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気まぐれ花火

作者: 岡本晴

風鈴が僕の耳をくすぐる昼、携帯が鳴った。


女性で少しテノールに近い声、友人だった。


彼女は今夜行われる花火大会に、僕を誘っているらしかった。


まさか女子からお祭りの誘いが来ると思っていなかっただけに、僕の心は単純で、2つ返事で”行く”と返事をする。


扇風機を止めて、拳を高く上げる僕がそこにはいた。




午後6時頃、待ち合わせに遅れないよう少し早めに家を出た。


街を抜けて大通りに出ると、ちらほらと浴衣姿の人達が同じ方面に歩いて行くのが見える。


恋人同士が連れ添っているも見れば、友人同士で騒いでいる人もいる。


待ち合わせ場所には案の定、彼女の姿はまだ見えなかった。


携帯を開いてみると、あと10分くらいで着く、とメールが来ていた。



簡潔に返信して、街往く人達をぼんやり見つめながらふと思った。


そういえば彼女は、どうして僕を誘ったんだろう。


僕と違って彼女は人脈もあるだろうし、何より花火大会だなんて青春に僕を誘う意味があまり理解できなかった。


もしかすると僕に気があるのだろうか。


いや、しかしこれまでろくに遊んだりした記憶もなければ、好意を抱かれる事をした記憶もない。



もやもやと頭の中を妄想が駆け巡る事5分。


改札口から彼女が来るのが見えた。浴衣姿だった。



「ごめん、待った?」


「全然、ぼーっとしてた。」


こんなやり取りももはや定例文みたいなものだけど、それが僕の青春の始まりだった。


「浴衣、だね。」


「あ、うん、そうなの。新しく買っちゃった!」


袖をパタパタと振る姿を横目に見ると、僕の鼓動が早くなった。


「・・・似合ってるね、俺も、青色好きだし・・・。」


「・・・えへへ。」


精一杯の褒め言葉に、彼女は微笑んだ。



夕日が角度を小さくして、段々と暗くなってくる。


彼女の履く下駄が、からころと心地良い音をたてる。


目的地に近づく度、周りが更に浴衣姿の人ばかりになってきた。


今朝からは想像もできない光景だった。



更に進むと、川沿いに出店が並んでいるのが見えてきた。


既に多くの客が、祭りの雰囲気を楽しんでいた。


「なんで花火って川沿いでやってんだろうね。」


「え、どうしたの?急に。」


「いや、街中でも出来ないものでもないじゃん?」


夏の風物詩が街中で行われないなんて、少しおかしな話だと思った。


「音が大きいから、とかじゃない?それにほら、川に花火が映るのってなんかいいじゃん!」


なんとなく、で花火は川沿いで行われてるのだろうか。




時計を確認すると、花火が始まるまでまだ少し時間が余っていた。


「まだ時間あるし、出店回ろうか。」


そんな僕の提案に、彼女は頷いて付いてきてくれた。



とは言ったものの、いつもなら同性の友達と回るから気兼ねせずに回っているからか、どこに行けばいいのかあまり分からない。


「何か行きたいとこある?」


「あ、好きなとこ連れて行ってほしいな。私はたこ焼き目当てだから!」


「なんだそれ。」


軽く笑って出店を見ると、ある看板に目が行った。


「んじゃ射的行ってもいい?結構好きなんだよね。」


「いいよー。」



お祭りの射的屋は、わざと倒れないように後ろにテープが張ってあったり、銃口が曲がっていたりするのだけど、

それを含めて僕は射的が得意だ。


「3回お願いします。」


「あいよー兄ちゃん!」


体を傾けると、景品の後ろに抑え具が付いているのが見えた。


僕は狙いを定めて、その抑え具を狙った。


パン、と乾いた音が響く。


弾は景品を掠っただけで、抑え具には当たらなかった。


もう一度狙いを定めて撃つと、今度はしっかりと命中し景品を落とした。


店の人が慌てている様子を見ながら、僕は少し穂ほくそ笑んでいた。


「すごい!上手いんだね!」


照れくさくなりながら、あと1発残っている事に気づいた。


「やってみる?」


「え?む、無理無理!」


「試しにだって。」


半ば無理やり彼女に銃を持たせて構えさせる。


彼女は戸惑いながらも、下の方にあった熊のぬいぐるみを狙っている。


「これでいいの?」


「うん。」


軽く銃に手を添えると、彼女は引き金を引いた。


弾は逸れることなく飛び、ぬいぐるみの真ん中に当たった。


「おお、落ちた落ちた。」


彼女を見ると喜ぶよりも自分でびっくりしている様な表情だった。


「びっくりしたー、初めて撃ったよ。」


「まじか、ちょっと悔しい。」


「偶然だよ。」


ぬいぐるみを手に持って、彼女は嬉しそうに微笑んでいた。



食べ物の出店が並ぶ通りに入った途端、香ばしい香りがお腹に刺激を与えてくる。


少し時間も過ぎたところで、僕たちはお腹が減ってきた。


「焼きそば食べてー。」


「焼きそば派なの?私たこ焼き派だなー。」


確かにたこ焼きも美味しいとは思うのだけど、何せ僕は猫舌だからうまく味わって食べれない。


それにこういう祭りの出店は、家とは違ってなんでも美味しく感じてしまうから不思議だ。


「あそこたこ焼き屋みたいだね。行こうぜ。」


無意識に、本当に無意識に僕は彼女の手を掴んでしまった。


