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王妃の宝石  作者: 桐生初
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賞金稼ぎアレックス




ーまだ神話や伝説が現実のものとして存在していた、遠い昔のお話ー





見るからに竜国の騎士と分かるその男は、漆黒の癖の無い髪に黒いマントを羽織り、中のシャツもズボンも黒という黒ずくめの出で立ちで、黒い馬に乗って、ペガサス国という小さな国の城下町を歩いていた。


全て黒の中、腰からぶら下げた装飾の見事な銀色の大剣。

剣術で有名な竜国の騎士の中でも、ここまで大きな大剣を持つ者は居ない。


握り手は四角い穴が開き、竜国の紋章である竜の見事な彫り物がしてある。

そこに手を入れ握るのだが、身の丈が180センチ以上はあるその騎士が腰に差しても、地面スレスレになるほどの長さがある。

厚さも一般的な剣の3倍はあるし、刃は諸刃で20センチ程はある。


相当な重さだろうが、その騎士は端正な目鼻立とは裏腹にかなりの力があるらしく、物ともせずに腰に下げ、そして剣の重さも感じさせない動きで、それを操る。


彼は裏の社会ではかなりの有名人で、その腕前を知る者は、誰も歯向かわない。


彼ーアレックスが幅を利かせている裏社会とは、賞金稼ぎ業界の事である。


彼は故あって賞金稼ぎを生業としているのだが、それにしてはいい身なりをしており、裏の社会でも、謎めいた男と思われている。


アレックスは、愛馬のラグナをペガサス国の下町にある酒場の前に繋ぎ、中に入った。

地元の男達に話し掛け、酒を奢ってやりながら、仕事の前に市井の情報を得るのが彼のやり方である。


「どうだ、今度の王様は。」


葡萄酒を注いでやりながら尋くと、すっかり出来上がっている商人風の男が答えた。


「前の王様よか随分いいね。なったばっかの頃はあんなボンクラの気弱そうな奴で大丈夫かと思ったが。」


すると、横のパン屋だと言っていた男も言った。


「ありゃあ、獅子国から来た、マリアンヌ王妃様のお陰だ。みんなそう言ってるぜ。」


周りの男達も頷き、口々に言う。


「流石獅子国の王女様だよ。民百姓の事もよーく考えて、政してくださるからな。」


「あの可愛らしい王女様の助言が無かったら、ボンクラのままだ。」


「そうそう。このまんま、ここも獅子国になっちまえばいいんだよ。獅子国はデカイし、民百姓、大事にしてくれるって、戦争ばっかしてる竜国からは、みんな逃げてんじゃねえか。」


今のペガサス王は、先代の王が政を嫌い、早く隠居したがった為、元服して直ぐに王位を継ぎ、ボンクラカールと、評判もよろしくなかったが、隣接している大国の獅子国王が、目に入れても痛くないほどのかわいがりようという、1人娘のマリアンヌ姫を嫁がせた。


獅子王は流血を嫌い、領土拡大にもなるべく戦をせずに済む方法を選んでいる。

恐らくマリアンヌ姫を嫁がせたのも、この様に獅子国から来た姫の評判を上げ、世継ぎが産まれたら、そのままペガサス国を乗っ取るつもりと思われる。


王妃の話題が出ると、アレックスの目がほんの少し輝いた。


「その姫…、いや、もう王妃様か。そんなにいいのか。」


「ああ。その年の作物の出来で税を決めるってのも、王妃様の御忠告で出来た制度だ。それにちっとも贅沢しねえ。外に出る時のドレスも、嫁入りん時に持って来たもんを取っ替え引っ替え着て、買ったり、作ったりなさらねえって聞いてるぜ。」


「おう。それは本当だ。仕立て屋のエドモンドが言ってたぜ。前王妃のババアは相変わらず似合いもしねえ派手なドレスをこさえるが、王妃様は全く作らねえって。民のお陰で暮らせて居るのですからってよ。」


