彦三郎救出
城に近づくに連れ、より一層、先程から感じていた、あの魔導士の言う闇の力が強くなって行くようだった。
異臭も時折ではなく、ずっとしている。
城を守る衛兵も殆ど居らず、警備も何もしていない。
数人居る者も、皆、虚ろな目で、何処を見ているのかというような目をして、アレックスの事も目に入っていない様だった。
ズカズカと城内に入っても、誰も咎めない。
死んでるも同然の様な生気のない目をしている。
調べるには好都合だが、なんとも気味が悪い。
アレックスは、足早に城内に入り、城の裏側に周り、城の内部へと入り込める入り口を探そうとしたところで、死体の山を見つけた。
丁度、6、7体ある。
嫌な予感を抱えながら、さっき聞いた、石を持つ者の特徴を思い出しながら探すと、ピッタリの人間が3人見付かった。
3人共、傷は一切無く、真っ白な顔で、ポカーンと呆気にとられたような顔のまま死んでいる。
そして、胸には小さなライム位の大きさのへこみがあった。
恐らく、ここに石が入っていたものと思われる。
石は心臓に害を為すものなのかもしれないが、石を抜かれると、死んでしまうようだ。
やはりマリアンヌは連れては来れない。
そして、もう一つの気掛かりは、彦三郎だ。
連れて来た者が、石を抜かれ、死んでしまったのを見届けた彦三郎は、口封じに殺されてしまったのかもしれない。
死体の山を焦って探していると、死体の更に下の方から、微かに声が聞こえた気がした。
「誰かいるのか!?」
アレックスが声を掛けると、返事が聞こえた。
「助けて下されー!」
この口調は彦三郎だ。
アレックスは、急いで死体をそこから取り払った。
すると、金網の様な柵があり、下の暗がりで、みるからにボロボロで、真っ黒になった彦三郎が、泣きながら叫んでいた。
「その声は、アの字かああー!」
アレックスはほっとして笑い出した。
「だから、アの字は止めてくれって言ってんだろう?ちょっと待ってろ。」
「あい分かった!」
アレックスは、大剣を出すと、気合いを入れて、金網を一気に斬り、念の為いつも持っているロープを垂らした。
彦三郎は登り切ると、アレックスに抱きついた。
「かたじけないー!助けに来てくれようとはああー!」
「まあ、仕事のついでだ。無事で何より。5人の子供たちに、死体の髷を持って行かずに済んで良かったよ。」
「ううううー!済まないいいー!」
「ー彦三郎。」
「何かあー!?」
「ー臭うな。」
彦三郎は、ぱっと離れた。
「すまん。この地下は死体の坩堝でな。ずっと居たら、臭いが移ってしまった様だ。」
「大変だったな。兎も角、話が聞きたい。宿屋でこざっぱりして、飯を食ってから話を聞かせてくれ。」
「うむ。腹ペコだ。」
「どうやって生きてたんだ。」
「地下には水が流れていてな。それでどうにか。たまに水と一緒に死体も流れて来て、俺は人間で無くなるのかと思うたが。」
「大丈夫。ちゃんと人のままだ。じゃあ、行こう。」
風呂に入り、さっぱりしながら、ステーキをがっついて食べつつ、丸で礼のように、立て続けに喋り始めた。
「礼金を貰い、かの男を送っていくから、待ってると言うたら、そうかと言うなり、先に連れて来られた2人の男と、俺が連れて行った男、3人並べて、男達の心の臓の辺りに手を伸ばしてな。次の瞬間には何とも不気味な色をした、宝石の様な物を3つ手にしておった。
そしたら、かの男は倒れてしまったのだ。
俺が慌てて駆け寄ったら、死んでいた。
ボルケーノ王に文句を言うたが、聞こえても居ない様子で、その宝石を飲み込んだのだ。
ボルケーノ王は、宝石の色と同じ、凶々しき色の息を吐き、やっと俺を見たが、もう人間の目では無かったな。
麒麟国のお伽話の鬼のようであったわ。
俺は頭に来た。
この男を元気にしてやってくれるのではなかったのかと、ボルケーノ王に食ってかかり、斬り捨ててくれようとしたら、なんと、片手で払われただけなのに、部屋の隅に吹っ飛んで行ってしまってな。
その部屋の隅に、穴が開いておって、そのままストンだ。
あの地下水路の様な所に落ち、出口を探して歩き回ったが、出口は無く、死体にしか会わず。
天井から、ほんの少し日が差して来る所を見つけたが、登れず。
誰か通りかかるのを待っていたら、先程殺された、男3人が選りに選って、アの字が斬ってくれた金網の上にドサッと捨てられてしまった。
このまま子供達にも会えず、今度産まれてくる子にも会えずに死ぬのかと絶望しかかった時、死体を動かす者が現れた。
それがお主だ。
アの字は命の恩人だ。この借りは必ず返すぞ。なんでも言ってくれ。」
ボルケーノ王の得体の知れない様子も詳しく聞きたいところだったが、先ず、アレックスが1番気になったのは、その部分では無かった。
「また子が産まれるのか!?」
彦三郎は腕の立つ侍だ。
なのに、何故、侍として国の為に働かず、賞金稼ぎなどで稼いでいるかといえば、一重にあまりの子沢山で、侍の給金だけでは、食って行けないからである。
賞金稼ぎをやっている今だって、生活はかなり苦しく、長屋と呼ばれる、麒麟国独特の小さな家が連なって立っている、一軒一部屋しか無い狭い家に、家族7人でひしめき合って住んでいるのに、更にまた子供が増えるという。
この先暮らしていけるのかと心配になるアレックスをよそに、彦三郎は、幸せそうに頬を緩ませて言った。
「そうなのだ。今度こそはおなごだろうと、奥とも話しておるのだが、どっちだと思う?」
今の所、彦三郎の子供は全員男である。
もしかしたら、女の子が欲しくて、増え続けているのかもしれない。
だからアレックスは、祈るように言った。
「女だといいな。俺も切にそう願う。」
「ん?アの字が切に願うてくれるのか。それはかたじけない。」
「それで、ボルケーノ王の様子だが、もう少し詳しく聞かせてくれないか。」
「そうだな。隣国の王故、瓦版などの肖像画で見た事はあるが、随分と面変わりしておったわ。人間とは思えん。3つの石を飲み込んだ後は、角まで生えて来ておったぞ。」
「鬼の様だと言ったな。」
「うむ。」
「しかも、心の臓の石を取り出すと、死んでしまうと。」
「その様だ。」
「地下水路にあった死体は何だろう。」
「暇だから、俺も供養がてら見て回ったのだが、一様に無傷で、魂を抜き取られたかのような、惚けた顔で死んでおった。もしやではあるが、心の臓に石があると間違うて連れて来られ、石が無かったから、心の臓を抜かれてしまい、要らぬとばかりに、捨てられたのかもしれぬ。」
「成る程な。でも、ボルケーノ王は神官だったはずだ。それを聞いていると、まるで神に逆らう様な、間逆の事をしているな。」
「うむ。俺もそう思う。神官の為す所業では無い。むしろ、黒魔道士と呼ばれる人間のする事、いや、黒魔道士でも、あそこまではせぬか。あんな凶々しき石を飲み込み、まるで自ら鬼になりたいかのようだ。」
「自ら鬼になるか。」
「ーとはいえ、約束を違えたは腹立たしいが、石を抜き取られて死んだ者、皆、悪党ではあった。因果応報なのかもしれぬがな。」
マリアンヌは因果応報にはならない。
やはり、絶対につれてくるべきでは無いと確信した。