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心の旅人  作者: あだちゆう
学校と日常と
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新大陸

この景色だけは僕のお気に入りであった。

いつか、「大切な人」ができたら、この風景を一緒に観てみたいと願っていた。

これが朝の常であった。



生徒会に立候補している奴だとか、担当の教員だとかが、校門で挨拶をしているが、門をくぐる生徒で挨拶を返す奴なんて、ほとんどいない。

僕は一応会釈だけ交わす。

挨拶をしている学生だって、授業中では机に座っているのや真面目に授業を受けているのすら見たことがない。

先生方は、そいつを「立候補するんだからしっかりしろ」ともてはやしていたようだが。


そんな僕でも、心の奥底にある希望や憧れを捨て切ることは決してできなかった。

坂を上りきった丘の上からは、海が見える。

そして、ああ、何度、僕はあの海の向こうに憧れを抱いたことだろうか!


あの海の向こうの雲に包まれた「新大陸」。

「新大陸」なのであるから、少なくとも歴史は大きく変わるだろうし、画期的な大発見が次々と報告されてもよいはずだ。

きっと、すべての人の興味の対象になってもおかしくはないのだが、なぜか、奇妙なことに僕の周りにそのことを話題にする人間はいない。

ニュースや新聞でも、新大陸に関する記事はとんと見ない。当然、国交や貿易と言われているところのものもない。

勿論、周りに知っている人で実際に踏み入れた人間はいない。

それほど、魅力を感じないというのだろうか。

デンワで調べてみるのだが、どうやって検索をかけたらよいかもわからない。

適当な情報や、知恵袋にも出鱈目な応答が散見させられるだけ。

別に、僕たちの住んでいるこの国には当然報道の自由も表現の自由も保証されている(その自由があまりにも逸脱しているようにも感じられる)ので、新大陸に関する情報規制がかけられているわけでは全くない。


憧れ、恋い焦がれるキッカケ。

何気なく図書館で新大陸に関する本を見つけたこと。


その著者というのが、新大陸での生活経験と学問の経験がある人だということは分かった。それに裏付けされている報告と情報に「これは、やばい」と感じた。

いい意味でのやばさだ。

やはり、これは、どこをどう見たって、世界をひっくり返す一大事件だと思うのだが・・・。

新大陸の全貌は明らかになっていない。

いかなる地球上に出現した既存の文明とも異なる文明や技術の体系が現存しているそうだ。

ある者は、それを「聖地」と呼び、巡礼に向かうという。

失われし超古代の科学技術が復活し、超文明があるというし、また、草木も生えない果てしない荒野だという。一方では山と川がどこまでも広がる渓谷もある。


別の世界が広がっている。

どんな世界なのかということをいつも想像しては想いを馳せていた。

インドやギリシアに行くと、一般人の眼には単なる石つぶてにしか見えないものが、研究者の目にかかると、実は歴史を塗り替える重大な考古学上の発見がその石つぶてにはあるという。

(先日も、一切の史書が残っておらず、暗黒時代とされた古代の全貌を明かす文書類が、現地の住民にトイレットペーパーとして使用されていたところを、学者たちが、土地ごと巨額を投じて買い上げた事件があったが。)

これはひょっとすると、何かとてつもないものを僕は知ってしまったのかもしれない。


そんな壮大な景色とは裏腹に、僕の心はいつも縛りつけられていた。


「ここじゃない、どこか遠くに行きたい。」

「あの橋を渡りたい。」


何度も何度も、下校中に思いをはせて、そう願う。

だって、この国はもう、ある種の飽和状態を迎えているように思うもの。

戦争の惨禍を防ぐために作ったはずだった政治のシステムは、今や、複雑怪奇なルールでがんじらめにされて身動きが取れないまま一世紀近くが経過してしまった。

豊かさを享受するための社会の構造や空気は、いまやそれをわずかでも逸脱してはいけない神経質極まりない空気を生み出してしまった。

時代は急速に変わっているのに、固定化した観念だけが、僕たちの生活のすべて、そして、一生のプランまでをも縛りつけている。

いまだに外国の植民地にはならないし、前世期までは日常茶飯事であった戦争現象も結局のところ一度も起こっていない。

(というよりも、「戦争」という言葉時代が「皇帝」とか「士農工商」とか「教育勅語」という言葉同様消滅しかかっている。)

