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バスの群れは、名神高速に入り、西に向けて走った。時刻は午前10時を過ぎたところだった。10時35分に菩提寺パーキングエリアで、15分のトイレ休憩を取った。
「11時までにバスに戻るように!」
担任は、バスから降りる生徒たち一人一人に念を押した。
美鈴と珠江は、トイレを済ませると、売店でお菓子とジュースを買った。レジが生徒たちで混雑していたので、支払いに時間が掛かり、駆け足でバスに戻った。バスに乗るとき、担任が名簿にチェックを入れていた。
各バスは、人員を確認次第、出発した。美鈴たちのバスは11時10分に出発した。
ほどなく栗東インターチェンジの手前で渋滞して、バスは停止した。
「渋滞してるなぁ」
有田校長は、だれに言うともなく言った。隣の清原教頭が「そうですね」と相槌を打った。それを耳にしたバスの運転手は、「いつもここは渋滞してます」と説明した。
「いつも渋滞してる? なぜだろうね」
校長は、バスの運転手に聞いた。
「さあ、わかりません」
「なにか原因があるんだろうな」
栗東インターチェンジの渋滞は、ものの10分で抜けられた。それからまたバスは快適にスピードを出して走った。瀬田東インターチェンジを抜け、京都東を15分くらいで通り過ぎた。
「京都東って書いてあるよ」
珠江が高速の案内板を見て言った。
「ふ~ん、京都なんだ。清水寺とか見えないかな?」
京都に来るのが初めての美鈴がため息まじりに言った。高速の防音壁で遮られて、外の景色が見えなかったのだ。かろうじて空と遠くの山並みが見えただけで、彼女の目にはバスがチューブの中を延々と進んでいるようにしか見えなかった。
田淵は口を開けて寝ていた。
「みっともないわね」
珠江は、田淵の口から溢れている涎をティッシュで拭いてやった。
京都南インターチェンジから、自動車が増えて来た。それでもバスは時速80㎞を保って走っていた。
清原教頭は、腕時計を見ながら、到着時刻を予想した。彼の時計は、11時33分だった。この分だと昼過ぎには甲子園に到着出来そうだと計算した。
「先生! お腹が空きました。弁当を食べていいですか?」
田淵が目覚めてそう言うと、他の男子生徒が「弁当! 弁当!」と囃し立てた。
「田淵、君は朝飯を食ってないんだろ。しょうがないな。おい弁当をみんなに配れ」
生徒たちが仕出し屋の段ボールから、弁当やお茶を出して、全員にまわし始めた。
「こっちにも頂だい!」
珠江が大声で言った。
段ボールを出た弁当とお茶が、生徒たちの頭の上を次々と通過していった。
「お茶がないぞ!」
誰かが叫ぶと、お茶が頭の上を通過した。
「みんな行き渡ったか? 弁当とお茶があるか?」
担任が確認するように叫んだ。
その言葉を待つまでもなく生徒たちは弁当を広げ始めていた。
美鈴が弁当を受け取った時には、田淵はもう食べ始めていた。
「コンビニの弁当よりは美味しいぞ!」
彼はだれに言うともなく言った。さすがにA町でも老舗の仕出し業者だけのことはあった。
「田淵君が静かなのは寝ているときだけね」
生徒たちが少し早い昼食を食べているあいだもバスは走っていた。