第8話 魔法の一端
「第1章 永遠と須臾の煌めき」
の中の「第1幕 転生諸変」
の中の「第8話 魔法の一端」です
2025/07/16
細部各所の表現を変更
Q.魔法とは何か?
A.魔力を対価にイメージを現出すること。
単純、けれども言うは易く行うは難し。
まず当然のこととしてイメージできなければ現出はできない。
例えば薪に火をつけたい場合、狙った薪の分子の運動量が高まって温度が発火点を超える…といった具合に。
これはあくまで一例に過ぎないので、薪に火をつける方法はこれだけではないが。
そしてそのイメージが現出すると“自分を信じ切ること”ができなければ、この場合も現出しない。
だからこそ魔法はセンスを求められる。
それは自分の能力に対する傲慢なまでの自信か、理屈は知らずともこのイメージで具現化するという根拠の無い自信か、はたまた真理を見出す天才性か…
細かい内容は問わずとも、いずれにせよ選ばれし者としての才能無くして魔法は手に入らない。
次に阻むのは具現化に求められる”膨大な魔力量”。
以前にもお母さんが解説してくれたが、魔法は多くの場合魔力消費量が多い。そしてイメージが曖昧であればあるほど消費量は指数関数的に増加する。
そして最後の難関が、大量の魔力を暴発することなく魔法に変換させる”技量”。
魔力が大量に集まると様々な危険が伴う。イメージ通りにならず別の形で現出することを“暴発”と言うが、これが非常に危険なのである。
Q.ここまで魔法を使うということが如何に難しいことなのかつらつらと語ってきたが、それは何故か?
A.今日から魔法の鍛錬が始まるからである。
カタ
紅茶の無くなったティーカップが優しくソーサーに置かれる。朝食後のティータイムが終わった合図だった。
「ふぅ、さて…そろそろやるか?」
「うんっ!」
一息ついたお母さんがニヤリと言う。
昨日、彼女が言ったのだ―――“これだけ知識が付けばそろそろ実技を始めてもいいかもれ知ないな”―――と。
魔法の講義が終わったときに唐突に告げられ、それから俺のテンションは上がりっぱなし。
散歩と言われた元気いっぱいの犬のようにお母さんの隣で目を輝かせて満面の笑みでうなずいた。
「じゃあ、一応庭でやろうか。」
脇に手を差し込まれて抱かれそのまま外へと連れられる。初めのうちは羞恥心のあった赤ちゃん扱いも、今では慣れたものだ。
今ではもう見慣れた和風な引き戸をガララと開き、拾われて以来初めて外に出る。優しい木々の葉擦れの音と、仄かに香る森の匂い、そよ風が優しく頬を撫でるのが心地良い。
「…いいてんき。」
「そうだな…よしっ!早速やろう!」
俺が一週間ぶりの直射日光に目をショボつかせている間に、お母さんは魔法で生きた木の玉座を作っていた。彼女はそこへ腰かけて…俺は芝生のような一面の草原に直に下ろされた。
「じぶんのだけ!?」
「お前は普段引きこもってばかりだろう?たまには全身で自然を感じなさい。それも将来魔法のための糧になる。」
「う…はぁい……」
そこはかとない理不尽さを感じたが、偉大も偉大な大英雄様が神妙な顔で言うのだ。その通りなのだろう。
「まずは復習からだ。魔力とは何か?」
「たましいからわきいでるちから。いしにこおうし、せかいにかんしょうするためのたいか。」
お母さんは満足げに頷いた。
「よろしい。では注意するべき性質は?」
「あるいっていいじょうのみつどをこえると、そのかたまりがまるごとぜんぶばくはつする。」
「良し。じゃあ今度こそ実技に移ろう。私が魔力を流すから、それを感じ取るんだ。目を閉じて…深呼吸して…」
再び頷いたお母さんが椅子から降り、俺の両手を取って集中を促す。
幼い頃から夢見てきた領域に踏み込もうとしている現状に、どうしようもなく興奮する。その気持ちを落ち着けるため、目を閉じて視覚情報を遮断し、深呼吸で拍動を落ち着ける。そうして精神を統一し……
(集中…)
―――刹那、右手に熱を感じた。
