ボルケーノ王の企み
彦三郎を長屋に送り届け、急いで山小屋に帰ろうとしたところで、目の前に、大鷹から飛び降りたダリルとアンソニーに出くわした。
ダリルが困ったような顔で、頭を下げた。
「アレックス様…。」
「早かったな、ダリル。」
「ボルケーノ王からの依頼で王妃様を攫ったのではないかと目星がつきまして、調べを進めて参ったところ、ボルケーノからお帰りになるところを見ましたので…。」
「ー兄上の言う通り、俺から王妃を奪うか。」
アレックスが大剣を構えると、アンソニーが歩み出て、指輪を見て微笑んだ。
「指輪をお使いになられたか、アレックス様。」
はっとして真っ赤になったアレックスは、アンソニーをキッと睨みつけ、怒鳴るように言った。
「便利だから使ったまでの事!」
「便利に使えるのは、心が通い合っていればの話ですよ。ほら、光ってる。きっと王妃様の指輪も光っていらっしゃる事でしょう。」
「冗談が過ぎるぞ、アンソニー!お前から真っ二つになるか!」
「それは今暫くご容赦を。まずはお話しをいたしませんか。ボルケーノ、どうも様子がおかしゅうございます。いずれにせよ、このままほおっておくには危険な気がいたします。」
「ーそうだな…。そうしよう…。」
麒麟国の宿屋に入ると、アンソニーはまず聞いた。
「先ずはアレックス様の真の目的を伺いとう存じます。」
アレックスは気まずいのを隠すように、不機嫌な顔で答えた。
「ー王妃の病を治して、自由にさせてやりたい…。」
アンソニーは満面の笑みで手を叩き、ダリルに言った。
「ほら!やはり私の読み通りだったではないか!」
「そ、そうだな…。」
ダリルは困り果てた顔をしている。
「アンソニー、ダリルは兄上の命に背くわけには行かぬと、困った顔をしているぞ。」
「左様。しかし、アデル様のご命などと些末な事を申している時ではない。」
ダリルが真っ青になった。
「さっ、些末だと!?アンソニー、貴様血迷ったか!」
「ダリル、調べて分かったであろう?事は世界を揺るがす大問題ぞ。」
ダリルは黙り込み、アレックスが聞いた。
「世界を揺るがす?ボルケーノ王が悪魔の様になっているからか?」
「アレックス様も何かお調べに?」
「ボルケーノ王の所に、石を持つ男を連れて行って、何をしたのか見た男を助け、話を聞いた。手を伸ばすだけで、石を取り出し、その者は死に、ボルケーノ王はその石を飲み込み、角が生え、まるで、鬼か悪魔のような姿になったという話だった。助けた男は相当な手練だが、斬りかかったのを、いとも簡単に手で払われただけで、部屋の隅まで吹っ飛ばされたそうだ。力も人間離れしてしまっている。」
「そうですか。石を体内にとりこんでいるのですね、」
「うん。取り出した石は凶々しい色をしていたと、その男は言っていた。」
「つまり、邪悪な物ということですね。」
「その様だ。」
「ボルケーノ王の様子までは、我々は掴んでおりませんでしたが、その様子だと、我々が掴んだボルケーノ王の目的は当たっているようです。アレックス様もお気づきでしょう?ボルケーノ城に近付くにつれ強くなる、あの凶々しき死霊の気配。」
「ああ。」
「ボルケーノ王は、心の臓の石を使い、世界を混沌たる姿に変えようとしているのでございます。」
「ーあの世とこの世がない交ぜとなる世界か。」
「はい。神の力が及ばぬ世界でございます。ボルケーノ王が欲する心の臓の石は世界で8つございます。集まったのは、既に7つ。ボルケーノの地は既にあの世とこの世が入り混じっております。」
「ーマリアンヌの最後の1つが加わったら、世界に広がってしまう。」
「そうなります。」
「しかし、そんな邪悪な石が体内に入っていて大丈夫なのか。」
「元々、この石は、不浄なものではなく、極めて清浄なものだったのです。ただ、本来、人間の身体の中にあるべきものではない為、お身体に不具合が生じたり、邪悪な物になるのではないかと。」
「つまり、生まれつきではなく、後から入ったのか。」
「その様です。」
「なんで入ったんだ、そんなもの。」
「太古の昔、この世界に8つの宝石があったという言い伝えがございます。8つの石はそれぞれの国の地中深くに眠り、黄泉の国からこの世界を守る結界の役目を果たしていたと。」
「つまり、地中にあった時は聖なる石だったわけだな。それで?」
「それが何らかの理由により、地中から出て、避難せねばならぬ事態になり、8人の体内に入ったのではないかと。」
「そのなんらかの理由とは。」
「只今調査中でございます。邪悪な石になったのは、これは飽くまで私の勘のようなものですが、石を抜かれた者達は、邪悪な人間だったのでは?」
「そうらしい。お尋ね者や詐欺師。牢屋送りにならないまでも、悪い奴で、人様を困らせていた様な奴ばかりらしいが。」