「あのボンクラカールには出来過ぎの嫁さんだぜ。そんでゴツい女かと思いきや、天使の様に愛らしいお姿だ。あのボンクラでなくたってメロメロにならあな。」


「あれでお世継ぎがお産みになれりゃあなあ。」


肉屋のセリフにアレックスが更に興味を示した。


「世継ぎが出来ねえのか。」


「いや、出来たんだよ、2回。でも、お身体がお弱いらしくて、2回とも流れちまったんだと。」


「ちょっと走ると、青くなって倒れちまうらしいじゃねえか。ありゃ心の臓がお悪いからだって、そんこの医者が言ってたぜ。」


アレックスの目が、獲物を見つけた様に輝いた。


「心の臓?」


「おう。心の臓に何かあって、それが心の臓の動きを妨害しちまってんだって。そこの医者ってえのは、王宮に出入りしてる医者だから、間違い無えよ。あ、内緒だぜ?旦那。」


アレックスはこくりと頷きつつ、ニヤリと笑った。


その心臓の動きを妨害している何かを彼は知っている。

今回の依頼品は、マリアンヌ王妃の中にあると見て間違いなさそうだ。


そして、マリアンヌ王妃をペガサス国から奪い取るのは、彼の母国にとっても好都合である。

マリアンヌ王妃が獅子国の要である限り、敵国であり、ペガサス国を狙っているライバルである竜国にとって。

しかし、獅子王は一筋縄では行かない。

マリアンヌ王妃が攫われたとなれば、混乱の極みと化したペガサス国に乗り込み、ペガサス王を叱責し、あっという間にペガサス国を掌握してしまうかもしれない。


ーまあそっちはいいか。兄上の仕事だ。


アレックスは酒場を出て、再びラグナに乗り、森の中に入ると口笛を吹いた。

バッサバッサと大きな羽音と風を切るような音と共に、人が2人は乗れるかという程の大きな鷹が降り立った。


「イリイ、これを兄上の所へ届けてくれ。」


アレックスがイリイと呼ばれた鷹の脚に手紙を縛り付け、頭を撫でると、アレックスに親愛の情を示す様に頭をこすりつけ、飛び立った。




イリイが竜国の城のバルコニーに降り立つと、上下白の寛いだ出で立ちの若い王が出て来た。


「ご苦労だったな、イリイ。」


家臣に肉を用意させ、イリイが食べている間にアレックスからの手紙を読む。


「やはり、獅子王は姫を使って、ペガサス国を乗っ取る気だな。アレックスが姫を攫ったら、それも早まるだろうな。」


若き王は肉を食べ終えたイリイの頭を撫でた。


「少し待っていてくれ。」


手紙を書き、イリイの脚に結ぶ。


「アレックスに宜しくな。」


イリイが飛び立つと、家臣に言った。


「馬を引け。出陣の準備だ。ペガサス国に向けて兵を進めよ。ただし、隠密にな。」


ここ、竜国もまたペガサス国に隣接している。

ペガサス国は、獅子国と竜国という大国に挟まれた小国だ。

この世界はペガサス国の様な小国が7つ程と、大国である獅子国と竜国、そして得体の知れない国となったもう一つの大国で出来ていた。




イリイが届けた手紙を読むと、アレックスは苦笑した。


「何故王妃を攫うのかは聞かぬか。流石兄上。」


つまり、アレックスの仕事には一切口を出さない代わりに、当然失敗しても助けないし、責任も取らない、何があっても無関係を貫くという事だ。


「じゃあ、イリイ。後でな。」


アレックスは滑車の様なものを使い、バルコニーに降り立つと、道具を使って、窓を開けた。

ビロードの薄いピンク色のカーテンが風でそよぎ、アレックスがそっと部屋の中に入ると、マリアンヌ王妃は窓辺の椅子に座って、本を読んでいたらしく、驚いた顔でアレックスを見た。


