観察対象とご対面
赤い鳥、白い馬、金の鼠、黒い狼。
7日に一度、とることの出来る人型は昔にあった己の姿。
赤い鳥の彼女は好奇心旺盛です。
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今日も明るいお日様の下、ルンルンと飛び回る。
赤い鳥、それが今の私の姿だ。
自分で言うのもなんだがちょっとみないくらい美しい見た目をしている。
他に言ってくれるひとがいないのでもう一度言う。
稀に見る美しい赤い鳥、それが私だ。
どういった経緯でこの姿になったのかはおぼえていない。
というよりは、むしろわからないと言う方が正しいかもしれない。
突然違う場所で鳥になったのか、もしくは一度生を終え、ここで生まれ直したとでもいうのかはわからないが、気が付いたら私は既に今の私だったのだ。
気が付いた当初はそれなりに思い悩んだりもしたが、それにも大した意味を見出だせないとわかってくると、考え方も変わる。
何せ鳥も中々どうして悪くない。
毎日自由に空を満喫出来るのだ。
望んだところで誰もができるわけではない。
とても素晴らしいことである。
小さな鳥という形であることに多少の不便さはあれど、それに勝る楽しみの方がずっとずっと大きいのである。
しかも、更にオマケと言わんばかりに、7日に一度ではあるが、何故か水浴びをすることにより人であった頃の姿になることもできるのである。
初めて変化したときはそりゃ驚いたものだが、今じゃしめしめと鳥じゃできないことをする時間にあてて楽しみも倍々になっている。
そして、そんな私は最近新しい楽しみを見つけた。
「‥あの」
この「あの」は私ではない。
私は現在鳥のままである。
「…」
「‥お休みなどはどのように過ごされていらっしゃるのですか?」
「‥部屋で」
真っ白なお屋敷の中庭。
そのやや奥まったテラスのような一角に若い男女が一組。
そう、近くに伸びる小枝から眺める光景は他人の見合いである。
さらにこれはなんと7回目だ。
最初は偶々休んでいたところ目に入ってきたので暇潰しに見ていたのだが、これが案外面白かった。
どうやらここは男の方の家らしく、毎回代わる代わるやってくるのは女性側だった。
男‥というにはなんか‥肌がツルツルで憎たらしいな。
青年?まぁ、青年でいいや。
彼は金髪碧眼と絵に描いたような王子様顔なのに、表情がまったく変わらないため、逆に相手のお嬢さん方の表情が時間に比例してどんどん引き攣っていく。
しかし当人はそもそも見合いする気があるのかないのか、訊ねられたことにのみ事務的な短い返答を繰り返すのみ。
しかも短すぎて結局何が言いたいのかわからないことも多いのだ。
さっきのだって部屋で何をしているのかは相手の想像力に任せきっている。
「お部屋でお過ごしなのですね。読書‥などでしょうか?」
「…」
無難な当たりをつけてくれたお嬢さんにも結局答えないという荒業だ。
なんてやつだと思う。
でもちょっと面白い。
この「ちょっと面白い」がやみつきになってしまった。
そろそろ目の前に出されたティーカップの中身をぶちまける女性が出てきてもおかしくないのでは?というハラハラ感も最近ある。
なんせ7回目だ。
眺めているだけの私がこんなにハラハラひやひやするんだから、親御さんの心境や如何に、と思っていつもちらついている影の方に目をやると、緩やかなウェーブがふらりと傾いた。
気苦労お察しします。
住まいとしている森には似たような仲間が暮らしている。
「次は8回目を迎える‥。いよいよ」
「いよいよって何よ」
いつもの水浴び場で月光浴を楽しむ私の隣にいるのは、普段は白いお馬さん。
今日はお約束の姿変えの日だから、口から出る音は二人とも既に人間のそれにかわっている。
ちなみにお馬さんは女の子だ。
私の髪は鳥のときと同じ赤だけど、彼女のは白というより銀に近い。
見た目も美女、羨ましい‥‥‥。
まあいいさ、私は人の時はカワイイ系でいくから。
自称だけど。
