第69話 最高級宿
第2章 曙光と絆の先へ
第2幕 萍水相逢
第69話 最高級宿
遅れてすみません!
アメーティアスの特産は、何と言ってもここ一帯の農地で作られる、麦を始めとした作物だ。
すでに昼時も過ぎた時刻となっているが、大通りに並ぶ露店はまだまだ活気に溢れ、新鮮な野菜やそれを使った料理が所狭しと並んでいる。
しかも、そのどれもがアムヌーで見た時よりも安い。
例えば、きゅうりに似たレブマッカスという野菜の一本漬け。
アムヌーの大銅貨7枚に比べ、こちらでは大銅貨5枚。およそ3割引きだ。
「大量生産と地産地消……そりゃあ安くもなるよね。ん~!うまい!」
パキりと小気味よい音を立てて齧ると、優しい塩気が連日の野宿に疲れた体に染み渡る。
「まずは宿を取って……今日はもう休もうかな。」
心身の健康は質の良い休息から。
この一週間、馬車に揺られながら常に警戒していたので、体以上に心の方が疲れている。
この街で特別やりたいこともない。2~3日しっかり休んだら、ヴァルに乗ってアムヌーに戻ろう。
レブマッカスを頬張りながら、私はギルドで聞いた”おすすめの宿”へと足を向けた。
―――”金色の風”。
そこは金に糸目をつけなければ、平民が泊まれる最高峰の宿屋。
広く静かな部屋、行き届いたサービス、教育された従業員。そして何より、この世界では珍しい”湯舟が付きの浴室”がある。
さらに驚いたのは、ここもレルデップさんの商会の下部組織であるということだ。
アムヌーへの案内人であり、初護衛の依頼主であり、今度は宿屋。
本当に、縁というものは不思議だ。アムヌーに戻ったら、またお店の方に顔を出そう。
「……凄いな。」
大通りを抜け、中央広場に面した一等地。
その一角を占有するように、”金色の風”は堂々と建っていた。
華美な装飾は無い。だが落ち着いた外観の中に、他ではほとんど見かけないガラス張りの窓がふんだんに使われている。
さらに周囲が全て2階建てであるのに対し、この建物だけが3階建てとなっており、その意味でも他と隔絶された高級感を醸し出していた。
中に入ると、磨き上げられたタイルの床と二人の受付が座るフロントが目に入る。
「ようこそ、金色の風へ。本日はどのようなご用でしょうか。」
「2泊お願いします。」
「かしこまりました。お部屋はどのランクにいたしますか?一般的な宿と同様のスタンダード。館内設備の自由利用ができるハイグレード。ハイグレードの条件に加えて各部屋に浴槽付きの浴室を備え、使用人教育を受けた従業員が常にご奉仕するプレミアムの3種からお選びいただけます。」
今回は金額を度外視した”究極の休息”を目的としている私は、迷いなく告げた。
「プレミアムで。」
「承りました。プレミアムは1泊小金貨5枚をいただいておりますので、計大金貨1枚となります。」
大金貨1枚。すなわち10万ナフナ。
前世よりも宿の利用者数が格段に多いこの世界では熾烈な価格競争が行われている。
故に私がアムヌーで止まっていた中堅的な宿でさえ大銀貨2枚(2000ナフナ)という値段で宿泊できるのだ。
そんな中での10万ナフナ―――これはとても強気な値段設定だ。
……だからこそ、期待も高まるのであるが。
「これで。」
「はい。大金貨1枚、確かに頂戴いたしました。本日はご利用いただき誠にありがとうございます。お部屋やサービスなどのご案内・ご説明のため係の者を連れて参りますので、しばしお待ちください。」
「分かりました。」
受付の女性は席を立ち、後ろの扉から裏へ回る。すると、1分もしないうちにカウンターの外から男性を連れて戻ってきた。
「お待たせいたしました。こちらの従業員がご案内いたします。どうぞごゆるりと、おくつろぎ下さいませ。」
「黄金の風へようこそ。どうぞこちらへ。まずはお部屋へご案内いたします。」
女性は受付のカウンターへと戻り、やってきた男性が先導して歩く。
その足取りは早すぎず、かといって遅くもない。受付で私の支払い能力を疑うそぶりを見せなかったことと言い、流石は最高級宿。従業員の対応もそつがない。
カウンターの奥は3階まで吹き抜けになっている大ホール。そこにある中央の階段から上りながら、案内役が口を開く。
「この大ホールでは吟遊詩人の公演やダンスパーティーなどを開催することもあります。その際、こちらの中央大階段はご利用をご遠慮いただく場合がございますので、お含みおきください。」
階段を上りきると、2階の床は全面ベージュのタイルカーペットが敷き詰められており、大ホールを見下ろせる廊下を通って建物の奥へと進んでゆく。
彼は再び口を開いた。
「この先には当宿自慢の中庭があり、2階は室内から中庭をご覧いただけるよう全周廊下となっております。」
しばらく進むと大窓が並ぶようになり、そこから丹念に手入れされた庭園が見下ろせる。
中庭ではバラやネモフィラのように見える花が鮮やかに咲き誇っており、自慢と称するに相応しい華やかさだ。
中庭を一通り眺め、待たせていた案内役を見るとまた別の階段に向かって歩き始める。どうやら私の部屋は3階にあるようだ。
「本日お客様をご案内するのは3階のプレミアムルームでございます。そちらは各部屋に浴槽付き浴室があるだけでなく、中庭をご覧いただけるベランダも備えております。」
それは凄い。何せこの世界には公的に整備された上下水道が存在しないのだ。
それはつまり3階の浴槽まで人力で水を運び、そこで沸かすことを意味する。並大抵の資金力では不可能なサービスだ。
「こちらの301号室がお部屋となります。また、彼女たちがこれからお客様にご奉仕する従業員です。」
彼が立ち止まった部屋の前には、クラシカルなメイド服に身を包んだ2人の女性が立っていた。
「黄金の風へようこそ。お客様のご宿泊中、午前の奉仕を担当いたします、シーサルと申します。」
「午後の奉仕を担当いたします、ディアナと申します。」
なるほど。24時間体制のサービスは一体どうするのかと思ったら、12時間2交代制で勤務するらしい。
中々ハードな内容だと思うが、この世界に労働基準法は無い。雇用主と被雇用者が納得していればそれでよいのだ。
「館内には大ホールや中庭の他にも様々な施設が用意されております。お気になりましたら、彼女らにお声がけください。本日はご利用いただき誠にありがとうございます。どうぞごゆるりと、おくつろぎくださいませ。」
案内役は一礼し、その場を後にした。
あとがき
対処の方法を教えてもらったとは言えそれで解決ともいかないので、今回は主人公を徹底的に休ませることにいたしました。
いや~それにしても、建物の内装を描写するのって難しいですね!
頭の中ではこんな構造で~、ここがこうなっていて~みたいなことは浮かぶんですが、それを他者が理解できるように、かつ小説としての体と崩さないようにとなると、私の語彙では中々難しい。
しかも書いてる途中で回収し忘れてる伏線に気付きまして。
まぁそちらの方は後でさらに合理的な回収方法を思いついたのでいいのですが……やっぱ小説を書くのって大変ですね!
さて、それではまた次回で。




