「告白……そして──」
第一話 「告白……そして──」
入学式からしばらく経ち桜の花びらも散りかけてきた。早くも僕はクラスに馴染めてきた。殆どが知らない生徒だった。この天野翔の事を覚えている人なんて、まずは居ないだろう。ここ上風町には三年ぶりに帰ってきた。理由は三年前、僕が交通事故を起こして大きな病院に入院しなければならなくなったからである。三年経った今でこそ、設備が揃っている病院があるが、当時は自分の怪我があまりにも酷く、設備の揃っていないところにはいれず引っ越すことになってしまった。この町に帰ってくることが出来たのは、今から半年前に建てられた上風総合病院のおかげでもある。月に何度か検査に行かなければならないのが面倒くさいのだが……
「ふぅ……」
僕が溜息を吐くとまるで狙っていたかのようにタックルをくらった。僕は背中を摩りながら振り向くと一人の男子生徒と二人の女子生徒が僕のすぐ近くに呆れたような顔をして立っていた。ここで僕の親友を紹介しようかな?男子生徒が井上暁彦……彼はとにかく背が高い、彼と話をするときは首が痛くなって困る。窓際での読書姿がかなりしっくりくる知的な少年って感じかな。眼鏡かけてるし……そして、女子生徒の一人が清水奈穂……彼女は井上と比べるとかなり小さいというか、比較的背が小さい僕よりも小さい。まるで小動物みたいな元気溌溂少女だ。もう一人は……僕の初恋の人、白河美南、彼女の背は僕とさほど変わらないくらいで、肩を超える長い黒髪が特徴だ。
「奈穂。元気なのは結構だけど朝から僕に突っ込んでこないでよ……」
僕がそう言うと不満を言いながらも
「じゃぁ、朝じゃなきゃいんだね?」
とか言ってきた。そんな彼女の明るさに呆れながらも他の人たちに視線を移した。
「そういえば、今日はどこ行く?カラオケか?ボーリングか?」
急に思い出したように井上が提案してきた。僕らは口々に「う~ん」と「どーしょかぁ?」とか話していた。こんなふうに毎日毎日、親友と遊ぶのが日課になっていた。よっぽどのことがない限り、この四人で放課後や休日にいない事がなかった。それくらいかなり仲が良かった。
「私、今日ごめんパスで…」
急に残念そうな顔をして美南が謝ってきた。家の用事があるらしい一ヶ月に何回かは美南がメンバーにいない時がある。僕はこの機会に相談しようと思った。井上と奈穂に『告白』の仕方を……
我ながら恥ずかしいと思った。この年になって一度も告白したことが無いなんて、井上や奈穂位にしか相談できないだろう。
「そっかぁ残念だね。じゃ今日は早く帰るかぁ」
僕はあたかも残念そうにそう、呟いた。後でメールしなきゃな……そんな事を思いながら──
授業はいつもと同じように進んであっという間に放課後になった。僕は美南が帰った事を確認してから井上と奈穂に目配せをした。直ぐに僕の意図を理解したのか、井上は渋々といったような表情で、奈穂は興味津々といったような表情でそれぞれ近づいてきた。奈穂に関しては今にも突っ込んできそうな勢いだった……嫌、本当に突っ込んできた。幸い彼女の背ぐらいなら力もそんな無く僕でも受け止める事が出来た。
「本当に突っ込んでこないでよ……」
僕が少し呆れ気味に胸の中にいる奈穂に声をかけた。すると奈穂はバツが悪そうな顔をしながら舌を出している。近くにいる井上は何やってんだよお前ら的な視線を送ってきた。そんな中僕は用事を早く済ませたいという思いから急に話を変えた。
「今日はファミレスでいい?僕が奢るから……」
すると二人はマジ!?ラッキーとか言いながら僕から離れ出口の方に向かっていった。どんだけ現金な奴なんだよと思いながらも僕はこれからの話し合い、相談できることに心躍らせていた。
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「んで、何の話があって俺達をこんな所まで連れてきたんだ?」
ドリンクバーから汲んできたと思われるコーヒーを飲みながら井上が話のきっかけを作ってくれた。奈穂はというとこの店で有名なジャンボパフェを一心不乱にムシャムシャと頬張っている。
「ふぉえれ、ふぁらひっふぇ?」
奈穂はパフェを口の中に入れたまましかも頬にクリームをつけたまま会話に参加してきた。僕と井上は顔を見合わせながら溜息をついた。僕は一度呼吸をして落ち着いてから話を切り出した。
「実を……こ、告……」
僕が全て言い終わる前にいつの間にかパフェを食べ終わっていた奈穂が割り込んできた。井上に関してはさして興味なさそうにコーヒーを啜っている。