「よく飽きないな」
後ろで寝転んでいたもう一人の仲間が呆れたように言った。
こっちは普段は金色のネズミちゃん。
ネズミちゃんのくせに、人型になると私より少しだけでかくなるのが実は気に入らないけど、仲間内で一番賢いのだ。
ちなみにこっちはオス。
人型になると見た目は美少年、中身は長老。
まぁ私も人のこと言えないけれど。
「一度見に来る?意外とはまるかもよ」
「暢気に見物してたら網の中ってのもありえなくはないんだから、気を付けなさいよ?」
「うん、気を付ける」
「どうだかな」
へらへらと答える私を疑わしげに見遣りつつ、仕事があるからと彼女は去っていった。
少年姿のネズミちゃんも町に出るらしくさっさと行ってしまう。
そう言えば二人とも人の時限定で何か仕事を始めたと言っていたな‥、私と違って働き者だ。
思い出した情報に「頑張れよ」と心の中でエールを送る。
それからぼんやりと月を見上げつつ、飲みくらべの約束をしているもう一人の仲間を待った。
決めていた時間より大分早く来てしまったから文句は言えないけど、暇だな。
そんなことを思っていると、後ろの茂みからかさりかさりと小さな物音が近づいてくることに気付く。
しかし待ち人の気配ではない。
多分水浴び前だろうから狼だし、足音からしてもう違う。
隠れるべきだろうか?と過ったその時、一際大きな音とともに右の茂みが割れた。
「…」
「…」
驚きに目を見開いていたのは、私にしてみればよく見知った顔。
但し、一方的に。
「‥‥‥驚かせてすまない。鳥を‥探していて‥」
少しの間をあけて紡がれた言葉にまさかと肝が冷えた。
え?私探されてる?え?見てたのばれてた?追ってきた?
この森には独特の空気があるらしく、鳥に限らず人も他の動物たちも滅多に寄り付かないから油断していた。
入口から少しまでは稀に迷い込むこともあるけれど、直ぐに慌てた様子で引き返していくから、もしかしたら何か毒みたいなものがでているのかもしれない‥なんて。
取り敢えず私たち四人ならぬ一羽と一頭と一匹‥と狼は頭と匹どっちだったろう?まぁとにかくもう一個体には別段問題もなかったから深く考えずに終わって‥‥‥まてよ?他のみんなは考えてたのかな?いや少なくともネズミちゃんは絶対危機管理ちゃんとしてそうだし‥‥考えてなかったの私だけだったりして。
「あなたはここの瘴気に耐性があるのか?」
瘴気‥そんなものが発生していたとは。
皆入ってこないのはそれだったか。
でもそれ今わかってもあんまり嬉しくないな。
「ええ。まぁ」
一先ず頷いておくけどね。
嘘ではないし。
しかし、それきり彼は黙ってしまった。
どうしよう、おいとましたいが約束が‥‥。
「あの‥、どこからいらしたのか存じませんが、そこの赤い花をつけた白い枝の木を辿っていくと南のホーランド区です。少しかかりますが、町に出るのに一番歩きやすい道です。もう遅いですし、お戻りになった方がよろしいと思いますよ」
多分ね。普段空から帰ってくるからうろ覚えだけど。
「名を‥きいてもいいだろうか?」
わお。
見合いの席であれだけ無口無表情を貫く男がそんな申し出をしてくるとは。
しかし私はこの青年を観察するのは好きでも、別に友人になりたいわけでもないし、なっても大した面白みは期待できそうにないと踏んでいる。
よし、取り敢えずとんずらしよう。
時間をおいてまたくればいい。
狼くんがきていたら事情を話して謝ろう。
「セルジオ‥セルジオ・リッツという」
なんと、名乗られてしまった。
ぶっきらぼうではあるがしっかりとした発音で伝えられ益々戸惑う。
覗いていたから実は知っているが、本人の口から告げてくれなくてもよかったのに。
「‥‥‥トーコ」
名乗りたくはないものの、先に名乗られてしまっては仕方がない。
名前をおしえたところで正体がばれるわけでもないし、今後近付かなければいい話だ。
「‥‥」
けれども初めて見る薄く浮かべられた彼の微笑みに、何故だか背筋がぞわりとしたのは、ある種の予感だったのかもしれない。