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【Cruel】秋色の頬

 まだ四月になったばかりだというのに、もう秋の新作を着せられての撮影だ。しかも今回もまた、Cruel六人全員ではなく、結城水斗と雨宮りくの二人だけが選ばれた。

 アイドル雑誌というわけではないが、ファッション記事をメインに扱うこの月刊誌は、モデルよりもアイドルを多く登場させている。主に二十代前半から三十代までの、男性・女性どちらにも売れているユニセックスな雑誌だった。


 白ホリをバックにした立ちポーズから始まり、家具がセッティングされたスタジオへと移動しても、水斗とりくは言葉を交わすことも、お互いの顔を見ることさえロクにしないまま淡々と仕事をこなしている。もちろん、水斗の方はりくを無視するつもりなどない。りくだけがいつもと同様に、ツン、と澄ました顔で水斗を寄せ付けない。


「二人は仲が悪いんですか」


 編集の内海がこっそりとマネージャーに訊くと、彼はあわてて顔の前で手を振った。


「とんでもない。Cruelのメンバーはみんな仲が良いですよ。ただ、それを現場で出すことはあまりないですね」


 内海は頷いて相槌をうつが、もしも仲が悪いとしても、それを外部に漏らすはずはないだろうと思った。デビューしたてのアイドルグループに仲が悪いというイメージがついてしまったら、人気に影響するに決まっている。ベテラン編集者の内海は、意地の悪い笑みを浮かべてクラシカルな布張りのソファに座る二人を眺めた。


「ちょっと、ポーズのリクエストいいですか」


 ライトの当たらない暗がりから、内海がそっと手を挙げながら言う。カメラマンと助手が内海のいる方を見て、「どうぞ」と答えた。


「そのままソファの上でいいんだけど、結城くんの膝に、雨宮くんが仰向けで頭を載せてみてください。結城くんは脚を組んで、雨宮くんの顔は見なくていいです」

「膝枕ってことですよね」


 水斗がだるそうに問うと、内海は「そうそう」と明るく返事をする。まばゆいライトを浴びた水斗の位置からは、内海のいる場所は薄暗く、彼女がどんな表情をしているのかは見えない。俺と雨宮がどう反応するか試そうとしているのだとすぐに思い当たり、水斗は鼻を鳴らして脚を組むと、りくの顔を見ながら自分の太腿を叩いてみせた。


「え、いや、マジすか。杉森さん、こういうの聞いてました?」


 恥ずかしいとか気まずいとか、普通の言葉を使いたくないのか、りくは水斗を無視してマネージャーの杉森に声をかける。


「まぁ、ポーズに多少の表現力は要求されるかも、とは聞いてましたよ。どうですか、雨宮くんができなければお断りしますが」


 「できなければ」とあえて杉森が口にしたことで、りくは逆にやる気を出した。水斗にできて自分にできないはずがない。


「俺も大丈夫ですよ」


 可愛らしく、少しだけ首を傾げて笑ってみせる。だが水斗に向ける眼差しには、挑戦するような、あるいは怒りのような色がにじみ出ていた。怒りを向けられるいわれなどない水斗は、はっ、と乾いた声で一瞬だけ笑ってから、シャツのボタンを一つはずす。カメラマンや内海の指示なく衣装を崩してはいけないかとも思ったが、無茶振りをしてきたのはそっちのほうだ、俺も勝手にやらせてもらうと、少し離れて隣に座るりくの腕を掴んで引き寄せる。


「ちょっ、なんだよ。いきなり引っ張るなよ」


 小声で抗議するりくの顔をじっと見つめ、唇の端をきゅっと引き上げて水斗は笑った。その、年上らしく余裕のある笑みを見たりくは、内心では心臓をきゅっと掴まれたような気がしたが、もちろんそれを顔に出すことはない。水斗を優位に立たせたくない、あくまで自分を中心に絵面を作らせたいと、積極的に水斗の太腿に頭を預けた。


「んで? こっからどうすればいいですか」


 豪華なソファで脚を組み、両腕を背もたれに投げ出した水斗は、膝の上に乗っているりくの視線はどこを向いているのだろうと、ふと気になった。するとりくは真下からじっと水斗の顔を見つめていた。

ストロボがたかれ、カメラマンはふたりの周りを歩きながら、次々とショットを収める。


「いいよいいよ。衣装、少し変化つけましょうか」


 カメラマンが振り返って言うと、男性スタイリストは素早く水斗とりくの足下に屈んでジャケットの裾をさばき、りくの脚を肘掛けの上に乗せると、右膝が鋭利な角度で曲がるように調整した。シャープなりくのヒップラインが強調されるポーズだ。