思わず手を放す。


「・・・ごめん。」


「う、ううん・・・。」


きっとこの蒸し暑さのせいで、どうかしたのかもしれない。


夏の夜は些細な事で、気分が左右してしまう。


良い意味でも悪い意味でも、それは夏の夜、加えて祭りの副作用、とでもいったところだろうか。



立ち止まっていると、人波に揉まれそうになった。


僕はたこ焼き屋の看板を目指して歩き出そうとしてけど、彼女は付いてくる気配がなかった。


なんだろうと思って振り返ると、彼女は少しだけ体を揺らし、僕に手を差し伸べてきた。


その瞬間に、更に僕の心臓が跳ねるのがわかる。


彼女を見ると頬は紅潮して、思わず僕は目を逸らす。


「行うぜ。」


彼女の手を引いて僕は言った。


「すみません、たこ焼き1つください。」


「おう!400円ねー。」


小銭を手渡すと、皺の寄ったおじさんは熱いたこ焼きを手渡した。




その後焼きそばも買って、僕たちは人気の減った石階段に座った。


「ここから花火見えるかな?」


「どうだろう、意外と穴場だったりして。はい、たこ焼き。熱いよ。」


「あ、ありがとう。」


僕も焼きそばを取り出して、割り箸を割る。


たこ焼きを頬張る彼女は、案の定熱かったらしく息を絶え絶えにしていた。


僕は思わず笑ってしまって、彼女は軽く僕の肩を叩いた。



「1個貰ってもいい?」


熱いのか口元を抑えたまま頷く彼女。


たこ焼きを1つ口に放り込むと、一気に熱が伝わってきた。


熱のやり場は無く、『熱い熱い!』と言葉にならない声を発しながら食べる。


やっと飲み込んだ後、ペットボトルのお茶で喉を潤す。


「やっぱ熱くて味わうどころじゃなかったわ。」


「えー、美味しいのにもったいない。」


そう言って彼女はもう一度たこ焼きを口へ箱んだ。


僕も『いただきます』と両手を合わせ、焼きそばに手をつけた。




食べ終わって他愛もない話をしていた時、一つの赤い花火が上がった。


大きな音を響かせて、空の暗闇を照らす。


「ここからでも見えるね。」


「・・・うん。」


花火を見ながら、ふと思い出した。


「そういえば、どうして僕なんか誘ったの?」


夏休みが始まる前も、夏休みに入ってからも彼女とはほとんど話したことがなかった。


今日の朝に彼女の誘いが無ければ、僕はきっと家から花火の音を聞いていただけだったと思う。


「あのね・・・。」


「何?」


彼女を見ると、花火の光で眩しく映る。


「私・・・君の事が・・・。」


「・・・。」


まぁ予想はしていた。


確信が無かった僕はそれを見ないフリをして、冷静になろうとしていただけなんだ。


「あの・・・君の事が」


「待って。」


僕が彼女の声を遮った時、彼女はおもむろに体を強張らせた。


「なんとなく、わかるよ。言いたいこと。」


はっきりわかるよ、君の言いたいこと。充分伝わってきた。


「でも、なんで僕?」


「・・・トランペット、褒めくれたから。」


「トランペット?」


彼女が吹奏楽部なのはなんとなく知ってはいたけれど、彼女がトランペットを吹く姿を見たことがあるのか、僕の記憶は曖昧だった。


「うーん、ごめん、覚えてないや。」


「・・・そっか。」



少し俯いた彼女の頬に、花火の光が昇る。


「私、あんまり自分の出す音が、好きじゃないんだ。」


彼女は途切れないように言葉を紡いでいく。


何か相槌を打とうかと思ったけれど、今は聞くことに専念しよう。


「周りはほとんど中学からやってて・・・先輩もすっごく上手くて、

いつも私が足引っ張っちゃって・・・。


でもね、中庭で1人で残って練習してた時、君が声かけてくれたんだよ。」


ああ、そういえば、はっきりとではないけれど思い出してきた。


確か去年の秋頃、課題を忘れて残されていた時、気分転換に中庭に言ったんだ。


そこでトランペットの音が聞こえてきて、なんとなく話しかけたような気がする。


「あれ、坂井さんだったんだ。」


「うん。」


笑う彼女は、嬉しそうだった。


「すごいって言ってくれて、本当に嬉しかった・・・。


今さらかもしれないけど・・・、あの時は、ありがとう。」


「いやー・・・その、うん。どういたしまして。」


過去の自分の行いがこんなにも感謝されると、少しくすぐったい。


何気ない一言で『ありがとう』と言われると、これからはもっと頑張りたくなる。



花火の昇る数が次第に増えてくる。


どうやらもう少しで終わりらしい。


彼女は静かになる。


「・・・あのさ。」


「は、はいっ!」


彼女は驚くように顔を上げ、そのまま僕を見つめてきた。


「・・・そろそろ終わりかな、花火。」


「あ・・・う、うん・・・?」



ぽかんとして口を開ける彼女。


一瞬風が吹いて、髪をなびかせる。


空には花火の跡がうっすらと残っていて、雲と流されていく。


その内見えなくなって、消えてしまうのだろう。



もうすぐまた寒い季節が来る。


今年の余韻に浸る前に、僕も想いを出しておこう。




「来年も、また来ようよ。」





end.

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