その代りに、千や二千で済まないような煩瑣な監視と管理のシステムが、この社会全体を覆っている。

実は、デンワというものにも固有のナンバーが付けられており、どこに誰がいついて、どういうページにアクセスして、どのページにどういったことを書きこんだか・・・ということまで、把握されているのだ。

また、デンワには「財布」「カード」としての便利な機能も付いており、近頃は、革や布に紙や金属のお金を入れた「財布」というものは持ち歩くことは少なくなった。

そのような財布は、ハンコや通帳などと同様に引き出しの中に保管されている。もちろん、そこまで事細かに調べる役人はいないが、何かあった時に、一定の手続きを踏めば、その情報を国は調べることができる。

小学生が立小便をしただけで、全国ニュースに。教師が武道を子どもに教えただけでクビに。睡眠時間が一日九時間であるといっても、五時間であると言っても、それは異常であるということになり、医学上の見解が示される。朝、昼、夜の飯の量や内容なども、これはいいが、これはいけないという風に、細かく規定されており、そこから逸脱したものに対しては、医者の講習が義務付けられてしまう。

ありとあらゆることが異常にされてしまう。

その、あらゆる細かい点が糾弾されるシステムは例外なく僕も苦しめた。

こんな不自由なシステムから逃れたい。

息が苦しくて死んでしまいそうだ。何度も考える。

僕が今いる道じゃない、自由になる道を見出す方法を。

まるで、高い塀と狭い部屋に囲まれた囚人が、はるか上に見える青空と太陽に向かって手を伸ばすように。

しかし、その希望は明らかに絶望的なものに思われた。

なぜなら、だれも人をお互いに苦しめようと思ってやっているわけではない。

そのことを、みんなが、「いいものだ」とすっかり思い込んでしまっているからやっかいなのだ。

だから、僕の考えていることのすべてはきっと「悪」だ。


どんなに頑張って手を伸ばしても、天に手は届くことはない。

何度も何度も、あらゆる策略と思考を巡らして、僕はこの世界という塀の外に飛び立とうかと小さな頭のすべてをショートさせるほど回転させて考えるのだが、結局それは「どうせうまくいきっこない」「誰もそんなことを成し遂げたことがない」という点に収斂しゅうれんされる。

どうやって、ここから抜け出すことができるのか、その手段も分からない上に、仮にその塀から脱出できたとしても、その先に生きていくためにはどうすればいいのかなどということは誰も教えてくれはしない―塀の中の住民たちは、塀の中に住んでいるがゆえに。



何人かの友人に、海の向こうの新大陸と橋について話題を振ってみる。

「おいおい、この風景いいよな。」

そっけない反応がいつも返ってくる。

「ああ、そうか?まあ、毎日見てるから飽きるけれど(笑)」

「あの海の向こうに行ってみたいと思わないか。」

「なんで・・・?」

「なんでって・・・憧れない?新大陸があるんだぞ!新しい世界が。」

「・・・何?何でそんなところ行きたいの?危険かもしれないし、めんどくさそうじゃん。

ま、行きたいならひとりで行けばいいけれど。俺は興味ねえけど。」

「橋とかやばいよな。きっと向こうまで伸びてんだろうね。」

「橋?なにそれ??まあどうでもいいけれど。ワラ。」

「え、だから、ほら、白いのが小さく海に伸びてるじゃん。」

「.・・・?」

「あれ・・・見えない?」

「うん。見えない。」

「・・・」

「・・・」

「・・・」

「お前、やっぱ、人よりすごく変わってるわ。不思議な奴だねえ、ほんと。」

そいつは、そんなことよりも、デンワが大切だという風に、ディスプレイを起こしそこに見入っている。

「おっ!新しいアイテム大発見!」

デンワに付属しているゲームアプリをいじり始める。


誰に話しても万事このような感じ。

話が続かなくなって、いつの間にか歩く距離が離れている。


どうも、ほかの人には、海の上にかかる白い糸のような橋が見えないらしい。

というか、新大陸の存在を知らないわけでもないし、知っているわけでもなさそうだ。

つまり、「興味がないから、知ろうともしたくない。」

確かに、あの橋はどうも、普通と見え方が違う。

変にキラキラと透明な金色に輝いているし、日光と混ざると、見えなくなることもある。


ということは、あの橋が見えるのは僕だけなのだろうか。

僕にしか見えない橋があの新大陸にかかっている。


空が青くどこまでも広がりをみせ、海が輝きを放ち美しくその風景を眼前に繰り広げ、僕が想いを馳せれば馳せるほど、僕は惨めな気持ちになった。


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