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昭和30年のお祭りの夜に、姉とはぐれた私を探しに、、あるいは、大場電気鍍金工業所の幻影.小夜物語 第56話

作者: 舜風人

The vision at 、、 or Oba electric plater work to look for me who lost my elder sister in a crowd at night 1955 is deifying





今更私ごときが「つげ義春」を論じても、「もう遅いよ」?と言われそうですが、でも、

同時代を生きた私にとってあまりにも身近か過ぎるその漫画世界はある意味、また私自身のはぐれた少年の私のダイアローグでもあるのだ。姉は、あのお祭りの夜に、見世物小屋で私の手を放して、私はそれで、はぐれてしまったのかもしれない。

まあ前置きはこのくらいにして、、


私が初めて、つげ義春(の漫画)と出会ったのは、1968年頃だったと記憶している。

が、本当にそうか、と問い詰められれば、、違うかもしれない、

ようするに不確かである。

まあ正確な年代なんかこの際どうでもよくって。

どうして私がつげ義春(の漫画)を知ったかというそのエピソードのほうが重要なんだ。

僕にとってはね。

それで、、そうそう、

そのころ僕は、たしか?高校生だったと思う、思う?というのは変な表現だけど、

まあそう思うのだから仕方がない、というしかない。もしかしたら?ちゅうがくせいだったのかもしれない?

私には姉がいてその姉というのがすごい独立独歩の人でして、頑張り屋?でもありました。

まあご存知のように私の家はとある田舎の僻地の開拓農民で。すごい貧農でして(え?あんたの家のことなんか知らないって?)

姉も働きながらやっと定時制高校を出て、貧しい家から一日も早くおさらばしたくって、当時、

国家公務員試験の高校採用を受けて、見事合格して、採用先は、当時の「総理府の計算センター」でして。そこは私のうろ覚えのあいまいな記憶によるとですね。確か全国統計の演算や統計をする職場だったと聞いていましたが、、。


さっさと貧農の実家を出て、姉は東京へと旅立っていきました。

寮?というか、官舎?というかそんなところに入ったようです。そのころわたしはまだ小学生でしたからまあ詳細は知りうるはずもありませんでしたがね。それから半年くらいして姉が休暇でひょっこりかえってきて、毎日伝票整理と帳簿付けで日が暮れると父母にはなしていたっけ。

当時は電卓があるわけもなし、計算はすべてそろばんですよ。姉はそろばん一級でしたからまあ計算は得意でしたでしょうけどね。その姉が、「毎日ただ計算ばかりで、、このままずっと一生、伝票計算しただけで終わってしまうのが私の人生なのかしら?」と父母に言ってるのを聞いてしまったんですよ。わたしがね。で、、姉は帰京していったんですがね。


それから1年後くらいでしょうか。風の便りに聞くと、姉が劇団員養成所に通い始めたというのです。まあ、そういえば定時制高校で演劇部に所属していた姉ですから。まあ趣味でまた始めたのかな?と思ってたのですが、、さらに1年後、姉が突然、総理府をやめたというショッキングな知らせを母から聞いたのです。

そして何とかいう旅回りの劇団に入って。ほろ付きのトラックで日本中を巡業しているんだって聞いたとき、「ああ、あの子は、まあ変わり者だからねえ、」という母の嘆きが思いやられたものでした。

その姉はその後全国を巡業して、姉なりに充実した生活をしていたようですが。今のように携帯電話があるわけでなし。連絡もぷっつりとだえて手紙も来ませんでしたね。1年後ひょっこりその姉が帰ってきたんですよ。そのとき私にカバンから出して「あげるよ、読んでみな」と言われたのが、つげ義春の漫画だったのです。確かそれは「ガロ』のつげ義春特集号だったと記憶していますが、、その本はその後どっかに行ってしまって、つまり紛失してしまったのでこれ以上はわかりかねます。

(ググってみました、そしたらありました。ガロ増刊号ですね。まさに、これです、今はネットで調べられて便利ですよねえ)


