甘い認識とその代償
「一応、治せるところは治しておいたよ。でも、その右手指の欠損は治せない。ごめんね」
「ん?あぁ、これは随分前からある怪我だ。幼い頃に、父が魔物に殺された時のものだ。俺はこの怪我と引き換えに生き延びたようなものだ」
人間には、右手の小指が第一関節から先がなかったのだ。
それにしても、そんな思いをした人間がなぜ魔の森に入り込んだのか。魔の森はその名の通り魔物が多く蔓延っており、人間は余程のことがない限り避けて通る場所である。父親の敵討ちに魔物ハンターにでもなったのだろうか。
しかし、攻撃されないのに気絶したり、魔物に襲われないのにボロボロだったり、とても魔物ハンターとしてはやっていけそうにないんだけどな。
「何故、こんなに弱いのに魔の森に入り込んだのか、不思議に思っているのだろう」
人間は苦笑しながら私の考えていることを当てた。
「うん。魔物ハンターとしてはやって行けそうにないし」
「ハッキリ言うな。確かに、俺は魔物ハンターではない。魔物ハンターと組んで商人の護衛をして稼いでいたんだ」
「商人の護衛……」
「確かに一時期は、父親の敵を討とうと魔物ハンターを目指したこともある。でも自分のことは自分がよく分かっている。俺に魔物ハンターになる技量はない。だが、魔物ハンターになるために磨いた腕を腐らせるのももったいないし、魔物相手には歯が立たなくても、人間相手ならそこそこやれる。だから商人の護衛をしているんだ。いや、していた、かな。こんな状況じゃ、町に戻ってもまた仕事があるか疑わしいし」
なるほど。商人の護衛ならば、敵は魔物だけではなく荷を狙う盗賊など、人間が敵になることもあるだろう。魔物にはトラウマがあっても、人間相手なら大丈夫だったのかも知れない。
魔物の相手は魔物ハンターが、人間の相手はこの人間が担当したのだろう。魔物は素早く強いが策を弄したりすることは(力ある魔物など例外はあるが)あまりないし、人間は罠を仕掛けたりはするものの、魔物の素早さには遠く及ばない。なかなか上手く機能していたのだろう。
しかし、それがわかっても魔の森にいた理由は分からない。
「それはわかったけど、魔の森にいたのはなんで?商人の護衛といっても、魔の森は避けて通るはず」
「商人の意味も、護衛の意味も分かるんだな。ドラゴンが人間のように町を作っているとは聞いたことないから、何故知っているのか不思議なものだが」
えへ。それは人間のときの知識です。
「私にも色々情報源があるんだよ。ただ森に引きこもっているわけじゃないんだから!」
「それはともかく。俺があの森にいたのは、今回依頼を受けた商人が異様に急いでいてな。魔の森の端を通り抜けようと言い出したからだ」
あちゃー。端っことはいえ、魔の森には変わりない。力ある魔物は奥の方にいるとはいえ、弱い魔物はいるだろう。
弱い魔物とは言っても私や力ある魔物の基準からしてなので、人間にとっては十分脅威なことには変わりない。
「なんでそんなことを許したの?護衛は商人と荷を無事に届けるのが仕事でしょ。それが全う出来ないなら、諫めるか引き受けるべきじゃなかったよ」
「わかってる。俺たちの認識が甘かったってことも。でも、言わせて貰えばあいつの技量ならアレさえ出なければ無事通り抜けられたはずなんだ!実際、アレが出るまでは緊張感はあっても通り抜けられないかも知れないなんて危機感はなかったんだから」
タラ、レバを言ってもどうしようもないし、人間たちの認識が甘かったのは事実としても、どうやら随分と強い個体が有り得ない場所にいたらしい。といっても、魔物は植物と違って移動するし、行動範囲も広いから例外もあるわけだが。