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魔族来る

 長い話になる、と前置かれただけのことはあった。


「文献によって多少の差違はあるが、最も信憑性のおける書物で、1238年前」


 地図を書き出しながらイフが言う。

 ……話は、1238年前に遡ることから始まったのだ。



■□■□



 イフの話を短くまとめると、こうだ。

 信憑性のおける文献によれば、1238年前。大体で言えば1200年前に、ティタンという国が興った。

 滅んだのが700年前。疫病の蔓延と、これに乗じた侵略による。

 国としてのティタンは滅んだが、ティタンを征服した国は勿論、かつてティタンの属国であった国や近隣諸国に文化が残り、ティタン王家の血も隣国に残った。


 グレナ皇国。


 ティタン最後の王女が嫁いだ国の名で、ティタンよりもさらに古い歴史を持つ国であり、


「この国の名でもある」


 菊を召喚した国だ。


「幸いの国グレナと呼ぶ者も多い。災いから最も遠い地、永遠を約束された楽土……統治行為の苦渋を知らない人間の言葉だ。幸いを約束された国が、因果律を乱す禁呪を使うものか」


 煩わしげに手を振って、イフは溜息を吐いた。


「話を戻そう。かつてあったティタンのことを、グレナでは古ティタンと呼んでいる」

「ということは、新ティタンもあるんですか?」

「その通り。古ティタンに対し、新ティタンと呼ばれる国がある。正式な名前は正統ティタン帝国」

「……わざわざ正統を名乗るっていうことは」

「貴方は回転が速いようだ。そう、正統があれば、傍系があり、異端がある。最も、傍系ティタンや異端ティタンと名乗った国はない。古ティタンを滅ぼした国、古ティタンの属国であった国、古ティタンであった領土に立った国はあるが」


 イフが白地図に線を引く。


「グレナ皇国はここ。左の国をユーグラッド神聖国と言い、その隣にあるのが正統ティタン」


 三国とも海に面している。特にユーグラッド神聖国は、海岸沿いに広がった国だ。グレナも海に面しているがその面積は狭く、国土は大陸の奥へと広がっていた。

 イフが地図に文字を書き込む。不思議と言葉は理解することが出来たが、文字を読むことは出来ない。

 そのことをイフに伝えると、「まだ影響が少ないのだろう」という答えが返ってきた。


「影響?」


 何のだ。

 ……ユーリー老人の姿が脳裏を過ぎる。禁呪の反動、世界への影響について調べるために、部屋に残った老人。


「禁呪の影響ですか」


 ろくなものではない、予感がする。


「違う。殿下の……いや、最後まで説明してからの方が分かりやすい。貴方が直ぐに聞きたいと言うのであれば、影響について先に話すが。貴方に害を及ぼすものではない」

「それなら、説明の続きをお願いします。話を止めてすみません」


 ついさっき出会ったばかりのイフであるが、彼の言うことは信じられる気がした。眉根に寄る皺の深さは浅くなったものの、相変わらずの渋面。しかし彼は明らかに、菊を尊重してくれている。

 ……相手がユーリー老人の言葉であったなら、直ぐにも詳しい説明を求めただろう。


「貴方を喚ぶことになった要因はいくつかあるが、その1つに、ユーグラッド神聖国の敗戦がある。相手は、正統ティタン」


 地図へさらに線を書き込む。今度の線は、正統ティタンの左端から延びて、ユーグラッド神聖国の殆どを覆った。そして書かれた文字は……共通部分があるから直ぐに分かった。


 古ティタン。


「あ!」


 閃く。

 古ティタンの説明で、イフは言っていた。ティタン王家の血は『隣国』に残った。そしてそれはこの国、グレナ皇国だ。つまり、ユーグラッド神聖国はかつてティタンであった土地に出来た国である。

 正統があれば、傍系や異端がある。正統ティタンにとって、神聖ユーグラッドはまさにそれだ。

 言うと、イフは「その通り」と頷いた。

 しかしこれが、どう、菊の召喚に繋がるのだろう?


「この戦争で、ユーグラッド神聖国の第2王子が命を落とした。貴方の召喚に関係しているのは彼の死だ。彼は、グレナ皇女と婚約していた。皇女の御名は……」


「エステル」


 エステル・ゲートルー・グレナ。

 イフが名前を口にする前に、菊の頭に皇女の名前が浮かんだ。

 しかもそれはごくごく自然に声に出ていて、「あれっ」と思うのが最後だった。


(え、なんで?)


 疑問。

 しかしこの疑問を追求することはなかった。出来なかった。 

 パリン、とガラスが割れるような澄んだ音が響き、菊の思考を遮ったのだ。

 反射的に、音のした方へ顔を向ける。

 するとそこには、 


「エステル、見ーつけた!」


 顔の上半分、目を覆うように黒い布を巻いた少年が立っていた。

 目が見えずとも、彼が笑っていることは分かる。満面の笑みだ。濡れたように赤い唇の端が、綺麗に持ち上がっている。


「会いたかったよ、エステル」


 彼は諸手を広げて歩み寄る。

 エステル、と嬉しげに言いながら、菊へと。

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