まあそんなことはどうでもいいんですよ、

とにかくそのページを開けて読み始めたとき、これはなんだ?という奇矯な驚きは今でも忘れませんね。

それほどの衝撃でした。

「ねじ式」はシュールな童話といったところで、「紅い花」はまるでおとぎ話のような思春期のお話でした。

不思議な印象の残る、そう、それはふるさとの原風景が詰まった、民話のような世界でしたね。


でもそれらよりもある一つのつげ義春の漫画が私をとらえてしまったのです。

それは異様に現実的で、しかもシュールな異世界譚でしかないようなマンガでしたね、その漫画に私は、、幻惑され、蠱惑され打ちのめされてしまったのです。


それは「大場電気鍍金工業所」という漫画だったのです。


この漫画を見たとき、そして、見終わったとき、私の中の何かが、ぱちんと割れて崩壊した。

もう二度と立ち直れないような虚脱感というか、空無の世界、それが延々とはてもなく広がっていった。白い、白い砂漠のような平原がどこまでも続いているような、、。

それほどの衝撃を私の心にもたらした漫画。あれからずっとこの私も、生き延びてそりゃあ、いろんな漫画も散々見てきましたが、

あれほどすごい衝撃を与えた漫画はその後ありませんでしたね。今でも私のトラウマであり心の深い棘、


それがこの「大場電気鍍金工業所」なのです。


、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


冒頭、、みすぼらしい少年工の義男がうらぶれた、メッキ工場で一人、「バフがけ」してるシーンが出てきます。これで、、このシーンで、私はガツンと、やられてしまいました。

なんだよ、これは、、。これはもしかしたら。私なんじゃないのか?

俺だよ、この少年工は、、そう、、ささやくような声がどこかから聞こえてきたのです。

義男は多分、中卒で15歳くらいだろうか?


恐る恐る次のページを開けてみると、、大きな硫酸のメッキ槽に部品を漬けている町工場の社長のすがたが、、、

手拭いで口を覆っただけの、硫酸の瘴気がうらさびた工場内にもうもうと立ち込める中で、漫画の吹き出しにはこうある・

「大場鍍金の社長は1年前に肺病で死んだ」

そして、硫酸槽や硝酸槽の並ぶ前で倒れ、死んでいる社長の姿が、、。


「メッキの職人は必ず肺をやられる」    そう書いてありましたね。


私は震える手で次のページを開ける。

社長の死後は、、40がらみの乳母桜のおかみさんと半年前に入社した少年工の義男だけで細々と研磨の仕事をしているのだ。

裸電球の下で、手ぬぐいを口に巻き、ゴトンゴトンと、、、埃っぽい中での、スプーンのバフがけをしている、

そうだこの少年工は、、ほんとは私なんだ、そういう強迫観念がひしひしとわたしに迫っていた。

この工場はどぶ池のほとりにあって、、どぶ池に面した三畳部屋には元工場長の金子さん一家が暮らしている。

金子さんも肺を侵されていて、げっそりやせ細り,補償もなくて寝たきりである。大小便はどぶ池にたれ流しである。金子さんの女房が飯場の鉄くず拾いで二人の幼い子供の糊口をやっとしのいでいるのだ、

金子さんはまるでミイラのようにやせ細っている。医療など受けられるはずもない。そうして、ある日金子さんは、がりがりに痩せて死んでゆく。、その後、金子さんの妻はおかみさんに補償を迫るがもちろんおかみさんに、払えるわけもない。

それから間もなく金子さんの妻と子は消えるように、いなくなった、、、。


それからしばらくして、新しい職人さんが「大場電気鍍金工業所」にやってくる。おかみさんがどこかで見つけてきたようなのだ。

三好さんというその職人は元予科練で屈強な体躯の男だった。

工場に、住み込みで働くことになる。

そんな折、新しい仕事が届く。それは朝鮮戦争がらみの特需、散弾銃の研磨だった。

まずさび落としに硫酸が必要なのだが

だが肝心の硫酸がない。そしてその硫酸を買う金もおかみさんにはないのだった。

少年工の義男は自転車に乗り硫酸を一升瓶に入れてツケで買って帰ってくる、

と、、小石に乗り上げて転倒、、硫酸の原液を足にモロにかぶってしまう。

足はやけどしたが、、

幸い1週間も休めば治りそうだ。


「おかみさん、おいら家にいたくねえんだ。この部屋においてくれよ」 と義男が言うと、

「無理言うんじゃねえよ」と、三好さん。


そうです。お分かりですよね?

