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心の旅人  作者: あだちゆう
学校と日常と
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毒親

こういう進学校に入ったのも、自分の意志ではない。

親は、特に母親は、今で言う「毒親」なのだ。

父親は家にいない。


豪快に高級車を運転して、全身を華やかな衣装や宝石で包み、外ではいつも作り笑顔を絶やさない。


ところが、家に帰ると、目つきが鬼のようになり、甲高い声で何時間も怒鳴りだすのだ。


怒る理由は、たとえば、昨晩机に向かっている時間が少なかったとか、帰りがいつもより三十分遅かったとかいうことを端緒として、一時間以上にもわたり、僕が幼いときにいかに問題児だったとか、変な子供だったとか、先生にこういうことで注意されたとかをあれこれとまくしたてるのである。

実際はほとんどが八つ当たりである。


なぜ、彼女が癇癪を起こすのか。

考えても分からない。



そうやって彼女が怒鳴りちらしているタイミングで電話がかかってくる。

僕はほっと一息をつきながら、母の声を聞く。

母はあの鋭い目つきを保ったまま笑顔をつくり、

「あらあ、こんにちわぁ。お世話になっていますぅ。いえいえ、そんなぁ。素晴らしいですわー。うふふふふ。」

実に演技じみた猫なで声で相手の人と話で盛り上がる。

待ち時間の間に

「勉強をやりなさい!」

という目線を投げかけてくる。

「はいー。それではまたぁ。本当に今日はありがとうー。」

ガチャ。

僕はドキッとしたまま、うつむいて机の上で手を動かす。

「はいはい!人のこと気にしてる暇はあんの?

どれだけ進んだの?あれまあ?全然進んでないじゃないの!?

人が見てないところでさぼるのがお前の性格なの?そんなようじゃ社会に出てからやっていけないよ!?キイィー!」

と、説教が何十分にもわたり続くのだが、そんな説教の時間が僕の勉強の時間や効率を大幅に下げていることに気が付いているのだろうか・・・。


僕の家は四階建てで巨大な庭つき、三台もの高級車つきの豪邸であった。

とはいえ、部屋の中は至るところ、高級な絵画や彫刻とともに、雑誌や着ていない服や飲み残しのペットボトルだとかが散乱している。

父は物心ついたときから顔を知らない。離婚しているのか、別居しているのか、仕事で単身赴任なのかは聞いたこともない。特に知りたいとも思わなかったし、仮に知りたいと欲したとしても、あの母が答えてくれるようには思わなかった。

きっと、あのような性格なものだから、愛想を尽かせてどこかに行ったに違いない。


小学生のころから、僕はあの広い家にもかかわらず、思う存分に友人たちと遊んだり、ゲームをして盛り上がった記憶がない。家に友達を呼ぶことができないし、放課後に友達の家に遊びに行くことも許されない。

みんなが通りで笑い声を上げながら遊んでいる声をききながら、いつも、首根っこを摑まえられて机に向かわされて大量のプリントだとかテキストだとかを解かされ、ピアノだとかヴァイオリンだとかを弾かされた。

少しでも解く時間が遅かったり、間違えたりするとため息をつかれ、様々な小言を言われた。

「小言って、たとえば、どんなことを言われたの?」

よく聞かれるが、僕は具体的にどういうことを言われたかを正確に伝えることができないのだ。

なぜか、うまく答えることができない。

自分でもそう思っていることなのかもしれない。他人にそれをいうことが恥ずかしいというか、それを言うことが罪のような気がしているから、それを再現することはできない。

僕の中には、言いしれぬ、言葉にできないモヤモヤやイライラがあって、またそれを言葉にすることができないし、またそれを伝えても誰にも分かってもらえない不安が常に付きまとっていた。


母親は、思春期まっさかりの僕のカバンや机の中をあさり、パソコンのメールをチェックし、手紙を開けて、あとで呼び出して、周りにも聞こえるような大声で怒鳴り散らすのだった。