「告白!?わぁ~やっとかぁ~お姉さん嬉しいよぉ~」
いつから君は僕の姉になったんですか……僕はそんな事を心の中で思いながら井上に対しても視線を向けた。
「……いんじゃね?」
僕はあれだけ口を開かなかった井上のあまりにも適当な言葉に僕は空いた口がふさがらなかった。テンション上げ上げだった奈穂も同じような表情をしている。
「う、うん?アドバイス的なのが欲しかったんけど……」
僕はこの空気をどうにかしようと相手の機嫌を確かめるように話を進めた。井上には「お前なら何とかなる」等と結構無責任な事を言ってきた。最終的には奈穂までが「大丈夫、何とかなるって~」と言ってきた。僕は二人の言葉に言葉を失いながらも、心の奥底ではかなりの自信になっていた。
「今日はありがとうね~」
「ごちそーさん」
二人は口々に僕がおごったことに対しお礼を言って帰っていった。僕は薄暗くなってきた商店街を無意識のうちに家に向かう方向とは正反対の道へと歩いていた。こんな話をしていたせいか、美南と逢って話したくなったからだ。僕はいったい何をしているんだろうと思いながらも勇気を出して美南の家のドアチャイムを鳴らしたごくありふれたピーンポーンという簡素な音が鳴り響いている間、まるで時間が止まっているのではないかと思うくらい長く感じた。心臓のドキドキが止まらなかった。何分経ったのだろう……実際には数秒にしか満たなかったのかもしれない。しばらくするとドアの向こうから「は~い」といった間の伸びた美南の声が聞こえてきた。
「どちら様ですかぁ?」
声と同時に開け放たれるドア、そして美南のフリルのついた可愛らしいパジャマ姿。そんないつもとは違う美南の姿をみて僕は言葉を失っていた。
「あ、天野君?」
来客者が僕だったことに驚いてなのか普段とは違う姿を見せてしまい恥ずかしがってるのか美南はかなりそわそわしている。そんな美南を見て僕は落ち着きを取り戻していた。
「ごめんね……何か急に美南に逢いたくなって」
僕は普段では言えないような恥ずかしい言葉を殆んど無意識の内に口にしていた。美南は僕の言葉を聞いて更にあたふたと動き始めた。何か小動物みたいで可愛いなぁと心の中で思いながらも僕は流石にその言葉を口にする事はなかった。すんなりこんな言葉を言えるようになったのはきっと彼らのおかげだろうなと美南には聞こえない声で静かに感謝の言葉を述べた。
「それで、こんな時間にどうしたの?」
美南はようやく冷静さを取り戻したのかいつものように話しかけてきた。まだ少しだけ頬を赤く染めているのが可愛くて仕方がなかった。
「さっきも言ったけど逢って話したくなったから……良かったら少し散歩しながら話さない?」
僕はいつもよりすんなりと言いたいことを言えた気がした。そんな僕のいつもと違った空気に気がついたのかどうなのか……いつもよりしとやかに、ゆっくりと小さく頷いてくれた。僕はそんな美南の姿を見て、美南の全てを知りたくて、僕の全てを知って欲しくて、僕は美南の承諾も得ずに手を握って走り出していた。
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しばらくして僕も美南も冷静さを取り戻したのか一斉に笑い出した。辺りを見渡すといつの間にか近くにあった公園に来ていた。空には一面の星空が広がっている。
「僕たち何してんだろうね?」
そんな僕の冷静な言葉に美南はまだ少しクスクス笑っている。美南は笑いながらもあたりを見渡しながら提案してきた。
「取り敢えず、ブランコにでも座ろうか?」
近くにベンチもあるのにどうしてブランコなのか僕にはどうしてもわからなかったが取り敢えず美南の言葉に従った。
「こんな夜に出かけるの久しぶりだなぁ……」
美南のそんな声にようやく今が何時なのか認識することが出来た。我に返ったとき僕は美南に謝っていた。
「ごめん……こんな時間になっているとは思わなかった」
すると美南は急に僕が普段通りに戻ったのが可笑しかったのか呆れたような顔をした後、クスクス笑い出した。僕は少しムッとした顔で美南を見た。
「ごめんって……急にいつもの天野君に戻るんだもん。少し可笑しくて」
謝りながらも美南はまだ少しクスクス笑っている。僕はそんな美南の姿にさっきよりも嫌な感じはしなかった。
「風邪をひく前に帰ろうか……時間も時間だし」
僕の言葉に美南は「そうだね……」と少し残念そうに答えたように聞こえたのは僕の願望から生み出た幻聴だったのだろうか?
