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希釈

身バレ防止、個人情報保護のために人名や住所を完全に省略していることを先にお詫び申し上げます。


不要な外出は避けるようお願いします。


特徴のない不審者の目撃情報が増えています。できる限り水場は避け、遭遇次第すみやかにその場を離れ以下の電話番号まで通報するようお願い申し上げます。

⬛️⬛️⬛️(24時間対応)━ネット広告、テレビ、ラジオで定期放送された注意喚起


[黄色い背景の正三角形の中に黒塗りの人型]この先 危険 行方不明者なし 話しかけられても応えないでください ここで生物が消失したという事実はありません 不審者を目[上から3008〜3074字の大小様々な「目」という文字に塗りつぶされ判別不能]━封じ込め例だと言われているとある沼の囲いに取り付けられた看板の注意書き

原液

ここ最近は厚い雲が空を覆い一日通して仄暗い。小糠雨が降り続け、飽和した湿気はあらゆる場所に入り込み、あらゆる物を腐食していく。日がほとんど差してないのにも関わらず、蒸し暑く汗が滝のように全身から流れる。念の為に身に着けた安物のタイツが水を吸い顔に貼り付く。エアコンをつけないなんてありえない。リモコンを手に取り冷房を押す。小さな小さなワンルームはすぐに涼しくなる。玄関先で物音がしている。帰ってくるには早すぎる。5日は帰ってこないはず。忘れ物でも取りに来たのか?玄関口から死角になる場所に身を隠す。施錠はしっかりしている。幸い、郵便物を投函しにきただけみたいだ。郵便広告のハガキだろう。濡れた靴底のたてる音が去っていくのを待ち、手に取る。生命保険会社の控除証明だった。ここの住民のもので間違いない。開封して数字を斜め読みしてから細かい紙片になるまで破りゴミ箱に捨てた。湿ったハガキはなんの抵抗もなく自ら裂けるように破けた。仕事のためのロープをクローゼットの指定された位置に吊り下げ、スマホを取り出し、SIGNALをタップし、追加の指示がないかチェックする。"そこで過ごすにあたって気をつけてほしい事が5つある" "外に出ない事" ”箱から必要なものを取り出し、不要なものを詰める事(早朝6時に新しい箱に交換する)" "就寝はベッド下の隙間でする事" "テレビの前に置かれたDVDを順番に一枚づつ21時〜1時の時間帯で不定期に流す事" "DVDの再生が終了した後で、シャワーを浴びる事" "それ以外は自由に過ごして良い" メッセージに目を通した後、実際にベッドの下に仰向けで潜り込んでみた。黒い壁に視界を遮られるが、そこだけ妙に涼しく息苦しさも感じず概ね快適だった。スペースも確保されており、出入りにも不自由しない。晩までタイマーをセットし、少し仮眠を取ることにした。[女がいる。そこは暗いトンネルのような場所で足元には水が満ちている。どこかで見た覚えがある。しゃがみ込み後ろ姿しか見えない。長髪で水が滴っている。よく見ると髪だけでなく全身が濡れているみたいだ。泣いているような仕草をしている。声をかけようとして女の方に歩を進める。啜り泣く声が聞こえてきて、足を止める。違和感。その正体にはすぐ気付いた。泣き声が女がいる前方で無く、耳元から聞こえるのだ。「…………ッ」この光景を知っている。心臓が釣鐘のように鳴り、口内が乾く。人の同情を引く擬態。ゆっくりと女が立ち上がり、後ろ姿のまま近づいてきた。歩いているようには見えない。引きずられるみたいに移動している。水面に浮かぶ疑似餌のようにふらつきながら。顔に女の髪がかかるくらい接近してくるとプチプチと繊維が千切れる音を立てながら、首だけがこちらに振り返ろうとしている。耳元の泣き声は我慢できない程に大音量となっている。目を離すことができない。プチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチプチ そしてドッ━━]

