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  作者: 白城縁
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過去……そして現在

第三話 過去……そして現在



 ゆっくりと目を開けるとそこには雲一つ無い青空が広がっていた。


 ここは屋上か?


 僕は誰に解答を求めるわけでもなくそう呟いた。呟いたとほぼ同時に少年と少女の声が聞こえてきた。


「ねぇってばぁ〜天野くん?」


 少女は人懐っこい声を出しながら少年の腕を掴んでいる。少女はどことなく先程逢った少女に似ていた。


「僕に触れないでくれ」


 記憶の中の僕は少女を冷たくあしらっていた。


 これは僕の記憶。交通事故に遭う前の……


 今までどんな事をしても戻らなかったのに何で今頃になって……


 僕は不思議で仕方がなかった。もしかしたら少女が鍵になっていたのかもしれない。そんな簡単なことに今の僕は気付くことは出来なかった。


 僕の想いとは裏腹に過去の記憶は進んで行く。


「何でそういう事ばっかりゆうの?」


 少女は頬を膨らませながらまるで先生が生徒を叱るようい言った。


「頬を膨らませて言っても無駄だ。そもそもどうして僕に関わる。僕以外にもたくさんいるだろうに」


 過去の僕は容姿に不相応な言葉遣いで少女に反論した。僕のきつい言葉も気にせず、少女は更に返してきた。


「だって天野くん優しいじゃん! それにカッコイイし!」


 僕も負けじと間髪入れずに返した。


「僕が優しい?格好良い?」


 僕のそんな態度を気に入らなかったのか少女は更に頬を膨らせながら返してきた。


「もぉ~だって翔くん、毎日お花に水をあげたり、うさぎさん達と遊んだりしてるじゃん!!」


 少女の叫び声にも聞こえるような言葉を聞いて僕は言葉を失っていた。

 『翔くん』そんな風に他人に名前で呼ばれたのはこれが初めてだった……


「あ、ごめん、めいわくだよね、わたし……」


  少女は申し訳ないことをしたと思ったのか、目に少しの涙を浮かべながら俯いている。


「別に」


 僕はようやく落ち着きを取り戻し、何事もなかったかのようにそっけなく返した。僕の言葉に少女は更に俯いた。僕はそんな少女をみながら、更に言葉を続けた。


「構わない。お前も物好きなやつだな。お前が良いのなら一緒に居てやってもいい。友達見習いとしてな」


 その時僕も恥ずかしかったのだろう。僕が言った『友達見習い』という言葉。それが何よりもの証拠だった。

 その日から少しずつ、僕は『人間らしさ』を取り戻し始めた。周りには少しずつ話をする人たちも増え学校を楽しいとまで思えるようになった。そう、まだこの時は……


 ❚❚❚❚❚❚❚❚❚❚


 場面が変わり、今度は誰かの家の前に立っていた。そして、先程の少女が隣に立っている。僕の家ではないという事はこの少女の家なのだろうか?


「あら、いらっしゃい翔君。栞もお帰りなさい」


 僕がそんなことを考えていると、女の人の声が聞こえてきた。この少女の母親らしい。そしてこの少女の名前は『栞』。僕はその名前に引っかかりを覚えた。僕は何か大切なことを忘れている気がする。この少女に対するとても大切なことを。


「お、おじゃまします」


 過去の僕は少し吃りながらも『栞』の母親に挨拶をした。栞は僕の姿を見て頬を膨らませている。僕には何故頬を膨らませているのかはその時には分からなかったがよく考えて見ればそういう事だったのかも知れない。僕が栞の姿をぼーっと見ていると栞は急に僕の腕を掴んで階段を登り始めた。二人の姿を見て栞の母親が微笑んでいるのが印象に残った。


 ❚❚❚❚❚❚❚❚❚❚


 最後に現れた場面は、一転してたくさんの人がいる場所…教室に変わった。


 そんな賑やかな場所にも、馴れてきたそんなある日。全てを壊す…事件が起きた。


 その日は少し寝坊し、いつもなら栞と歩く通学路を一人で走っていた。


「やっば…遅刻する~~」


 そんな事を呟きながら、ようやく昇降口に辿り着いた。教室の目の前までいき栞の姿を見つけた僕は、声を掛けようとした。


「しおっ…」


 そんな過去の僕の声は、栞たちの周りにいる友人たちによって遮られた。


「ねぇ栞~まだあんな奴と遊んでんの~?」


 過去の僕はとっさに扉の影に身を隠した。過去の僕には彼女達が何を言っているのか理解できなかった。


「もう、罰ゲームは終わってもいいんだよ~?」


『罰ゲーム』その言葉によって過去の僕は頭の中が真っ白になっていた。過去の僕が聞いているとは知らず話は進んで行く。


「そうそう~」


 隣にいる少女が畳み掛ける。その少女に感化されたのか周りにいる関係の無い人達まで栞に向かって頷いている。


「うん…そうだね…」


 そんなプレッシャーに耐えられなかったのか栞は少し悲しそうに頷いた。


「っ!!」


 過去の僕は驚いた拍子に近くにあったゴミ箱を倒してしまっていた。その音に気付いた(あのひと)は驚いた顔をしている。


「翔くん!?」


 瞳には何故か涙を溜めている。


「何で、泣いているんだよ」


 過去の僕は絞り出すように疑問を口にした。


「えっ、あっ、だっ…て…」


 そんな出逢った頃と同じような僕の冷たい声と冷たい眼を見て彼女は言葉をうまく出せないでいる。


「どうせ、からかっていただけなんだろう…」


 更に僕は彼女に畳み掛けた。僕の言葉に彼女は言葉を失っていた。


「変わろうと…信じようとした、僕が馬鹿だったよ…人は信じるものじゃない…それでは…『南条さん』…」


 今までで一番近くにいてくれた、好きになっていたかも知れない彼女に対し僕は決別の意味も込めてそう呼んだ。


 この時からかも知れない本当に嫌いな人や決別の意味を込めて『苗字』+さん付けで呼び始めたのは……


「っ!!待っ」


 彼女は声にならない叫びをあげながら僕の方へ手を伸ばしている。僕はそんなことは見えていないとでもいうように踵を返した。


「さようなら…」


 きっかけは罰ゲームだったかもしれない、でも栞が僕に魅せてくれたあの笑顔は偽物ではなかった。そんなことにすら子供の僕には気がつけなかった。


 そのあと直ぐに別れの言葉とともに僕は教室を飛び出した。頭の中が真っ白になって、無我夢中で何も考えずに走っていた。


 教室から校庭そして、住宅街……次々と場面は変わる。


「はぁ…はぁ…はぁ…」


 息をつく過去の僕が見える。見えてくるのとほぼ同時に過去の僕の想いも流れてきた。


 苦しい…


 この苦しさはただただ走っているからだけでは無い…


 心も苦しいんだ…


 過去の僕が頭の中でそんな事を思っていると、突然、目の前にトラックが現れた。


 と同時に、耳を(つんざ)くような急ブレーキの音。


「あっ…」


 過去の僕は体が硬直して動けない。


「あぁ…僕は死ぬんだ…まぁ、いっか。どうせ、生きてても良いことないし…」


 そう、呟き過去の僕は諦めて目を…閉じた。


 瞬間、獣の叫び声のような轟音が響く。


 同時に、周りの人の悲鳴。


 まるでそれは、僕の、僕だけの為の…鎮魂歌(ちんこんか)のように聞こえた。


 過去の僕が意識を失うと同時に僕の意識も薄れていった。


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