僕らは帰り道一言も話すことはなかった……でも嫌な感じは全くしなかった。むしろ心地が良かったただ一緒にいるだけで心が落ち着くそんな人がいるなんて僕はこの時初めて知った。この時僕は全てがうまくいくと思っていた。でも、この日から少しずつ歯車がズレ始めていることに僕らは気付くことはなかった……
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日も暮れかかり西日が一際強くなってきた頃、僕は学校の屋上に来ていた。大好きになったあの子美南さんに告白をするために。何ども鏡の前で練習した。今思い返せばすごく間抜けな行動だったと思う。僕はそれだけ美南さんが好きだという事を認識させられた。そんな今までの事を振り返りながらふと時計を見ると約束の時間になっていた。今から告白するということを改めて認識すると今までに経験したことがないくらい鼓動が高鳴っていた。僕はそれを落ち着ける為、目を瞑って深呼吸をした。どれだけ目を瞑っていただろう。時間にしたら数分程度だろうか?僕は落ち着きを取り戻しゆっくりと目を開けた。目を開けるとそこには美南さん(まちびと)が立っていた。
「やっと目を開けた……人を呼んどいて目を瞑ってるなんて酷くない?」
舌を出しながら美南さんは僕に声を掛けてくれた。
「ご、ごめん……って元はといえば美南さんが遅れてきたから悪いんじゃないかなぁ?」
いつもの僕に戻ったのを感じ取ったのか美南さんはクスクス笑いながら話を続けた。
「何か天野君いつもと感じが違ったから……どうしたのかなぁって思って」
僕はそこですごく緊張していた事に気付かされた。あぁやっぱりこの人と一緒にいたいと改めて思った。僕はもう一度深く深呼吸をしてから美南さんの方に向き直った。
「好きです。美南さんの事が好きです…僕と付き合ってくれませんか?」
美南は驚いた顔をした後、目に涙を浮かべながら謝罪の言葉を言った。
「ごめん……なさいっ」
あぁ……駄目だったのか、そんなことをぼんやりと考えながら僕はその場を動くことが出来なかった。
「ははっ、何かこっちこそごめん」
苦笑いを浮かべながら僕も謝罪の言葉を言った。気をしっかりと持ってないとその場に崩れそうだった。
「うん、いいの、気持ちは嬉しんだけど、他に好きな人がいるんだ……だから、ごめんなさい」
美南は途切れ途切れになりながらも、僕の心をナイフで抉るような衝撃的な言葉を続けた。井上のことが好きだ、と。
僕はその言葉に気持ちを揺さぶられながらも、美南を正面から見た。
「ありがとう、こんな話に付き合ってくれて、本当のことを聞けただけでも嬉しいよ」
そういった時には、僕の心はすっかりと晴れ渡った気がした。全てが吹っ切れたとは思わないが、ある程度割り切ることは出来たと思う。これからも美南とはいい友達でいられるんじゃないか、そうまで思った。
「うん、それじゃぁ、またね翔くん」
美南は初めて僕のことを翔と呼んでくれた。その言葉に僕は喜びと、ほんの少しの寂しさを覚えながら、彼女の後ろ姿を見送った。
「まさか、井上のことが好きだったなんてな……あいつらになんて言おうか……はぁ憂鬱だ」
そんなことを一人呟きながら僕は、まだ、夕暮れに染まったこの屋上から一歩を踏み出すことが出来なかった。まるで、足が床に貼り付けられたかのように。