鞘神楽 武君の場合その5
「精霊って家にもいるの?」
不可思議な彼女の言葉に思わず喉から言葉が突いて出た。
「いるよ、今私の周りにもほら!」
彼女は畳に近い場所に何かそこに存在するかのように、指を差して俺に同意を得ようとするが
どうしてもその姿を捉える事ができない。
…彼女には何かが見えているらしいけど、俺には畳を指さしているようにしか…。
「あぁ、見えないのね、鞘神楽君には」
突然名前を苗字で言われて、違和感を覚える。
たぶん、宿帳の名前を調べたんだろうけど、急に苗字で呼ばれると
驚いてしまうな。
「武でいいよ」
「そういえば、君はなんていうの?」
「あぁ、私は紗枝檻小雨よ」
俺の苗字は少し特殊だし、呼びづらいだろうと思って、彼女に下の名前で呼んでもらうことにした。そのついでと言っては何だけど、名前を聞く良い機会だと思って彼女の名前も聞いてみた。小雨ちゃんか、珍しい名前だ。
「武君さ、あんまり霊感ない方?」
霊感……。これはまた…。彼女は霊感少女のようだ。
俺の周りにはそういった特殊な力を持つ者が家族や、友達、知り合いにいないので
TVで夏にやっているホラー特集でくらいしか、お目にかかれないその奇妙な言葉に少し気後れを覚える。
「私には見えているんだけどね」
彼女に見えている世界に少し興味が湧いてくると、ちょっとした質問を投げかけてみる。
「どんな形してるの?精霊って見た目はどういったかんじ?」
それを耳にするなり、部屋に複数精霊達がいるかのように
足元や天井、部屋の隅など彼方此方に目をやり、それぞれに一時視線を置いたかと思うと、低く唸りながら首を傾げて、イメージを表現しようと彼女なりに努力をしてくれる。
彼女に見える精霊はとても口で表現しづらい姿をしているようだ。
突然、彼女が俺の肩の辺りに見据え指差すと言った。
「武君の肩にしがみ付いている子…」
「座敷童子って言うんだけど」
「この子も精霊の一種かな」
「おかっぱ頭にチャンチャンコ来た可愛いかんじの小さな女の子だよ」
「え…?」
不意を突く、全く考えもしていなかった彼女の言葉に思わず胸が高鳴る。
そして寒気のようなものが体に奔ったかと思うと、平坦だった手の肌に
小さな突起物が無数に現れる。
比較的、そういった物に耐性があるつもりだったが、実際それを見ることが出来る
人に真ん前から指摘される恐怖は計り知れないものがある。
体を強張らせ、肩の方を恐る恐る首を向け見るも、やはり俺の目に映ることは無かった。
「あ、離れた」
彼女が俺より少し離れた位置に目線を落とし、そう言ってくれたので
とりあえず力を抜き安堵する。
ふー、助かった。
しかし、この子…、ちょっと怖いな…。
本当に全部見えているみたいだ。
段々彼女から出る言葉に怯えはじめると、取り合えず話題を変える言葉を探り始める。
「そ、それよりさ」
「この部屋はいいから、山の精霊について何か知らないかな…?」
この部屋にいる奇怪な存在を語られるのには、少々耐えられなくなってきたので
離れた場所に存在する精霊の話しへと話題を振る。彼女はきょとんとした顔で
俺に視線を送ってくるが、しばらくして、何か思いついたかのように窓に
目を向け、静かな口調で話し始める。
「もうすぐ満月が近いんだけど、その時でしか見れない山の神様が」
「あの武智山にはいてね」
「私は彼に会う方法を知っているの」
「たぶん、行けば武君にも見えるはずよ」
「とても、格式高い霊的存在だから、貴方に見えるよきっと」
「明後日の夜私と行こうよ!」
俄かに信じる事ができないその非現実的な話に、驚きを隠しきれないが
彼女の眼には確信のようなものが浮かんでいて、それが本等である事を
俺に悟らせる。
「うん…」
俺はそれを快くとはいかないけど、承諾するしか他になかった。
王宮からの指示に唯一応えれそうなうってつけの話しだったから。
多少腰は引けているけど。
話しが纏まると、彼女と少し会話を交わした後、部屋を出て行く彼女に愛想程度の微笑みを送った。彼女の白いスカートが振り返る時に空に舞ったかと思うと、俺を扉の後ろから見据えて眼を細めて笑うと、手を小さく振りながら扉を閉めた。
彼女がいなくなると、また静寂の中に外からの川のせせらぎだけが混じる静かな空間に見を浸していた。