第70話 強者、もしくは富者ゆえの余裕
第2章 曙光と絆の先へ
第2幕 萍水相逢
第70話 強者、もしくは富者ゆえの余裕
Side クレイグ
ネラートとの会話の帰り際、アイツから「ダメもとでミオに声をかけてくれないか」と頼まれた。
それで、日を改めて訪ねたのだが―――
「ミオの奴、本当に”黄金の風”に泊まったのか……」
ギルドで高級宿について尋ねているのは横で聞いていたが。だがまさか本当にあの宿とは……
”黄金の風”。
昨日の稼ぎが1日で吹き飛ぶほどの超高級宿だ。
当然、俺が泊まったことはない。
無理をすれば不可能ではないが、今の宿に十分満足しているしな。
「お待たせしました、クレイグさん。」
その声と共に現れたミオを見て、俺は思わず溜息をついた。
「お前……男と会うのにバスローブはないだろう……」
柔らかそうな純白のタオル地が、体を包んでいるだけ。
裾や袖口、襟からのぞく珠のような肌は、正直言って目に毒だ。
それに、この無防備さはいつぞやに見てしまった、汗に透ける寝間着を想起させる。
……落ち着け。
彼女はともに戦った戦友であり、後輩だ。
先駆者として背中を見せる立場の相手でもある。
「そもそもなぜバスローブで出て来た。恥ずかしくないのか?」
「え?あぁ、そう言えばそうでしたか。まぁ誰かが手を出したらそいつが痛い目に遭うだけですよ。」
何なんだコイツは。
年頃の女である自覚がないのか?親の顔が見てみたい。
……いや、そう言えば氷星の魔女に育てられたと言っていたな。
アリステラはSランクの中ではまともな方だと思っていたのだが……どうやら教育面は別だったらしい。
「そもそも手を出させないようにするのも対策だろう。仮にお前に手を出して返り討ちにされた男が居たとして、俺はそいつに同情するぞ。」
「ええ?私そんなに襲われそうに見えます?イイ顔に生まれた自覚ぐらいはありますけど、凹凸もほとんどないようなお子ちゃまボディですよ?」
そこまで聞いた俺は、ミオの肩を掴んだ。
「ミオ。男が大きな胸や尻だけに興奮すると思ったら大間違いだ。」
その勘違いは致命的だ。
酒の席でぶちまけられる奴らの本性は、そんな生易しい物じゃない。
「極端な話、素手や素足を見ただけで、という奴も少なくない。特に冒険者は女性と接触する機会が少ない職業だから、余計気を付けねばならんのだ。……とにかくまともな服に着替えて来い。今、すぐにだ。」
「わ、分かりました……」
あの危うさだと、この先痛い目を見る男は多そうだ。
手を出した者の自業自得だと言ってしまえば、それはその通りなのだが……同時に少しばかり不憫でもある。
***
「お待たせしました。」
「……いや、必要な時間だった。」
さきほどのクレイグさんの目は、少し怖かった。
何というか、有無を言わせぬ気迫というか
あれは、実験の注意事項を私が軽んじた時にお母さんが見せた目に近い。
だが、彼の言うことは正しい。
火の粉はただ払うだけでなく、そもそもの発生を抑制することも対策の内だ。今後は気を付けるとしよう。
「それで、結局どんなご用件だったんですか?」
「あぁ。実はアメーティアスの支部長からお前に指名依頼が来ていてな。」
「支部長って、確かクレイグさんの旧友さんでしたっけ?」
「例の生け捕りにした盗賊が吐いた情報だ。アメーティアスの東―――魔の森との境辺りに、無法者ばかりが集まる集落のようなものがあるらしい。その掃討作戦の主立った戦力として、ミオを起用したいと。一応言っておくと、俺たち燃え盛る刃は討伐隊の中核として参加が決定している。」
そう言って、詳細が書かれた依頼書を差し出してきた。読んでみると、確かにその通りの内容が書かれている。
ただ少し驚いたのは、依頼料がかなりの割高だったことだ。
「これ、何でこんなに報酬がいいんですか?もしかして相当危険だったり……」
「いや、単純にお前に出て欲しいからだな。」
「私に?それは、どうして?」
「アイツはミオの力量が図りたいと言っていた。お前はまだ新人なのに、力だけは持っているだろう?そういう大型新人は稀にいるが、最初の扱いに困るんだ。実力を見誤って死地に送るのは論外だが、せっかくの力を持て余すのも非効率だと。」
なるほど。
しかし今の私は休暇中の身だ。正直、休日出勤は遠慮したい。
それに私にとって金銭は、報酬としての魅力にいまいち欠けている。
何せお母さんから中身を受け継いだ虚界門の中には、当面使いきれそうもない資産が眠っているのだから。
私にとっては金銭よりも休暇の方が価値が高い。
「……やはり受けたくはなさそうだな。」
「ええ。今回の依頼は精神的に疲れましたし、道中で睡眠障害にも気づきました。体が資本の冒険者として、まずはちゃんとした休息を取りたいなぁ……と。」
「分かった。」
クレイグは頷く。
「支部長には俺の方から伝えておこう。手間を取らせたな。」
「いえ、こちらこそいいお返事ができずすみません。」
「……その謙遜、早いうちに直しておいた方がいい。」
「え?」
「俺は嫌いじゃないが、世の中つけあがる奴の方が多い。お前が嫌な思いをしないためにも、ある程度自分を大きく見せるのも大切なことだ。」
「……はい。」
彼の言動には、ときおり保護者めいたものを感じる。
だが私が気付いていない問題点を指摘してくれるありがたい存在だ。今後も彼の助言は、心に留めておこうと思う。
「さて、それはそれとして。」
クレイグを見送った私は、小走りで部屋に戻る。
着心地の良いバスローブに着替えて、フカフカなベッドに飛び込む。
虚界門から読みかけの魔導書を取り出した。
「今日は一日、ゴロゴロしますかね~。」
こういう穏やかな贅沢も、悪くないかな。
あとがき
主人公は中身が男なので、男として見て自分が優れた外見であることは多少自覚しています。しかし中身が男であるため、自分を見る他人の視線には比較的鈍感であり、頓着していません。
クレイグに指摘されたので今後はある程度気を付けたりはしますが、それで完璧になるようなこともないので……
次回、しっかり休んだ主人公がようやく話を進める……かも?




