うと、罰が悪そうに厨房へと引き上げていった。
何やら奥でも揉めているようだ。
まぁよう、叱ってもらいや。
光栄君はカウンターの前で食器を洗いながら、時折、ワシの方をちらちら
見てくる。可愛いし同じ年代やし、気になるんやろうな。
ちょっとだけ声掛けてやるか。
「あの、」
ワシが一言発しただけやのに、彼は一瞬体をびくつかせた後、皿を静かに置き
なんかまともに目をみれないと言った感じで、俯いてなにかぼそっと呟いた。
「は、はい」
ワシの姿って相手緊張させるほど美人なんやろうか?
確かに顔も整ってるし、色白で肌も綺麗だし、人形のような綺麗な黒い髪が
肩まですらっと伸びてはいるけど、雰囲気あるんかな?
そんな緊張されたらワシまで緊張するやないか。
なに言おうかな・
「おいくつですか?」
とりあえず、知ってるけど、聞いておくか。
「じゅ、16です」
「私より一つ年上ですね」
「あ、そうなんだ」
「はは、その割には大人びて見えますね」
大人びて見えるのか、まぁワシ50歳やし、外見は少女でも、中身はおっさんやしな。
この後の言葉思いつかんな。なんか言えよ少年。
「じゃ、じゃあ、僕、そろそろ仕事終りなんで、中に引っ込みますね」
「はい」
光栄君は間が空いたのに怯えてか、そうワシに告げると
どこかぎこちない動きで二束歩行で奥へと消えていった。
まぁ、なんというか、青臭い匂い漂ってくるなぁ。
新鮮やけどな。