屈強の三好さんが未亡人のまだ40がらみ(40歳前後)のおかみさんしかいない工場に住み込み?

どう考えたっておかしいじゃないですか?

そうです.この二人はとっくに、できてたんですね。

夜な夜なの情事に、、、、、。


義男が泊まれるはずもありません。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


1週間後、すっかり治った義男が朝出勤してきて、工場で一人ゴトンゴトンと研磨しています。

ところがそこには、おかみさんも三好さんもいません。どうしたんだろう?


するとそこに通りかかった近所のせんべいやのおじさんが「おまえ、こんなところで何してるんだ」という。


おじさんはさらにこうも、言う。


おかみさんは、おととい三好さんと一緒に、夜逃げしたと、大した借金があったそうじゃないかとも、この工場もとっくに人手に渡っていることも、、。だからもうおまえは工場に来なくっていいんだと、


言い終わると、おじさんは去ってゆくのだが、、。


義男は、ぽかんとしているばかり、よく理解できないらしい。視線が定まらない義男の姿が、、。


次のページには、、、


義男が一人でゴトンゴトンと、工場でバフ掛けしてる姿がそこにある。


最初のページと全く同じ風景がそこにある、、。

義男はそうするしかなかったのであろう。

おかみさんのいない工場で

人手に渡った工場で。黙々と、バフ掛けするしかなかったのであろう。

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、

、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、


私はこれと同じことをどこかで自分が体験したように、思えて仕方がなかった。

というか、義男は、、まぎれもなくこの、私なのだ、と思えて仕方なかった。

それは、、深層意識の疑似体験?

あるいは、デジャブ?

だったのだろうか?


ところで私の姉はその後、巡業の劇団生活で、ほろがけのトラックで全国を回り、

主役にまでなりましたが所詮はしがない巡業劇団です。

主役になったから待遇が良くなるわけもなく。相変わらず食うや食わずでしたね。

実家にも音信もなく、たまーに、半年に一回ほど、

手紙が母に届くだけでしたね。「今、、和歌山県で巡業しています」

その後、

テレビのエキストラにも出たこともあったそうです、が、そこまでで

姉にそれ以上の出番はついに回ってくることはなかったようです。

そうして、、、さすがに、、

約、10年後には見切りをつけて?姉は巡業劇団をやめて、公共職業安定所で町工場の事務員の仕事を見つけて就職しましたがね。

それからどうしたかって?


その後平凡に平凡な男性と、平凡に結婚して、でも、その旦那も、結婚後12年で病死して、

姉は未亡人となり、姉は生きるために、仕事を探して自活して、

町工場の事務員、ビル管理人、喫茶店経営、などで暮らしを立てたのです。

あれから時代は音を立てて流れ去りました。

今は、、姉は?

そうです。独居老人で古びた、都営住宅で細々と年金暮らしですよ。

ところで、、

これって、

つげ義春の漫画の話なのか。それとも、姉の話なのか

なんやらごっちゃになってしまいましたよね。

でも、

まあどっちでもいいか?


そもそも私につげ義春(の漫画)を初めて、教えてくれたのが姉だったんですからね、

姉が教えてくれなかったら、つげ義春との出会いももしかしたら?なかったか

あるいは、、ずっと遅くなっていたかでしょうからね。



春に、春に、酔えば、時代は

すでに過去の波の中。

俺は

知らずに

時を数えるだけ。


はるか

遥か彼方には

桜、桜も咲いてます。

俺は桜を見てます。

そして

俺は泣いてます

ただ

泣いてます。




終わり









小夜物語の全編を読む方法は、「小説家になろう」サイトのトップページの

「小説検索」で「小夜物語」と入力して検索されれば全話が検索結果として列挙されますので

全編を読むことができます。






この作品はフィクションです。

現実のいかなる「モノ」「ヒト」とも、一切なんの関係もありません。

完全なフィクションです。

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