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  作者: 白城縁
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親友(なかま)……そして。

第四話 親友(なかま)……そして。


 記憶(ゆめ)から覚め、ゆっくりと目を開けるとそこには真っ白い天井が現れた。僕は何度も見たことのある景色と独特の匂いでここが病院である事がわかった。


 何があったんだっけ……


 しおり……そうだ、栞。僕は栞に逢ったんだ。


 あの時は誰だかわからなかったが、記憶を少し思い出せたお陰か、あの少女が栞であることが何となくだが分かった。


「栞……」


 僕が誰に投げかける訳でもなくそう呟いたと同時に隣からあの少女の声が聞こえてきた。


「翔君……」


 人が近くにいたと言うことに気がつかなかった驚きをほんの少しの安心感が僕の心を落ち着かせていた。


 僕は無意識の内に涙を流していた。どれだけ悲しい事や辛い事があっても流れなかった涙が堰を切ったかのようにとめどなく流れていた。


 あぁ……涙を流すのってこんなに気持ちが楽になるんだ……


 僕は今更ながらこの事実に気がついた。


 僕が涙を流しているのを見て栞は驚きを隠せないでいる。


「か、翔君……大丈夫!?」


 栞は少し恥ずかしながらもゆっくりと僕を抱きしめてくれた。


「栞……迷惑を掛けてしまいましたね。あの時、公園で逢った時。僕だって気付いていたんでしょう?辛い思いさせましたね」


 僕も少し恥ずかしいと思いながらも僕からもギュッと栞を抱きしめた。ただそれだけの事なのに、僕はかなり安心していた。


「っく、私こそごめんね。あの時、言った言葉ずっと忘れられなくて。思い出すたびに苦しくて。あの言葉で私は翔君を傷付けてしまった。そんな周りに流されてばかりの自分が嫌いになって、自分のことを信じられなくなってしまった。あの頃に伝えられなかった言葉。今なら言えるよ。私は天野翔のことが大好きです」


栞は最初の方は泣きながらだった言葉が最後の方になるにつれ気持ちが込められた言葉に変わっていくのがわかった。


「僕も、好き、でした。多分今も」


そんな曖昧な僕の言葉に栞は本当に可愛らしい微笑みで返してくれた。その微笑みが一瞬誰か違う人に見えたのは僕の気のせいだったのだろうか……


「あのぉー。お二人さん?私がいた事に気付いてないんですかね?」


 僕たちが周りも気にせず自分達の世界に入っている入口の方から奈穂の声が聞こえてきた。僕と栞は同時に驚きの声をあげ、お互い顔を真っ赤にしながら離れた。その時に見えた奈穂の寂しそうな顔が印象に残った。


「な、奈穂いるならいると言ってくれると嬉しいんだけど?」


 僕は栞と抱きあっていたことが見られたのが恥ずかしく少し皮肉めいた口調で奈穂に言葉をかけた。


「せっかくお見舞いに来たっていうのに天野君と栞ちゃんが抱き合ってるんだもん。私どうしたらいいかわからなくって~」


 奈穂も僕に負けじと皮肉めいた口調で返してきた。そんな僕と奈穂のやりとりを見て栞はあたふたとしている。


「栞、心配しなくてもいいですよ。こんなの日常茶飯事ですから」


 僕と奈穂が喧嘩でもしているように見えていたのか心配そうにしていた栞に対し言葉をかけた。


「そうだよ、栞ちゃんいつもの事だから~」


 奈穂も僕の言葉に同意するように栞の肩を軽く叩いている。


 僕はそんな二人を見て急に申し訳ない気持ちになった。自分の勘違いや我が儘で栞と奈穂を傷付けてしまったという事。今更謝ってどうにかなるかわからなかったけど僕は謝らずにはいられなかった。


「すみません、二人共」


 簡単な言葉。たった一言なのに奈穂には3ヶ月、栞に対しては5年も掛かってしまった。


 そんな僕の言葉に驚いたのか二人とも目を丸くしている。


「どうしたの?急に謝りだして?」


 栞は何があったのかわからないといったような表情。


「やっと素直になったね。天野君」


 奈穂はふっと少し微笑んだ後、お姉さんぶった表情で。僕に対して言葉を返してきた。


「僕は……人が怖いんだ、信じることが出来ないんだ」


 僕は二人に対してゆっくりと過去(トラウマ)を話し始める。


「僕がまだ小学校に上がる前。ある事件が起きたんだ。その日は雲一つない綺麗な星空が見える夜だった。僕はいつものように幼稚園で母親の迎えを待っていると、急に変な胸騒ぎがしたんだ。いつもの時間になっても両親は幼稚園に現れる事はなかった。こんな事は初めてだった。どれだけ仕事が忙しくても二人のうちどちらかは必ず迎えに来てくれたんだ。」


