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 ⑴

 県立A高校は、岐阜県の山奥の郡上市A町にあった。

 いまそのA高校の職員室では、有田校長と清原教頭、数人の教師たちがテレビを囲んで、野球の試合を観ていた。テレビには、地区大会の決勝戦が中継され、A高校の野球部が初めて駒を進めていた。

 職員室にはエアコンはなく、古い扇風機がゆっくりと首をまわして風を送っていた。扇風機は首がある箇所に来ると、ギーギーと擦れるような音を出した。開け放たれた窓から、陸上部の生徒たちが覗き込み、校舎のそばの立木には一匹の蝉が鳴いていた。

 バスケ部やバレー部の部員たちが、練習を中断して職員室に入り込んできた。

「試合はどうなってる?」

 いつもだと勝手に職員室に入る事は許されなかったが、この時ばかりはそれを注意する教師はいなかった。

「四対三で勝ってる。でも一点差だ」

 教師のひとりが試合経過を説明した。

 テニス部の女生徒たちも入って来た。職員室は、四、五十人の人で息苦しく、さらにテレビ画面が熱気を増長させた。

 それも無理もない事だった。A高校はまだ甲子園に出場した事がない。A町で唯一の高校であるA高校が甲子園に出場するとなると、町が始まって以来の快挙だった。平成の大合併でA町は郡上市に組み込まれたが、それでもこの地域から甲子園に出場した高校はなかった。


 小さな町の小さな商店街は、普段でも閑散としているのに、この日は特に人の気配はなく、一匹の猫が日陰で眠っていた。

 突然あちこちから拍手の音も混じって歓声があがった。その歓声に猫がおどろいて目を覚ました。

 職員室でも歓声と拍手が起こった。

 A高校が四対三で勝利した瞬間だった。これといった有望選手がいる訳でもないのに、A高校の野球部が岐阜県の県予選を勝ち上がったのだ。この時、全員が奇跡だと感じていた。

 有田校長は、生徒たちがハイタッチして完成を上げる中、立ち上がって校長室へ消えた。その際、清原教頭を手で招いた。

 清原教頭は、校長室に入るなり、

「校長先生、おめでとうございます。甲子園出場など、奇跡以外のなにものでもありません。我が校の新しい歴史が作られましたね」

「そうだな。確かに奇跡だな。考えもしなかった」

「相手チームが勝手にミスやエラーをして、勝利が転がり込んで来ましたね」

「だが喜んでばかりもいられない。甲子園ってどれだけお金が掛かるんだろう」

 清原教頭は、そのひと言で熱が覚め我に返った。

「どれくらい掛かるんでしょうね」

「甲子園に出られるのは嬉しいが、応援団を送り込まないといけない。貧弱な応援団だと非難される。ある程度の人数が必要だろ」

 有田校長は、内線電話で経理担当の女性事務員を呼んだ。

 彼女が来ると、有田校長は、

「甲子園に行く費用を試算してくれ。部員たちの移動費や宿泊費、応援団の移動も含めてだ」

「はい、承知しました。応援団は生徒全員ですか?」

 A高校には、一学年にひとクラスしかなかった。それも30人しかいなかった。

「生徒全員で九十人、先生たちを入れると百人は超えそうだな。全員が行けるかどうか寄付次第だな」

「甲子園って出られるのは嬉しいけど、お金のことを考えると迷惑ですね」

「そうだね。でも迷惑とか、他人には言わないように」

 有田校長は、女性事務員を窘めた。

 さらに清原教頭に、「寄付集めに全力で取り組もう。清原君、君と手分けをして、役所や企業を訪問しよう」と提案した。


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