今はかなりの深夜である。

まさか起きているとは思わず、アレックスの方も驚いた。


「マ、マリアンヌ王妃?」


「はい。」


そして、話も通じない程に、室内に響き渡る、野獣の唸り声の様な大音量の重低音の音源を見て、アレックスは更に驚き、言葉を失ってしまった。


その音源は、ベットで寝ているカール王の鼾だったからだ。

カール王は、口をパックリと開け、なんともアホ丸出しという顔で熟睡している。

この時代、王とは騎士であるべきである。

それが、いくら音もたてずにとは言え、侵入者があったにも関わらず、目覚めもしないで熟睡し続けているとは。


ー聞きしに勝るボンクラだな。


王妃は叫び声も上げず、アレックスを見上げている。

アレックスは気を取り直して言った。


「俺と来て頂く。」


「はい。」


「はい?あなた、幾ら何でも素直過ぎやしないか。どこに連れて行かれるかも分からないし、俺が極悪人だったら、どうするつもりだ。」


マリアンヌは、楽しそうに笑った。


「何がおかしい。」


「本当の極悪人は、そんな事言わないでしょう。それに、ここに居るより、良い気がします。あなたはいい人そうだわ。」


「何故そんなことが言える。」


「目を拝見すれば分かります。あなたは悪い事をするような人ではありませんわ。」


アレックスはどうしたらいいか、一瞬分からなくなった。

噂通り可愛らしいこの姫に、面と向かって褒められ、照れくさくなってしまったのかもしれない。

そして、この姫は、ここから出たがっている。

それも、アレックスには、意外な事だった。

確かに、この煩い鼾をかくボンクラ夫は、この賢そうな姫には、ストレスかもしれない。

でも、獅子王の手先では無かったのか。

しかし、目の前のマリアンヌ王妃は、どう見ても、好んで、策略家の手先になるような人柄には見えない。

本当は、獅子王の策略の手先となって、こんなボンクラの所に嫁がされたことをは、不本意だったのだろうという気がした。


「つかまれ。」


アレックスは、王妃を抱き上げ、自分の首に王妃の細い腕を巻きつかせると、片手で抱え、滑車を掴んで、一気に森に抜けようとした。

ペガサス兵は、王程ぼんくらでは無いようで、部屋を出た所で、下で警備をしていた衛兵が気付いた。


「敵襲!曲者だ!」


アレックスは背負っていたボウガンを出し

片手で矢を放ちながら叫んだ。


「王妃は頂く!」


抱えられている王妃を見た衛兵は、矢を射るのを止めた。


「王妃様に当たる!攻撃中止!」


その隙にアレックスは口笛を吹き、イリイが現れると、滑車から王妃を抱きかかえたままイリイの脚に飛び移り、飛び去った。




あっという間に、ペガサス国を抜け、飛んでいくイリイに乗って、王妃は目を輝かせて、楽しそうに笑って言った。


「まあ、凄いわ。あっという間に麒麟国が見えて参りましてよ。」


「今夜は麒麟国で夜明かしだ。」


「この子は行き先が分かっているのですね。」


「ああ。馬も運んで置いてくれたはずだ。」


「賢いいい子ね。お名前は?」


「ー俺?」


王妃は、何故聞くという様なキョトンとした目でアレックスを見た。


「いいえ。この子の名前です。」


「ーイ、イリイだ。」


「いい子、イリイちゃん。」


イリイは機嫌よさげに一回転し、アレックスに指示されていた通りに、山の中の小さな小屋に降り立った。


「今夜はここに泊まる。寒ければイリイにくっついていろ。」


王妃はアレックスに手を取って貰って、イリイから降りると、イリイに礼を言いながら、頭を撫でた。

イリイは、アレックスにするのと同じ様に、王妃に頭をこすりつけた。


「俺以外にそれをやった奴は居ない。」


アレックスが驚きつつも冷静に、若干ぶっきら棒に言うと、王妃は嬉しそうに微笑んだ。


「そうなのですか。好きになって貰えたのかしら。」


イエスと答えるかのように、また頭を擦り付けるイリイ。


アレックスは、小屋のベットを使う様に王妃に言い、イリイにもベットの上に乗る様に言うと、イリイは、王妃を温めるように、翼の中に入れてくれた。

アレックスは1人、木のテーブルセットの椅子に座り剣とボウガンの手入れを始めている。


「ところで、どこへ行くのですか。」