 僕は一息をついて二人を見る。二人共僕の話を真剣に聞いてくれている。僕は一度深呼吸をしてから話を続ける。


「胸騒ぎは次第に大きな不安に変わっていった。両親に何かあったのではないか?幼いながらも僕はそんな事を考えていた。そんな事を考えていると電話が急になったんだ。僕はこの音を聞いて少し安心した。あぁ少し遅くなるって事を伝える為に電話してきたのかなんて、勝手にそんな事を思っていた。そんな甘い幻想は先生の言葉によって打ち砕かれた。両親が死んだ、と。ただ死んだだけなら、そんな事をいうのも可笑しんだけど。事故とかだったら納得できる。でも死因は自殺だったんだ。信じられなかったよ。心をナイフで抉られたような気持ちだった。その時からかも知れない、『泣けなく』なったのは。僕は葬式の時も、死んだ両親の顔を見ても涙を流すことはなかった。周りにいた親戚たちは僕の事を気味悪がっていたよ。『感情のない子』親戚たちの間ではそう呼ばれていたみたいなんだ。そんな僕を引き取ってくれたのが今一緒に住んでいる叔父さんと叔母さん。感情表現がうまく出来なくなった。僕を親身になって育ててくれたんだ。叔父さんたちのおかげもあって、当初予定していた学校ではなく少し離れた小学校に通うことになったんだ。噂の届いていない所の小学校に。両親が自殺しているなんてイジメの恰好の的だろう?今では本当に感謝してるよ。あんな可愛げのない僕のために一生懸命働いて、今だって高校の学費だって払ってくれている。僕は本当に両親のように二人を慕っているよ」


 僕はもう一度深呼吸をした。二人をみると少し目に涙を貯めている。


「これが僕の過去(トラウマ)の一つ。もう一つは栞なら知ってるよね?」


 僕は栞に笑いかける。栞は申し訳なさそうに、静かに頷いた。


「この過去(トラウマ)のせいで僕はうまく人とコミュニケーションを取れなかった。そんな僕を救ってくれたのが栞や奈穂、井上……美南だった」


 僕が美南の名前を出したことには奈穂かなり驚いている。


「今、美南って、天野君……」


 そんな僕に対し、心配そうな顔をして奈穂が言葉をかけてきた。


「僕にもわからないんだけどね。感謝しているのは確かだし、でもこれからも一緒に遊ぶつもりはないよ?僕も辛いけど美南も辛いだろうから。もちろん君達とも」


 最後に取って付けたように付け加えてこの話題を終わらせた。


「二人共ありがとう。今日はもう面会時間も終わりだし、暗くなってきたから急いで帰りなよ」


 僕は早く一人になりたかったこともあり、部屋の外へ指を差しながら言った。


 そんな僕の気持ちを汲んでくれたのか二人は僕に別れの言葉を告げると栞は自分の病室に。奈穂は自分の家へと向かって歩き出した。


「はぁ」


 僕は二人が病室から出て行ったことを確認すると大きな溜息をついた。と、同時に女の人の声が聞こえてきた。


「そんな年寄りみたいな溜息ついてどうしたんですか?」


 僕は直ぐに声のした方へ視線を移した。そこにはここの看護師らしき女性が病室の入り口に立っていた。


「あなたこそどうしたんですか?僕の容態でも見に来たんですか?


 一人になりたかったのに邪魔されたような気がして僕は少し刺のある言い方で看護師に問いかけた。


「すみません、ただ貴方に会ってみたくてここに来たんです」


 看護師はかなり申し訳なさそうに僕に謝ってきた。


「僕に会いたかった?何処かでお会いしましたっけ?」


 僕はその看護師を見た事が無かったので不思議に思い話を続けた。


「いえ、私は会ったことありません。ただうちの子がいつも貴方のことを話して来るので」


 うちの子?誰のことだろう、僕のことを知ってる人なんてかなり限られてくる。井上、いや奈穂か?


 看護師は僕にまだ名前を名乗っていなかった事を思い出したのか。慌てたように名前を名乗ってきた。


 白河静(しらかわしずか)だと。


 白河って事は美南の母親か。でもどうして僕のことを母親にまで話しているんだろう。他にも仲のいい友達いっぱいいるのに……


 僕が頭の中でそんなことを考えていると美南の母親は嬉しそうな笑顔で僕の心を抉るような言葉を続けてきた。


「うちの子。美南はきっと貴方のことが好きなんですよ。いっつも翔君が翔君がって。入学して間もないくらいからずっと


 何で?僕の告白を断っているのに?


 僕は訳がわからなくなった。何を信じたら良いのか。自分の本当の気持ちもわからなくなっていた。


「会えて嬉しいわ。こんなに格好いい男の子だったなんて」


 美南の母親は僕の心情何かお構いなしに幸せそうな声で僕の心にナイフを突き刺してくる。


 耐え切れなくなった僕は冷たい目で美南の母親の方へ視線を向け、更に今までに無いくらい冷たい声で


「そんなはず無いですよ……僕は白河さんに告白して振られているんですから」


 美南の母親はさっきまでの幸せそうな笑顔が消えて無くなっていた。代わりに驚きを隠せないと言ったような表情をしている。


「それがわかったら出て行って下さい……僕を一人にしてくれ……」


 僕の悲痛な叫びにも聞こえるかすれたような声にまだ、美南の母親は何か言いたそうに口を開け閉めしている。そんな美南の母親に対し突き放すように


「まだ、何か?」


 そう、僕は呟いた。僕の言葉を聞いて何を話しても無駄だとわかったのか美南の母親は少し悲しげな顔を浮かべながら病室から出て行った。


 ふと、窓の外を見るとさっきまで青空が見えていたはずなのに今はまるで僕の心のように薄暗い雲が多くなっていた。今にも雨が降り出しそうなそんな空模様だった。


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