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大山崎、高槻、茨木インターチェンジと過ぎてゆくと、しだいに自動車の数が増えて来て、スピードも時速60㎞に落ちるときもあった。この時、バスの運転手は嫌な予感がしていた。渋滞しなければいいのだが、と願っていた。
日本一複雑だと言われている吹田インターチェンジが間もなくというところで、その渋滞が始まっていた。運転手は、ハザードをチカチカさせながら、ゆっくりと停車した。
「どうしたんだ?」
有田校長は、運転手に聞いた。
「渋滞していますね」
思わず清原教頭は時計を見た。12時をすこし過ぎたところだった。予定よりも幾分か遅れていた。
「大丈夫かなぁ」
不安になった清原教頭は、バスの運転手にたずねた。
「間に合うと思いますけど」
運転手は不安を払拭するように答えた。
「第二試合の様子はどうなっているんだろう」
A高校の試合予定は、14時30分開始の第三試合だった。第二試合が早く終わると、第三試合の開始も早くなった。清原教頭はそれを心配した。
「ラジオを入れてみましょうか?」
運転手の提案に、清原教頭は賛同した。
バスのスピーカーから、甲子園の実況放送が流れた。第二試合は10時47分から始まっていた。
「いま何回だ?」
運転手、有田校長、清原教頭がラジオのアナウンサーの声に耳を澄ました。
「いま5回の表です。K実業の攻撃です。得点は6対1でH学園が勝ってます」
田淵が携帯からインターネットでリアルな情報を探り当てた。
「あと4回しかないのか」
清原教頭はため息をついた。
バスの窓から見える風景は、先ほどからまったく変化していなかった。フロントガラスから見えるのは延々と続く自動車のテールランプだけだった。
そのK実業の攻撃は簡単に3者凡退になった。
「K実業、頑張れよ!」
田淵は簡単な攻撃を非難した。
だがH学園の5回の攻撃が長引いた。満塁として責めたあと、バッターが二塁打を放った。
「よし! いいぞ!」
田淵は、H学園を褒めた。
「田淵君はどっちを応援しているの?」
美鈴が不思議に思って、彼に聞いた。
「どっちも応援しているさ。攻撃すれば試合が長引くだろ。そうしたらA高校の試合開始が遅れるだろ」
「そっか。渋滞しているから試合が長引いたほうがいいんだ」
野球のルールとは関係ないところで、美鈴は頓珍漢な質問をした、と恥ずかしくなった。
「どこが原因で渋滞しているんだろ。事故かな?」
校長は、運転手に聞いてみた。
「事故で封鎖とかだったら、やっかいですね」
「身動きできないな。進もダメ、退くもダメ、雪隠詰めか」
「校長先生、NEXCO西日本の道路情報では、事故ではないようです。ただ西宮から30キロの渋滞になっているそうです」
田淵がインターネットで検索した。
「自然渋滞?」
校長は不思議そうにつぶやいた。
「西宮に料金所があるんです。そこはいつも渋滞します。しかし30キロは長いなぁ」
「通常はそんなに渋滞してないんですか?」
「はい、2、3キロくらいですかね。長くても5キロくらいですか」
「今日はなにか特別な日なのかな?」
「毎年、夏の甲子園が始まると、西宮は渋滞するんです。それでも10キロくらいのものですかね。今日は長いですね」
「それはどうしてなのかね?」
「団体バスや甲子園に応援に来る他府県の車が多いからですかね? それとこの暑さで、みんなが車で移動しょうとするからですかね?」
ラジオの実況が、5回の裏のH学園の攻撃が終了した事を報じた。得点は9対1でH学園が大差で勝っていた。やがて試合は淡々と進み、9対1のままで試合が終わった。
「まずいぞ! 第2試合が終ってしまった」
バスは少しずつ進んでいたが、やっと豊中インターチェンジを目前にしたところだった。
「あと何キロくらい?」
「残り10キロくらいのものです。通常なら10分で着きます」
豊中で高速を降りる車が多かったが、それ以上に乗って来る車が多かった。インターからの合流箇所で、バスは身動きが取れないように進まなくなった。
「渋滞しているのに、高速に入って来なければいいのに、入り口は封鎖できないのかなぁ」
バスは、インターチェンジの合流地点で停止したままだった。