「石の状態は環境で左右されてしまうのかもしれませんね。兎も角、ボルケーノの計画は阻止せねばなりますまい。竜国の騎士として。」
そう言って、アレックスをニヤリと笑って見つめると、アレックスは苦笑して頷いた。
「分かった。兄上と取引しよう。ボルケーノを手に入れてやるから、マリアンヌは諦めてくれと。」
「はい。」
「これならいいか、ダリル。」
「はい!申し訳ありません!」
ダリルもほっとしたところで、アンソニーが言った。
「そしてアレックス様、もう1つお願いが。」
「なんだ。」
「王妃様にお目通りを。」
「……。」
「石に触れれば、何か分かるかもしれませぬ。」
触れると言っても、アンソニーの力なら、手をかざすだけだ。
アンソニーは聖魔導士である。
聖なる神や精霊の力を借りて、魔法を使う。
そこら辺の呪い師や、増して黒魔道士といった外道とは訳が違う。
それに幼い頃からずっとアレックスに仕えて来てくれていた。
家来というより、幼馴染に近い。
そのアンソニーが裏切ったり、アレックスが良しとしない事をするはずが無い。
マリアンヌは引き渡さないという事にもなったし、アデルのやり方を2人が良しとしていない事も、アレックスは知っていた。
「いいだろう。兄上との取引が済んだら連れて行く。」
ダリルの大鷹からアレックスの手紙を受け取ったアデル王は、声高らかに笑った。
「ボルケーノは取ってやるから、マリアンヌ王妃は寄越せか。大きく出たな、アレックス。良かろう。やって見せろ。」
アデル王は、許可と共に、軍勢を送る事をしたためた手紙を、大鷹の脚に結び、飛ばせた。
アデルからの返事を待つ間、アレックスはアンソニーと話していた。
「ボルケーノ王は何故、世界を混沌とさせたいんだ。」
「さあ。それはハッキリとは私にも分かり兼ねます。ただ、10年前の火砕流をボルケーノ王は止められず、また、操ることもできなかった。そして多くの民や家屋を失うと同時に、ご自身のご子息も奥様も亡くされたと聞いております。魔力が衰えたのではないかと噂され、王宮の奥深くに引き篭もられた…。人間、孤独になると、ろくな事を考えませぬからな。」
「全て無くなって仕舞えば良いと?」
「そうかもしれません。もしかすると、神に怨みを抱いたのかもしれませんし。」
「神に…怨み?」
「はい。ボルケーノ王は、聖なる力で、火山を使い、国と民を守ってきました。その火砕流の前までは、それはそれは評判の高い立派な王だったと聞いております。ずっと神を信じ、神にお仕えしていたところに、制御不能の火砕流で全てを失った。神に裏切られたと思っても、不思議ではありません。」
「そのせいで混沌の世界にさせ、神の力の及ばぬ状態にし、自ら神となるつもりか。」
「かもしれませぬ。」
「どう止める。ボルケーノ王を殺すしかないのだろうか。」
「今の状態ですと、それしか道はございませんが、1つだけ、別の可能性はございます。」
「なんだ。」
「今までボルケーノ王の体内に入った石は全て持ち主の悪い心を吸い込んだ、不浄の物になっておりました。しかし、マリアンヌ王妃様は、お心の大変お美しい方と聞いております。王妃様の石が清浄なままであれば、その石をボルケーノ王が飲み込めば、全ての石もボルケーノ王も浄化され、元に戻るのではないかと思…。」
アンソニーが言い終える前に、アレックスは大剣に手をかけ、怒り出した。
「アンソニー!石を抜いたら、死んでしまうんだぞ!俺は王妃を殺すのではなく、自由に生きさせたいんだ!」
アンソニーは悲しそうに平伏した。
「最後までお聞き下さいませ。ですから、その手は使えぬから、ボルケーノ王を殺すしかないでしょうと言いたかったのです。全くもう、その短気はお直し下さいと、何度も申し上げておりますのに。」
アレックスはバツが悪そうに、椅子に座り直した。
「悪かった。」
その顔を見て、アンソニーは笑っている。
「なんだ。」
「王妃様をそこまで大切に思っておられるのですね。指輪でも、お二人の心は通い合っていると証明されています。やっと腰を落ち着ける気になられましたか。」
再び大剣に手をかけ、真っ赤になるアレックス。
「お前は俺に喧嘩を売っているのかあ!そこへなおれ!真っ二つにしてやる!」
そこへ丁度部屋に入って来たダリルは、青い顔で立ちすくんだ。
「どっ、どうされました…。アンソニー、今度は何を言っちまったんだ…。」
「いや、何でもない。いつもの照れ隠しをなさっているだけだ。どうした、ダリル。」
「アデル様からお返事が来たのだ。アレックス様、好きにやれとの仰せにございます。軍勢をボルケーノ国境に寄越してくださるそうです。」
「分かった。では一度小屋に戻って、こちらも準備してから行こう。」