第1話 未知との遭遇(魔物)
僕は明日、誕生日を迎えて十歳になる。
もっとも誕生日だからといって何か祝われるわけでもなく、ただ十歳になると仕事場が変わる、それだけだ。
「慣れた森も今日で最後か……」
ボソッと呟き、魔素樹の実を採取しに森へと向かう。
【魔素樹】とは大気中に含まれる魔素を吸収して育つ樹木の総称で、この世界には様々な種類の魔素樹が存在する。
そして、大抵の魔素樹の実には、たくさんの魔素が含まれている。
魔素は魔力の源なので、魔素のたくさん詰まった魔素樹の実は、エルフの生活に欠かせない。
そんな魔素樹の実を採集しに行く僕らは、計四人のエルフに率いられている。
その構成は、監視役のリーダーである小太りのエルフ男、部下の可愛いお姉さんエルフ、さらに警備役の屈強なエルフ兵が二人だ。
森の入り口に到着すると、僕らはチームに分けられる。
奴隷の子どもたちは総勢二十二人。
三人一組に編成されるため、必ず一人余る。
その余りは、いつだって僕だ。
もっともぼっちなこと自体は問題ない。
ただし問題はそのノルマにある。
僕らの仕事はチームごとに魔素樹の実を袋いっぱいに採集することだが、他チームが三人で二袋なのに対し、僕だけは一人で一袋。
割合的に少し大変だけれど、毎日ノルマをこなしている。
僕は最終日の今日もいつも通り無難にノルマを終わらそうと思っていた。
しかし、森へ入る前にエルフリーダーに呼び止められた。
「おう、レオン、ちょっと待て! お前、今日でここ最後だよな。オレからのサービスで二袋、持ってけよ。今日は二袋いっぱいにしてこい!」
そう言って、僕に向かって袋を投げつけてきた。
さらにニヤニヤしながら言葉を続ける。
「そうそう、お前だけ奴隷の中でも魔道具が使えないカスだっけ? ま、頑張れよ」
僕だけ魔道具が使えずに大変なのを知っていて、この言動だ。
二袋いっぱいにできなかったら殴るつもりなのだろう。
最終日まで本当にうざい奴だな……と思ったが、黙って足元に投げつけられた袋を背負い、森へと入った。
森へ入るとすぐに僕は声をかけられる。
今度はお姉さんエルフのノエルさんだ。
ノエルさんは、澄んだブルーの瞳に雪のような白い肌をした若く美しい女性のエルフ。
その上、ふわっとした目を引く服装をしていて優しいし、正直なところ奴隷として連れてこられた男の子たちの初恋ハンターだと思っている。
かく言う僕も大好きだ。
「レオン君、お昼ご飯のタマゴパン、具沢山の大きいのを用意しておくね。頑張って」
「ノエルさん、ありがとうございます」
そんな感じで、エルフにも優しい人はいる。
ノエルさんもエルフリーダーのハラスメント行為に、うんざりしているはずなのに。
それから優しいのは、他の奴隷の子どもたちも同様だ。
「レオン、俺らも早く終わったら手伝うからな」
「レオン君、あたしたちも手伝うよー」
奴隷という立場でもっと荒んでもいいはずなのに、みんな優しい。
長い間一緒に苦労しているので、部活動のような一体感をもっている。
それもお姉さんエルフのノエルさんが優しいので、ギリギリのところで精神を保っていられるからだろう。
このアメとムチも、人間を効率よく使役するために考えられた神聖エヴァリス王国の政策かもしれないが、とにかくノエルさんの純粋な優しさに救われている。
もちろん奴隷のみんなが、素直で優しい頑張り屋という点は大きいのだけれど。
最終日にみんなの優しさに触れて感傷的になってしまったが、兎にも角にも魔素樹の実を採集しなければ始まらない。
二袋もいっぱいにできるかはわからないが、近場でちまちま採集しても埒が明かないので、森の奥まで入ってみようと思う。
最終日に無理をする必要はないと思いながらも、社畜体質の僕は魔素樹が多く茂っている場所はないかと、今まで行ったことのない方面を探してみる。
すると大きな魔素樹が何本も倒れて、魔素樹の実が大量に散らばっている場所を発見した。
こ、これは取り放題!
僕は「最終日にラッキーきたな」と思いながら、倒れた魔素樹に沿って、魔素樹の実を張り切って採集した。
しばらく浮かれながら採集した僕だったが、ふと我に返り、よくよく思えばラッキーなのは僕ではなく、魔素樹の実を回収するエルフだなと思い、少し落ち着く。
落ち着いた僕は、あらためて周囲の様子を確認すると、木々の倒れ方がなにやら大きな生き物が通ったあとに見えなくもない。
僕は最終日にラッキーどころか、とても嫌な予感がしてきた。
これ、なにかヤバくない?
そう思った瞬間、僕はフッと後ろに気配を感じ振り返ると、そこには異形の生き物が立っていた。
その生き物は、二本足でどっしりと立ち、体長は五メートルほど。
全身を覆う焦茶色の鱗は重たげな質量を思わせ、頭部にはガッシリとした短いツノが何本も生えている。
大きく開いた口からは熱を帯びた息が漏れており、無数の牙が並ぶその口元は獰猛さを隠しきれない。
そして、獲物を見透かすかのように瑠璃色に光る鋭い眼差しが、僕を捕えるように見下ろしていた。
こんな生き物は今までに見たことがない、これは絶対に魔物だろう。
これはダメかもしれない。
最終日に魔物に遭遇するとは最悪だ。




