カルネアデス・クリスマス
―失ったものは、二度と元には戻せない―
誰かが言った。そんな言葉。
今はそれを、痛感していた。
「なんで……」
教室には幼馴染にして友人の、大屋 涼子が泣きながら誰に問うでもなく呟く。
「仕方ないよ……。あのバカのことだから……」
嫌でももう一人の仲間だった霧宮 太一の顔が浮かぶ。
「私が不注意をした……ばっかりに……。ごめんなさい……太一君……」
外は暗く、クリスマスを彩るイルミネーションは電気もついていない教室を薄く照らしていた。
太一と涼子と私。小学校からしょっちゅう遊ぶような仲であり、大切な仲間だった。
普段はしっかりしてるけど不測の事態に弱い涼子に責任感が強く、自分より仲間を優先してしまうような太一。性格は全然違っていたけどだからこそ上手くやれていたのかもしれないと、今更ながら思う。
そんな大切でかけがえのない仲間の一人、太一が昨日、つまりクリスマスイヴに……死んだ。
直前の状況。いつものように夜まで太一の家で遊んでいた私達を送ると言ってみんなではしゃぎながらまず涼子の家へと向かっていた時のことだ。涼子の家の前は車通りが多く、いつもは自制してはしゃぎ過ぎないようにしていたのだが、クリスマスのせいで注意が緩んでいたのか、涼子が誤って車道に大きく飛び出てしまった。しかも、運の悪いことに車が迫っている。
私は思わず目を瞑ってしまった。でも、自分より仲間を優先させる太一は違った。
「涼子!!」
驚いて目を開くと太一が涼子に向かって走り出していた。身体が動かない涼子をこちらへ引っ張ると、太一はこちらをすこし見た。車はけたましくクラクションを鳴らしながら太一のすぐそばまで迫っている。だけど、その時一瞬が何分にも感じられるほどに時間がゆっくりになったような感じがした。そしてこちらを向く太一は、私には口の動きから、まるで脳に響くように声が聞こえた。
―また、明日な……。近いうちにまた遊ぼうぜ―
「太一ッ!!!」
私は叫んだけど、その時には太一の身体は消えていた。
自己犠牲。言葉に表せば簡単だけど、太一は……あのバカは……そんな性格の持ち主だった。
その後は警察が来て救急車がきて、私たちの親が来て……。覚えていない。
「あの時……私があんなにはしゃがなければ……ちゃんと……注意、しておけばっ」
「アイツは……あの時、自らカルネアデスの板を手放したんだよ。どちらにしろ、片方しか、助からない……。アイツはそういう時、自ら……犠牲になるような大バカ野郎なんだよっ!」
こらえていた涙が溢れてくる。どんなにここで泣いたって、アイツが帰ってくるわけでもないのに……。
アイツが犠牲になることで助かったものもいる。でも、その助けられたもの、そして置き去りになった奴のことも……少しは考えてくれよ……。
「くっ……太一……待っててやがれ……。そのうち……ぶっ飛ばしてやるっ」
「それは……酷いと思うけど……」
この世にもし本物のサンタクロースがいるのなら……太一を願ってみようか……。そんなことを思いながら、もう抗うこともなく涙を流し続けていた……。
空から降りだした雪が、余計にその心をあおった。