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校庭には、たくさんの観光バスが並んでいた。紺、赤、青のリボン柄のデザインのバス会社だ。
生徒だけで約90人、教師や関係者を含めると、100人を超えていた。さらに寄付してくれた一般人やPTA、ブラスバンドのエキストラなどの卒業生らが同行したいと依頼があったので8台のバスがグランドに整列していた。
この光景を見て、校長はお金のことで重い気分になっていた。
夏休みになって生徒がいなくなると、校舎の壁の修繕を行った。その支払いが来月には発生する。甲子園への必要経費、20名の選手と監督、責任教師の移動費、宿泊費は高野連から補助が出たが、この応援団のお金は高校で捻出しなければならなかった。甲子園の常連校なら、その予算を計画していただろうけれど、まさか出場すると思わなかったので、とんでもない出費になった。光熱費や備品の購入などの支払いが迫っていた。なけなしの資金のやり繰りに頭を巡らせていた。
昼食用の弁当とお茶が仕出し業者から届いた。
業者は、各バスに弁当とお茶を運び、教員や生徒たちが中に積み込んだ。その様子を見た有田校長は、「この弁当にもお金が掛かっているんだ」と内心、おもしろくなかった。
準備が整うと、バスは順次、出発した。
田淵は、バスがグランドから出て行くのを眺めながら、
「応援団の人数で勝とうとしている?」
と、皮肉を込めてつぶやいた。
郡上市街を抜けて、東海北陸自動車道に乗った。
高速に入るのを待っていたかのように、担任がバスのマイクを手に取った。
「みなさん、おはようございます」
「おはようございま~す!」
珠江が大げさに挨拶を返した。
「珠江はいつも元気がいいね」
「はいはい、元気いいです!」
「甲子園でも、その調子で応援してくれよ」
「はあ~い!」
「これから甲子園に向かいます。予定では三時間三十分で、昼過ぎには甲子園に着きます。試合予定時間は十四時三十分ですが、早めに到着します。試合開始まで各自で時間を過ごしてもらいますが、バスから離れないようにして下さい。甲子園に着いたら、みんな一生懸命に応援してください」
担任の挨拶が終ると、珠江が鞄からお菓子を取り出して言った。
「美鈴、お菓子たべる?」
「もちろん! もらうね」
美鈴は、遠足気分だった。それ以上に珠江はお祭り気分だった。
野球がよく分かっていない美鈴は、いつも周囲に合わせて応援していた。点数の多いほうが勝ちだとは理解していたが、ルールはほとんど知らなかった。それでもバス旅行というシチュエーションを楽しんでいた。
野球に関しては、珠江のほうが詳しかった。なぜなら彼女は、中日ドラゴンズのファンで、ナゴヤドームに応援に行くくらいだった。
「俺にもお菓子をくれよ」
田淵君が横から手を出してきた。
「やらないよーだ」
「いいじゃないかよ。くれよ」
「しょうがないなぁ。ちょっとだけだよ」
「サンキュー」
美鈴は、珠江が田淵君に好意を持っている事を感じていた。その事を追求した事があったが、珠江は「ええー? あんな奴」と否定した。でもそれは、珠江のポーズだと思っていた。
「楽しいね、野球部のお陰で大阪までバス旅行だよ」
美鈴は、浮き浮きした気持ちで言った。
「大阪? 大阪には行かないぞ」
担任の教師が訂正した。
「だって甲子園に行くんでしょ」
「甲子園は兵庫県だ。西宮市だ」
「え? そうなの? 甲子園って大阪だと思っていた」
「兵庫県? 西宮ってどこなの?」
地理が苦手な珠江が尋ねた。
「兵庫県はアメリカの隣の県だ」
田淵が珠江をからかった。
「大阪の隣の隣の市だ」
担任が半ば不貞腐れたように言った。
「ほとんど大阪じゃん」
「兵庫県だ。地理の勉強を復習したほうがいいぞ」
「大阪のおばちゃん連合国でいいじゃん」
「なんだそれ、勝手に国を作るな」
美鈴は二人のあいだに入って、
「まあまあ先生、お菓子でもどうぞ。甲子園はおばちゃん連合国っていう事で」
担任は、美鈴が差し出したポテトチップの袋に手を入れ、それをポリポリと頬張った。