 こっくりした秋色のスーツは、色もデザインも微妙に異なっている。水斗の方は深いオリーブグリーンのスタンダードなシルエット、りくのジャケットはワインレッドで、ウエストを少し絞ったデザインだ。


「雨宮くんのジャケット、前を開けて裏地を見せましょう」


 内海が言うと、スタイリストはソファの上に裏地の柄が美しく映えるよう、注意深く仰向けになったりくのジャケットを広げた。

 アシスタントがライトを動かしていると、りくはいきなり下から腕を伸ばし、水斗の頬に手のひらを添える。


「あっ、それいい! ふたりともそのまま動かないで」


 水斗の頬に、りくのほっそりとしなやかな指が添えられる。


「なんだよ、BLかよ」


 水斗はぼそっと呟いたが、きっといい画になっているはずだと思った。二人が着た秋物のスーツもコンビの靴も、周囲のセットもそれぞれを引き立てるように映えていることだろう。


「二人とも、そのまま目線ください」


 カメラマンも内海も上機嫌で撮影は進み、最後の衣装替えとなった。先にメイクルームに戻ったりくは、スーツを脱ぐとさっさとスタイリストの前に置く。


「次で終わりですよね、今度はどれですか」


 シャツのボタンを外しながら、メイクを確認するように鏡を覗きこみながら言うと、そこへ水斗も戻ってきた。


「おつかれ」


 りくが先に声を掛けると、水斗は驚いたように鏡の中でりくと目を合わせる。


「……へぇ」


 意味深に微笑む水斗に苛立ったりくは、挨拶したことを後悔したように背を向けて椅子に座った。


「いや、雨宮から声かけてくるなんて珍しいじゃん、と思ってさ」


 悠弥以外のメンバーはりくのことを「りっくん」と呼ぶが、水斗もりくをそう呼んだことはない。りくに煙たがられていることはわかっているので、わざわざ馴れ馴れしさを装うこともないだろうと思っている。


「悪かったな、もうしないよ」


 その言い方は、なんだか拗ねているようでもあった。もしかしたら、少しずつだがりくも変わろうとしているのかもしれない。水斗の頭にそんな考えが浮かんだが、いや、それはない、とすぐに打ち消す。だが水斗はそんな頑なな態度のりくを可愛いと思い、つい椅子に座ったりくの背後から髪をくしゃくしゃとかき混ぜてしまった。


「なにすんだよ! ブローし直さなきゃならないだろ」


 ヘアメイクとスタイリストたちが凍り付いたような顔をした。水斗はやっちまったと思ったが、怒りを露わにしているりくの頬を手のひらで包み、耳元に近づいて囁く。


「ごめん、なんだか雨宮が可愛く見えてさ」

「なんだよ、それ」


 正直な気持ちを告げると、りくは目を瞠って後ずさった。予想外の言葉だったのだろう。水斗は、りくが常にピリピリしている理由を解りかね、こうして現場で一緒になるたびに観察している。同じグループだから仲良しがいいなんて、圭介みたいなことを言うつもりはないが、現場を上手く回して気持ちよく仕事をすることはプロとして当然のことだ。


 そういえば、いつも「プロらしい」正論を述べるはずのりくが、どうして水斗とふたりの現場では態度が違うのか。水斗をそれほど意識するのはなぜなのか。事務所が二人を特に売り出そうとしているから、一番のライバルは水斗だと認識しているからだろうか。

 少し考えてみたが、どうでもいいと面倒になった水斗は、隣の椅子に腰を下ろして次の衣装を待った。背後からドライヤーをかけるヘアスタイリスト、頬にブラシを当てるメイクアップアーティスト、水斗とりくの顔色に合わせてシャツを選ぶスタイリスト。何人ものスタッフがいる中で、りくは鏡越しに水斗の表情をチラと見た。その時、たまたま水斗も同じようにりくに視線を合わせていた。一メートルほど離れた椅子に掛けたふたりが、ちょうど同じタイミングで相手を見たのだ。りくは、その偶然に顔から火が出るような想いがした。


 なんで見てるんだ、なんでだよ。


 自分の心臓がドキドキしていることを認めたくはなかったが、りくは結城水斗と二人の現場がイラつくのはそういうことかと、やっと自分の気持ちに気づいてしまった。これから、どうやって接していけばいいんだろう。だからといって、目標が変わるわけじゃない。俺は芸能界でトップになるんだ。


 ゆっくり、もう一度鏡の中を見ると、水斗はもう今月号の誌面に目を落としていた。自分だけがこんなに切ない想いをしているのだと知り、改めて水斗への挑戦的な気持ちが沸き起こる。今はまだライバルでいい。いや、当分はこのままでいい。いつか水斗を追い越して、俺にメロメロにさせてやるんだ。その光景を思い描きながらも、りくは可愛らしい仕草でチョコレートを口に放り込んだ。

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