アレックスは思わず吹き出してしまった。


「やっとその質問か。」


「だって、楽しいんですもの。」


「俺はあなたを攫ったんだぜ?」


「そうでも、父の国取りの為の策略の手先になっているよりいいですわ。」


やはり、王妃は策略の手先となっている事を良しとして居なかったようだ。


「ーあなたも国同士の争いを嫌ってる?」


「ーええ。血を流さない様にする為に、随分と汚い手を使って他国を掌中に収める父のやり方も嫌です。かと言って、力づくで国を奪うやり方も感心しませんけれど。」


力づくでというのは、竜国の事を言っている。


「国同士の争いでいつも犠牲になるのは、国を支えてくれている民です。何故、自分の国で満足しようとしないのでしょうか。他国の物が欲しいのなら、仲良く商売をすればいいではありませんか。」


「ーそれを父君に言った?」


「ー言いました。笑われましたけれど。」


「俺も兄に言って笑われた。」


王妃は、アレックスの大剣とイリイを見つめた後言った。

イリイの様な純潔の大鷹は、竜国にしか居ないし、限られた人間しか持てない筈だった。


「貴方はもしや、竜国の第二王子?」


「ああ。剣の紋様とイリイで分かったのか。」


「ええ。それと、父から聞いた事があります。竜国には変わり種の王子が居る。彼が跡目を継いだなら、また違っていたかもしれないと…。」


アレックスは、大剣を鞘に収めると、自分のマントを王妃に被せた。


「貴女をボルケーノ王国に連れて行く。」


「ボルケーノ王国ですか。」


「そう。ボルケーノ王が心の臓に石だか宝石だかを持つ者を探している。王族の物ともなれば、高値は勿論だが、もう一つ目的が出来た。」


「何ですか。」


「その心の臓にあるものを取り出せば、元気になれるそうだ。貴女を元気にして、自由にしてやる。」


ボルケーノ王国とは、その名の通り、火山の王国である。

ボルケーノ王は、火山の力を自在に操り、魔力を持つと言われていた。

心臓から無傷で、石だか宝石だかを取り除くなんて事も出来そうな人物ではある。


「ボルケーノ王は、その石だか宝石だかを欲して居られるのですか。」


「そうらしい。」


「何に使うのでしょうか…。」


「さあな…。あそこは10年前の火砕流で、民家も田畑も荒れたままだ。復興にでも使うんじゃないか。あとは、魔力の回復とか…。」


「そうですか…。」


王妃の暗い顔を見て、アレックスは、ボルケーノに行く事を不安に思っているのではないかと思った。

確かにボルケーノ王国は10年も荒れたままにしていたお陰で、無法地帯となり、一般の人間は近づけない程の、荒くれ者が集う国に堕ちてしまっている。


「安心しろ。あそこに貴女1人を置き去りになどしない。石を抜いて貰い、元気になったのを見届け、行きたい所まで送って行く。」


「どうしてそこまでして下さるのですか。」


アレックスは、苦笑して、目を逸らした。


「さあ…。気まぐれだ。」


「ーあの…。お名前は?」


「今度は誰のを聞いている。」


ちょっと意地悪く笑って言うと、王妃は申し訳なさそうに答えた。


「ごめんなさい。貴方です。」


「アレックス。周りの人間はそう言っている。」


「ーありがとう…。アレックス…。」


「顔色が悪い。もう寝ろ。」


「はい。おやすみなさい。」


目を閉じると、疲れていたのか、王妃はすぐに静かな寝息を立て始めた。

アレックスは、紙のように真っ白な少女の様な寝顔を、暫く見つめていた。

自分と似ている。

そう思った。

王家に生まれ、その王家のやり方に反発を抱き、かといって変える事も出来ず、アレックスは王家を飛び出し、兄の斥候の様な事をして、小遣いをもらいつつ、何でも屋の賞金稼ぎで、生計を立てている。

だが、王妃マリアンヌは、逃げ出す事も出来なかった。

この心臓にある石だか宝石だかのせいで。

こんなに美しく、可愛らしい、性格も良い姫なのに、あんなボンクラの所に嫁がされ、2度も流産する羽目になり…。

らしくなく、救ってやりたいと思っていた。




















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