僕の背中にはまるでべったりと、僕の心を縛りつける何かがついていたようだった。


そうかと思えば、僕を、高級なフレンチや寿司などに連れて行ってくれて、「おいしい?」と聞いてくる。

母の心が全くわからなかった。

僕は、母が優しいのか、怖いのか分からなかった。


そのことを他人に話しても理解してくれる人はいない。

「あらあ、とてもいいお母さんじゃない。」

逆に僕が傷つくだけであった。

「親に対しては感謝せなあかんで。親にも敬意を払えない奴は何をしてもダメ。」

「親が勉強しろと厳しく言うのは当たり前でしょう。お前のためを思っていってくれてるんだよ。」

「きっとあとで感謝する時が来るわ。」

「あらあ、そんな高い金かけて、いろいろしてくれるなんて、偉いお母さんねえ。感謝ねえ。」


奴らの偽善者ぶりには反吐が出そうになったが、もし僕がそのことを面と向かって反論すると、「なんて不道徳で悪魔のような子なのだろう」と世間から抹殺されることを僕は想像して、おとなしく作り笑顔で「ありがとうございます」と言うしかなかった。

僕は、自分の怒りを押し込めるしかなかったのだ。


「国公立大学に入りなさい。そして、国家公務員になるのよ。」

母はそう繰り返し僕に言った。それだけが、人生の最終目的であるかのように。

その叱咤激励を聞くたびに、僕は気持ちが重くなった。

僕は、自分の意志を持たない。操り人形かラジコンのような存在に思われた。ラジコンが、コントローラーの指示に従わないと、不良品とみなされるように、親の指示にうまく従えない僕も、素直に感謝できない僕も、きっと親不孝者であり、魂としては不良品そのものなのだろう。すべての食事と着物と学費が家から与えられている。きっとそれは一般家庭の出す金よりもはるかに巨額な投資だ。家から一歩出たら、親元から離れたら、僕は一日たりとも生きていくことはできない。

神というのはきっと、そういう奴だ。

神から離れた瞬間、人間の死と労働と悲惨がもたらされた。自業自得だ。

だから、人間は死にたくなければ、地獄に落ちたくなければ、不幸な人生を送りたくなければ・・・神の命令に絶対服従をしなければならない。もし、疑問を持ったり疑いや批判をする者は、その報いとして、不幸と悲惨な人生を送ることになる。

だから、僕は、間違っても自分の意志を持つことが怖かった。いや、自分の意志を持つことが、生きる糧や支えをなくす自殺行為以外の何物でもないように信じ込んでいたからだ。


母は、何かの新興宗教を熱心に信仰していた。僕も物心づいたときから、その宗教の本を読み、集会にも参加させられることが多かった。

神様という存在がすべて自分の心を見張っており、すべての過ちを裁くのだ。清くなければならない。明るくなければならない。幸福で満たされて生けなければならない。親や大人の言うことは素直に聞かなければいけない。悪い言葉遣いをしていてはいけない。目上の人に対して従順でなければならぬ。素直でなければならぬ。そうでなければ・・・それは、サタンに取り憑かれていることにほかならない。だから、いつも戦っていなくてはならない。清いふりをしなくちゃならない。明るく慈愛にあふれる演技をしなければならない。自分にそう言い聞かせるのだ。

神の眼から見て過ちを、信仰の糸を保ち続けなければならない。

自分の心に嘘をついて生きていかなくちゃならない。

でも、自分の本当の心とは何だろう。自分の本当の心、望みを持つことは、決して実現しない夢物語であり、誰もが笑うような理想論。

そんな希望や理想を語ろうものなら、下手をすると村八分にされて、引きずり降ろされる。

それが怖いから、誰しもが、平均的なところで妥協する。定められた価値観の物差し―学校の成績や会社でのポスト―という、コースの上を同じ方向に走っていく。それ以外にない。


一流大学に行かなければならない。それ以外に意味はない。



親の嘘とか矛盾が容易に見えた。


「他人は関係ないの!自分の修行を大切にしなさい!」という。


周りの大人は、親が子に勉強をしろと言うのは当たり前だと言う。

大金を子につぎ込む親は立派だから感謝しろと言う。

ちくしょうめ!

だったら、僕は競争馬か何かとでもいうのか!?

すべてが金、金、金のためだ。


しかし、金を失ったら生きてはいけない。

夢のために、幸せになるために生きているという理由は、


人間は、生きているために生きている。

そうでなければ?



どうも、自分には生きている意味がないように思われた。


やがて、すべてのことにやる気、熱意が持てなくなっていった。


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