タイマーの音で目を覚ました。夢は見なかったようだ。それだけ疲れていたのだろう。



最初は些細なつむじ風だった。その異物は暖気の中で生まれ、空気に亀裂を入れ、たちまち熱を奪っていった。気温も急速に下落していったが、氷点下に達する直前で横ばいになりそのまま安定した。まるで氷結しないよう調整されているみたいに。ありもしない声・人影・気配・感触・異臭etc.etc.湿気とはまた違ったものが空間という空間に満ち溢れ、あなたは人口密集時のような居心地の悪さを常に感じなければいけない。しかし、この天候変動を肌で感じることができるあなたは幸運である。なぜなら、この時点で世界総人口の優に7割もの人間は飢え、精神錯乱、事故死、病死、他殺、自殺…なんらかの要因で生命活動を停止しているのだから。あなたは、他の生存者を探す気になれない。これが、連載維持のために複数キャラが必要なサバイバル漫画であれば、真っ先に行うのは協力者を探して生存率を上げることだろう。だが、現実的にはそうはいかなかった。異常気象が始まった頃はそういう動きも一部であった。それも三百人委員会が天候兵器「HAARP」によって人類の大量絶滅を目論んでいると考えた者たちの対抗案の一つとして槍玉に上がる程度のものでしかなかったが。通信インフラも良好、書き込まれることもさしていつもと変わらず、このまま収束するだろうという楽観の中、あなたは日常生活に勤しんでいた。あなたはこれまでの人生を風邪に悩まされることなく過ごした。仮病を装ったこともあるかもしれないが、本当の意味で風邪になったことはない。人と接する機会も少ない。仕事しているかどうかは問題ではない。いずれ近いうちになくなるのだから。その裏ではウィルスや細菌の繁殖に好条件な環境に覆い尽くされた人体は静かに確実に破局に向かって進んでいた。異常気象関連の患者第一号が運び込まれ、患者数が指数対数的に増え、そして統計が公表される頃には、医療機関は機能していないも同然になっていた。対処方法も医学から政治的なものへ、治療対象も人身から都市へシフトし、この時点で集団隔離が医療機関の主な治療法になった。公然と死体が転がり腐敗し肉は緑に変色している。あなたは外に不安を感じ、食料を得る目的以外で外出を避けるようになった。都合の良いことに隣人はあなたを気にかける余裕はない。人々は今では病原体を媒介するものはなんであれ避ける。あなたが誰かなんて誰も知らない。


思わず暖房のスイッチを押す。勿論動くわけがない。ここら一帯の電気が停止してしまって久しい。いや、停電の及んでいる地区・軒数はここでは計り知れない。電力会社の配送電に頼り切っている建造物は全てこのような状態なのかも。都市のあちこちで漏電が発生し、湿気を孕んだ空気は精密機器の隙間に入り込み地上でありながら水没させられた。機器からの出火は何れも不完全なもので灯りにもならず、発生した熱もすぐに拡散し平衡状態になった。情報を得る手段は手の届く範囲にない。玄関口から視線を感じる。帰ってくるには早すぎる。時計の針はまだ午後10時を指している。扁平なダンボール箱がこちらにひり出され、床に落ちる。足音が去った後、拾い上げる。宛先は書いていない。開ける気にならない。何度か同じ梱包の物を開封したことがあるが、どれにもねずみの死骸が入っているだけだった。自分のことを地域猫だと思いこんでいるのかもしれない。大体ねずみ以前に部屋に届けものをする事自体まともな行為だと言えない。覗き穴から外の様子を伺い隣の部屋に投函しにいく。外廊下のアスファルトは黒く濡れ窪みに水が溜まっている。そこから微かに風が吹き出ている。その奥から何かが覗き込む気配がして、身体に寒気が走った。服の繊維に入り込んだ水分子は乾き切ることがない。気化すればまたすぐに補充され効率良く体温を奪っていく。本来クリーム色だった安アパートのドアは所々錆び、赤く崩れ落ちている。腐食の度合いはこちらの部屋よりも更に進んでいる。ドアに備え付けられた投函口にはいつのものかわからない溶けた新聞紙がへばり付き、その向こうからは一層濃く饐えた悪臭が鼻を付いてくる。それを嗅ぐと内臓の匂いを思い出した。バケツへと抜かれた血に浸され放置された腸たち。それが3週間も経つとこれと似たものになる。ポストの開口部を指で押すも悲鳴を上げて少し動くだけでとても投函できそうにない。そこに無理矢理箱をねじ込むと鮫肌の薄板に負けてダンボールが裂けて中身が飛び出した。やはりネズミだった。カラフルな内臓を露出していなければそれが今にも鳴き声をあげて走り出しそうなほどに活きが良かった。それを足で半分ほどねじ込むと諦めて自室へと戻った。

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