いや、正確には温度ではない。
ただ暖かいものに触れた時のように、体に向かって何かエネルギーが流れ込んでくるような感覚。
それは次第に右肩、胸、左肩、左手と経由して、再びお母さんへと戻っていく。
「これが…まりょく?」
「もう感じ取ったのか?」
「ねつ…?あったかい、みたいなかんじ。」
「ほう、ほうほうほうほう凄いぞ!そうだ、それが魔力だ。いや素晴らしい!確かに白狐だからと期待はしていたが、まさかここまで才能があるとは思っていなかった!」
お母さんの機嫌はうなぎ上りに上がっていく。
魔力が止まったので瞼を開いてみれば、そこには今までに見たことがないほど目を大きく見開き、頬を紅潮させて鼻息荒くこちらを見つめる母の姿があった。
夢に一歩近づいたことを喜びたいのに、初めて見る状態で呆気に取られてしまう。
「これは凄いことだ!今まで何百という人間に教えて来たが、最初から感じ取れたのはお前だけだ!もちろん私も含めてな!」
「おかーさんよりもすごいの?」
「そうだとも!普通なら何日もかけるものだ。少し前に教えた、由緒正しい血統魔法をもつ家系のお坊ちゃんは一週間もかかったし、私でさえ三度目だった!」
どうやら本当に凄いらしい。いわゆる“俺また何かやっちゃいました?”って展開だ。
その事実にようやく気が付いた俺は、鳥肌が立って顔が熱くなった。
憧れに近づいたどころかそれに才能があるなんて!魔術師はともかく魔法師に至るには狭き門だと事前に聞かされていたのに、最初の試練を難なく突破してテンプレまで回収したのだ。
これに興奮せずして何が異世界オタクか!
「いいぞ、今日はこのまま循環までやろう!いや、圧縮まで試してしまおうか?思い立ったが吉日ってやつだ!とことんやるぞ…!」
「うん!」
それからはもうお祭り騒ぎ、時間も忘れて熱中した。
私が何か一つ成功させるたびにお母さんは震えて喜び、それに気をよくして俺のテンションも調子と一緒に爆アゲだ。正のスパイラルによる影響は留まるところを知らず、修める順序をいくつも飛ばして操作技術を身に着けていく。
しかしだ。
何事にも失敗は付きまとう。それも、こういう時に限って致命的なミスをする。
「おぉ…いいぞ、その調子だ!もうここまで習得するなんて!」
「む…むむ……!」
魔力操作を修める上で難関の一つとされる“魔力の圧縮”。
本来なら暴発によるケガ防止のため、受ける傷を肩代わりする魔道具を装着するなり何かしら安全対策を重ねてから挑むような危険な修行だ。
先にも挙げた通り、魔力は操作が不安定な状態で一定以上の密度に圧縮されると、その塊が丸ごと爆発する。これを“魔力爆発”と言う。
だがそんなことはお構いなしだというように、熱狂する空気に引っ張られて手中の魔力は際限なく圧縮されていく。
「なっ!?」
「なに、これぇ!?」
俺の掌の中には、日光すら上回るほどの光を放つ魔力があった。時々その中に虹色も混ざっていて、キイイィィィンと徐々に音が高くなっている。考えるまでもなく危険な状態だ。
このように圧縮された魔力から放たれる光は“魔力光”と呼ばれ、卓越した操作技術を持つ熟練の魔法師たちへの畏怖と尊敬の象徴である。なぜなら、彼らはこれを完璧に制御し、余すことなく大魔法に変換することができるからだ。
だがもしそれを、つい数時間前に鍛錬を始めたばかりで、変換先の魔法や魔術を一つも知らない、生まれたての小鹿にも等しい者が作り出してしまったら。
それを制御できるほどの技量は持ち得ない。畢竟、魔力爆発が起きる。
「下がれッ!」
「えっ」
ドオオオオオオォォォッッ‼‼‼‼
気が付いたら必死の形相をしたお母さんに突き飛ばされ、次の瞬間には制御を失った魔力が視界を埋め尽くすほど真っ白に輝いて。
俺は意識を失った。
あとがき
大変なことになってしまいました。
事ここに至っては私もふざける気にはなれません。超シリアスですからね。
次回、主人公と魔女様の明日はどっち!?